141

「学園祭……終わったね」

「……あぁ」


 俺たちが二年で迎えた学園祭はもうすぐ終わる。

 辺りは暗くなり、俺と柚希はグラウンドの中央に位置するキャンプファイヤーを眺めていた。赤く燃え滾る灯りに生徒たちが集まり、祭りの最後の余韻を楽しんでいた。


「……………」


 毎回思うことだけど、こうやって騒がしい祭りの後の静けさというのは中々に切ないものがある。柚希と一緒に行った夏祭りの終わりにも同じことを思ったが今回もどうやらそれは同じらしい。


「カズ」


 キャンプファイヤーを黙って見つめていた俺の肩に頭を置くように柚希が身を寄せてきた。


「カズは……楽しかった?」

「もちろんだよ」


 楽しかった、それは嘘ではなく当然俺の本心だ。

 学園祭というのは楽しまないと損な部分はあるし、毎年誰かの迷惑にならない程度には騒いでいた。そんな騒がしくなるはずの学園祭、今年は空たちを含めた多くの友人たちと……そして、隣に居る愛おしい人と過ごすことが出来た。


「空たちが居たのももちろんだけど、一番は柚希が隣に居たから本当に楽しかったし幸せな時間だったよ。正直……こんなに素晴らしい日になるとは思わなかった」


 それは学園祭だけでなく体育祭も、そしてこれまでの日常にも同じことが言える。

 空たちと騒がしく過ごした日々もそうだけど、隣にこの子が居てくれたから何よりも楽しかった。ずっと続けばいい、それこそ魔法なんてものが存在するなら時間を止めてでもずっとこの時間を過ごしていたい……そんな風に思ったのだから。


「柚希、キスしてもいい?」

「うん。もちろん♪」


 辺りは暗くみんなの視線はキャンプファイヤーに向いている。だからこそ、ここでキスをしたところで誰にも見られ……ないことはないかもしれないがそこまで目立たないだろう。


「ちゅ……ぅん……」


 生徒たちの喧騒をBGMに柚希とキスを交わす。あの人形劇の時、頬にキスをするだけで我慢したんだからもっととそう言わんばかりに柚希とキスを繰り返した。夢中になれば周りが見えなくなる、柚希がそんな感じだったので俺はしっかりとそれとなく周りには気を配っていた。


「ダメ……あたしのことだけ考えて?」

「っ……」


 一旦顔を離して柚希はそう言った。

 その瞳にあったのは周りのことを気にする僅かな配慮と、分かってはいるけれど俺とのことに夢中になりたいという真っ直ぐな欲求だった。

 俺は偶然手に持っていた今回の学園祭に関するパンフレットを開いて顔の前に移動させた。あたかも二人でそれを覗き込んでいるかのような感じだ。


 ……何となく最近思うようになったことがある。

 柚希と一緒に過ごしていると、本当に彼女とどんな時であっても傍に居たい欲求が強くなっていることを実感する。それは別に依存と呼ぶほどのものではないとは思うが、少し女々しいかなと思うことは多々あるのだ。


「なあ柚希」

「なあに?」

「……俺さ、柚希とめっちゃイチャイチャしたい」


 そう伝えると柚希は目を丸くしたが、それは驚きというよりも何を今更とそんな気持ちが伝わってきた。俺は更に言葉を続けた。


「そう最近はずっと思っているようなもんなんだ。君が傍に居ると手が伸びる、君のことを抱きしめたくてたまらなくなる時がある。それってさ、ちょっと女々しいかなってちょっと思った」


 まあ、柚希から返ってくる言葉は予想は出来てるんだけど。


「そんなことないよ! むしろジャンジャンそんな気持ちになっていいじゃん! あたしだって同じだし……あたしたちの仲にそんな遠慮は必要ないと思うの。だってあたしたちはこれからもなんだから」


 そうであると確信を持った言葉は真っ直ぐに俺の中に入ってきた。絶対にそうだと力強く断言した凛々しい表情、絶対にそうなるんだからとちょっとだけ不安そうな表情、気を取り直したようにそれ以外認めないと幸せそうに笑った表情、この少しの時間の中で多くの顔を見せてくれた柚希に自然と俺も笑みが零れる。


