EXおまけ話
これは語られることのない物語、誰の記憶にも残らない一つのお話だ。
「……おい」
「……あぁ」
とある休日のこと、俺は昨日から空の家にお邪魔していた。
空の家にお泊りすることはそこまで珍しいことではなく、ゲーム合宿みたいなノリでよく彼の家にお邪魔することは多かった。
「……………」
「……………」
さて、そんな中俺はというと……彼と、俺の姿をした空と向かい合っていた。
一体何を言っているのか分からないと思うのだが、夜空の部屋で寝て今朝起きたら体が入れ替わっていたのだ。俺の体に空が入り、空の体に俺が入っている。
「なあ、これ夢じゃないのか?」
「そう思いたいけどこのリアルさは夢じゃねえって……」
だよなぁ……いつからこの世界はこんなファンタジーが起きるようになったんだ。意識が入れ替わるなんて現象は聞いたことがないし、こんなことが起きるのはそれこそ小説の世界くらいなものだ。
俺の目の前で自分の体、顔をした人間が困ったように頭を抱えている。これはこれでちょっと面白く思ってしまうが非常にマズい状況だ。このまま元に戻らなかったらどうなるのか、それを考えると寒気がするほどに恐ろしい。
俺と空は互いにパニックになっているのか考えが上手く纏まらない。そんな中、俺はふと昨日柚希としたやり取りを思い出した。俺が空に家に泊るということで彼女も遊びに来ることになっているのだ。もちろん柚希だけでなく空と付き合うことになった凛さんも一緒にだ。
「柚希たちいつ来るんだ?」
「……マズいな。取り敢えず急な予定が入ったって断らないと――」
嘘を付くようで申し訳ないが流石にこの状況はヤバすぎる。凛さんに連絡をするためにスマホを取った空に続くように、俺も自分のスマホを手に取って柚希にメッセージを飛ば……そうとしたところで更に最悪の状況に陥った。
「空~? 凛ちゃんと柚希ちゃんが来たわよ~!」
俺と空はその声が聞こえた瞬間に顔が青褪めた。
お互いにパジャマで準備は一切出来ておらず……いやそんなことは心底どうでもいい! お互いに顔を見合わせパクパクと口を動かして対策を講じようとするも、空しく部屋のドアが開いた。
「おはよう二人とも。カ~ズ~!!」
そして、俺の姿をした空に向かって柚希が飛び込んだ。
一瞬だけど、そのことに対してちょっと気に入らない気持ちになったがこの際仕方ないと割り切るしかないか。そう思った俺だったのだが、途中で柚希は足を止めて目を細めながら空を見た。
「……空? カズじゃない……アンタ空でしょ?」
「え……柚希?」
どうして分かったんだ、そんな感じで目を丸くした俺たちを柚希が交互に見た。そして俺に目を向けた瞬間、再び抱き着こうとしたが寸でのところで踏み止まった。
「柚希……って、どういう状況ですか?」
少しだけ遅れてきた凛さんも俺たちを見て把握出来たのかそう口にするのだった。
どうして分かったのか、そんなミラクルがあるのかと俺たち自身が驚いていたが彼女たちの察しの良さに今はとても感謝した。朝起きたらこうなっていたと告げると二人は当然驚いていた。
「……いやそんなことが……でも実際に目の前で起きてるし」
「はい……その、体は確かにそのままですが中身が変わっているのは分かります」
「そうよね。あたしも気づいたもん、中身が違うって」
「……柚希ぃ!」
ヤバい、ちょっと泣きそうになった。
柚希は苦笑しながら涙を拭いてとハンカチを渡してきた。ありがたくそのハンカチを借りて目元を拭くと、柚希が申し訳なさそうにこんなことを言うのだった。
「ごめんね? あの体に抱き着きたくても中身はカズじゃないし、かといって今のカズに抱き着くのも違う気がするから。あたしが異性でそういうことをしたいのは本当のカズだけだから」
そしてそれは凛さんも同じだったらしい。
俺はともかく、あの空が凛さんの言葉を聞いて感動していた。まあ体は俺だけど涙を流して同じようにハンカチを受け取っていた。
「……ずずぅ! 取り敢えずどうすべきかを考えるぞ。絶対に戻るんだ」
「当然だ。とはいえ……どうすりゃいいんだよ」
二人して頭を抱えて振り出しに戻る。
「……マズいよ凛、このままじゃあたしたちずっと二人に抱き着けないよ!」
「それは困ります! 私死んじゃいます!」
俺たちも死んじゃうって!
