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 乃愛と洋介の二人は新米カップルである。

 ずっと一緒に居たからこそ通じ合うことはなかったが、乃愛の一歩を踏み出す勇気が切っ掛けとなって二人は恋人同士になった。


「ねえよう君次はどこに行くの?」

「……ちょっと待ってくれよ」


 この学園祭で今何が行われているのかを確認する洋介の姿に乃愛は人知れず笑みを零した。今まで二人で出掛けることはあっても洋介の中にデートという概念はなく、ずっと一緒に居た妹と遊ぶ感覚だった。

 そんな洋介が今、乃愛を満足させたいと一生懸命に出し物を確認している。ただ連れ回すのではなく、ちゃんと乃愛が楽しめるようにと必死に考えているのだ。


「……これは……いやでもどうなんだ? 俺はともかく乃愛は……」


 意地悪をするわけではないが、自分の為にこんなに一生懸命に考えてくれることは何よりも嬉しかった。今までと違うくすぐったさ、でも決して不快ではなくむしろ心地の良い気持ちに乃愛は浸っていた。


「……ほんと、よう君はよう君だなぁ」


 そんなに考えなくても、洋介が傍に居るだけで乃愛は楽しいのだ。そのことにまだちゃんと気づけてない部分はマイナス点だが、それもまた洋介らしいなと乃愛は改めて好きな気持ちが溢れてくる。


「ほらよう君!」

「おっと」


 そんなものばかり見てないで私を見てよと言わんばかりに、乃愛は洋介の手を取って歩き出した。


「私はよう君が傍に居てくれるだけで楽しいの。だからそんな風に考えすぎずに楽しもうよ」

「……そうだな。確かにその通りだ」

「でしょ♪」


 まだまだ恋愛に関しては分からないことも多い洋介だが、それは乃愛にも同じことが言える。いくらバカップルというか、幸せなカップルのお手本が身近に居たとしてもそれは彼らだけが作り出せる空気なのだ。あのような空気に憧れはするが、流石にあんな風に甘ったるい空気を自分たちが演出するのは想像出来ない。


「お、和人と柚希じゃないか」

「あぁ本当だ」


 二人仲良くベンチに座ってアイスを食べている和人と柚希を発見した。

 あの二人が主役を務めた人形劇は当然乃愛も洋介も観劇した。胸にしこりが残るような結末と、そんなモヤモヤを吹き飛ばす二人のイチャイチャには二人でこれでもかと笑わせてもらったものだ。


 さて、そんな和人と柚希が二人でベンチに座っている……その姿は完全に恋人同士というよりは完全に夫婦のような熟年感がある。


「長年付き合ってきた感があるよねぇ」

「あの二人まだ付き合って四ヶ月と少しくらいだろ?」


 そう、まだ和人と柚希は付き合って四ヶ月少しだ。いつまで経っても新婚のような雰囲気、そして長年連れ添った熟年夫婦のような本来であれば矛盾するそれが完全に溶け合い混ざり合っているのだから不思議だ。


「ねえよう君、私たちもちょっとあの二人を観察して勉強しよう!」


 まあ乃愛は和人が家に遊びに来た時などに見ているのでそこまでだが、洋介からすれば空たちも知っている彼らしか知らない。これからのことも考え、少しでも乃愛を喜ばせる男になれるなら勉強も吝かではない……そう思い頷いた。


「……よいしょっと」

「よっと」


 素晴らしい隠密行動によって和人と柚希に気付かれることなく、二人は近くのベンチに腰を下ろした。ここまで近くなると彼らのやり取りがほぼほぼダイレクトに聞こえてくる。


「人形劇、何だかんだで楽しかったね」

「そうだな……まあその後のキスは恥ずかしかったけど」

「ごめん♪」

「そんな嬉しそうに謝られてもな。でも可愛いから許す!」

「ありがと♪ えへへ、可愛いなんて言われたらまたキスしたくなっちゃうよぉ」


 全くこの二人は……非常に微笑ましい光景だが同時に胸焼けしそうなほどに甘い空気を漂わせている。お互いに少しカップルというものを勉強しようと思ってのことだったが、これは自分たちには無理では? そうお互いに顔を見合わせた。