「……そう、だよな。ったく、なんでこんなことで悩むんだか」


 俺は柚希に手を伸ばして自分の方へ抱き寄せた。そしてそのまま地面に寝転がるようにして横になる。胸の中に居る柚希は暴れるようなことはなく、これ以上ないほどに幸せそうにしてくれていた。


「ごめん。制服汚れるかも」

「いいよ全然。全然いいよ……この温もりの前には些細なことだよ♪」


 こうして寝転がると流石にいよいよあいつら何してるんだって見られる気もする。それでも柚希は離れないし俺も離すつもりはなかった。まあさっきあれ以上キスを続けていたら色々と我慢の限界が来ていたこともあっただろうし、これはこれで良かったのかもしれないな。


「カズぅ……カズぅ♪ えへへ~、温かいよぉ」

「……可愛すぎかよ」

「当然でしょ? 何度も言うけど、あたしはカズの前だと無限に可愛いのだ!」


 いや、本当に柚希は可愛いよ……って彼氏としての贔屓目を抜きにしてもこんなに可愛い子は絶対に居ないと断言できる。それくらい俺の腕の中に居る自慢の彼女は最高に可愛かった。


「このまま眠っちゃいそう……」

「流石にそれは風邪を引くからやめとこうな」

「ふふ、分かってるよぉ」


 あぁ表情が蕩けている……ずっと眺めていたい、割とマジでそう思った。

 そんな風に柚希とイチャイチャしていると複数の足音が聞こえた。二人してそちらに目を向けると、空たちが困った子を見るような顔になっていた。


「全くもう二人ったら……」

「汚れちゃうよ?」


 どうやら今日はここまでかな? 柚希に目を向けると残念そうにしながらも仕方ないなと苦笑して立ち上がった。そして、何を思ったのか俺を見つめて優しく笑った後みんなの方へ向かい俺に振り向いた。


「さっきね。カズが言ってたの。私たちが居て本当に良かったって」

「あ……」


 それは是非オフレコで……とは思ったけどもう遅かった。

 女性陣は言わずもがな、空たちにもクスッと笑われて見つめられてしまい頬に熱がたまっていく。蓮が俺の傍に近づき肩に腕を回してきた。


「んなの俺たちもだぜ? なあ?」

「あぁ」

「もちろんだ」

「……っ」

「お、照れてやんの」

「うるせえ!」


 こんなの照れるに決まってるだろ!

 相変わらず腕を離してくれない蓮だが、彼は柚希の方へ向いてこんなことを口走るのだった。


「じゃあここからは和人は俺たちがもらうとするか。柚希、お前の出番は終わりだから雅たちと遊んでな」

「何言ってんのぶっ殺すわよゴミが」

「……はい。申し訳ありませんでした」


 サッと蓮は俺から離れるのだった。

 今の一連のやり取りに俺たちの間で大きな笑いが生まれ、これぞ俺たちだなっていう繋がりを感じるのも確かだった。


「……本当にありがとうなみんな」


 小さく呟いた。しかし、柚希が手をガシっと握ってきた。


「お礼なんていらないよ♪」


 どうやら聞こえていたらしく、それは他のみんなも同様だったらしい。


「礼がいらないかはともかくとして、俺も和人に会えて嬉しかったぞ」

「……空」


 ……こいつめ、カッコいいじゃないかよ。


「空、あたしのカズを誘惑するの禁止」

「そんなつもりじゃないんだけどなぁ……」

「そうですよ! 空君が誘惑するのは私で、空君を誘惑するのは私だけの役目ですから!」

「凛はそういうことを大声で言うんじゃない!!」


 あ~あさっきまで静かだったのに一気に騒がしくなってきた。

 でも、祭りの終わりに相応しい賑やかさではあった。それから俺たちはみんなで最後を締めくくるように騒ぎ、こうして二年の俺たちが過ごす学園祭は終わりを迎えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る