そんな風に四人ともが途方に暮れている時、ふと空が立ち上がった。俺もどうしたのかと一緒に立ち上がったのだが、その際にいつもと体が違うのか少しよろめいてしまい空の方へ体が倒れてしまったのだ。
「ちょっ!?」
「おい――」
大きな音を立てて俺たちは倒れ込んだ。
そして、そこでサッと風景が変化した。
「……あ?」
「え……?」
俺と空、二人の声が同時に響いた。
ベッドの上でボーっとしている空と、カーペットの上に敷いた布団の上で驚いている俺という構図……この瞬間、俺と空はドッと疲れたように溜息を吐いた。
「お前もか?」
「その様子だとお前もらしいな」
なんだよ……思いっきり夢なんじゃねえか!!
二人して脱力したように再び布団を背にするようにして寝転がった。あんな夢を見せるなんて神様も趣味が悪いぞマジで。ただの夢なのに寿命は縮まったし本当に洒落にならないくらい怖かったのだから。
「……あ、そうだ二人が来るんだっけ?」
「あぁ……着替えないと――」
『空~? 凛ちゃんと柚希ちゃんが来たわよ~!』
どうやら二人は既に来てしまったらしい。寝過ごしてしまったせいか俺たちはまだパジャマのままだが、まあ二人なら笑ってくれるだろう。しばらく待っていると部屋の扉が開いて柚希と凛さんが現れた……? どうした?
「……カズ」
「っ!?」
何故か凛さんが俺をカズと呼んだ。
「……空君」
「っ!?!?」
そして、柚希が空君と呼んだ。
俺と空、二人の顔が真っ青になった。いやいやまさかそんなはずがあるわけないだろうとお互いに顔を見合わせる。物凄い量の汗を掻いてこれもまた夢なんじゃないのかと俺たちは互いに頬を引っ張った。
「いてぇ……」
「いてぇよ……」
ギギギと油の抜けた鉄が動くような鈍い音を立てるように俺と空は改めて二人に目を向けた。下を向いた二人は何も言葉を発さず、それが今の状況がとても困ったものであることを俺たちに告げていた。
「……柚希?」
「凛……?」
消え入りそうな俺たちの声……そんな俺たちを見た二人はパッと顔を上げ、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「なんてね、入れ替わったドッキリでした!」
「ふふ、流石にこんなあり得ないことに驚きは……って!?」
「え? ……カズ!?」
おかしい、なんか目が物凄く熱くて止めどなく何かが流れている気がする。
その後、俺たちよりよっぽど取り乱した二人に抱きしめられることで落ち着くことが出来た。一つ言えることは、誰も入れ替わったような出来事は起きておらずちゃんと今が現実だということだ。
「柚希ぃ!」
「ごめんねカズ……まさかそんなに不安になるなんて思わなくて」
不安を払いのけるように柚希の胸に飛び込んだ。
よしよしと頭を撫でてくる柚希の手の温もりにとても安心する。頬に当たるぷにぷにとした感触を思う存分感じていた俺を見て柚希の母性本能が刺激されたらしい。
「……ねえカズ」
「??」
「おっぱい飲む?」
「!?」
それは柚希なりの冗談だったのだが、高校生の彼女がそういうことを口にする破壊力たるや凄まじかった。
「……空君! おっぱい飲みますか!?」
「膨れてねえけど――」
「……………」
背後から聞こえた悲鳴は聞こえないフリをしておいた。
時には通じない冗談があるということを覚えておこう、そんな教訓になった日だったとさ。
【あとがき】
次回から普通の話に戻ります!
ちなみに書いててめっちゃ楽しかった!
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