「みんなも観に来てくれたし嬉しかったよ」

「そうだな……ふぅ」

「どうしたの?」


 何かを思ったのか和人が黙り込んだ。

 どうしたのかと聞いた柚希だったが、和人の様子が気になったのは乃愛と洋介も同じだった。顔を見れば気付かれる可能性もあるので向けるのは耳だけ、聞こえてくるであろう彼の言葉を待った。


「……柚希だけじゃなくて、多くの繋がりを持てたことが嬉しくてさ」


 本当に嬉しそうに和人は口を開き、まだまだ彼の言葉は続く。


「柚希、乃愛ちゃん、空、蓮、洋介、凛さん、雅さん……本当に色んな繋がりを今年になって持ったんだなって改めて思った。もしかしたらみんなとここまで親しくなることはなかった世界もあっただろうし……それを考えると、本当に幸せだなって思えるんだよ」

「……カズ」


 和人だけでなく、それは乃愛たちにも言えることだった。和人が柚希の気になる人でなかったら乃愛は絶対に接点は生まれなかっただろうし、空の友達でなければ洋介にも接点はきっと生まれなかったはずだ。


 そんないくつものをもしもが積み重なった世界が今生きているこの世界、みんなが出会い親しくなった世界なのだ。


「本当に感謝してる。柚希には何度も伝えてるよな、俺と出会ってくれてありがとうって。何度だって伝えられる……柚希、俺は君を愛してる。本当に本当に愛してる」

「……うん! あたしもカズのことを愛してる! いっぱいいっぱい愛してるよ!」


 チラッと見れば二人とも強い力でお互いを抱きしめ合っていた。この場所は他にも歩いている人たちが居るというのに、あの二人はまるで自分たちの世界を形成してしまったかのようだった。見ているだけで頬に熱が集まりそうな二人の姿、茶化したりしたら天罰が下ってしまいそうなその光景はちょっと刺激が強い。


「……あ、なんで避けるのぉ?」

「いや、キスは流石にここでは……」

「カズがいけないんだよ! あんなに嬉しくなること言われたらキスしたくなるもん絶対そうだもん!」

「……そう、だよなぁ。俺も柚希にそんな話を振られたらそうなるもんな」

「でしょう? でも……う~ん、じゃあキスは我慢する。その代わり――」


 言い切る前に柚希の体は和人に抱きしめられた。


「しばらく抱きしめろって言うんだろ?」

「……うん」


 ……本当にこの二人はいつでもどこでも甘い空気を出すなあマジで! そんな気持ちが乃愛と洋介の中でシンクロした。


「……なあ乃愛」

「……なに?」

「恋愛感情とかそういうんじゃないんだけど、柚希って可愛かったんだな」

「何を今更……ふふ、そうだよお姉ちゃんは可愛いんだよ」


 洋介の口からを柚希を可愛いというのはかなり珍しいことだ。そんな洋介が今の二人を見て可愛いと言うくらいに、和人とイチャイチャする柚希はあまりにも可愛らしすぎるのだ。


 あの人形劇のように世の中には悲恋と言った物は存在する。

 だが、その悲恋という言葉の一切があの二人には似合わない。たとえどんなことがあったとしてもあの二人の絆は途切れず、ずっと二人一緒に過ごしていくんだろう。喧嘩をしてもすぐに仲直りして決して冗談でも別れるなんて口にはしない……まああの二人が喧嘩するのは見てみたい気もするがそれは乃愛の好奇心だ。


「乃愛」

「なに――」


 小さな体の乃愛を抱きしめるように洋介が引き寄せた。立派に力強く育ったその腕に抱かれた乃愛の思考は一旦停止し、すぐに沸騰したかのように頬が赤くなる。


「よう……君?」

「……さっきの二番煎じみたいなもんだけど……その」


 意を決したように洋介は言葉を乃愛に伝えた。


「俺と付き合ってくれてありがとな? ずっと俺を想ってくれてありがとうな」

「……あ」


 乃愛は何も答えず、ただ愛する男の胸に顔を埋めるのだった。

 まだまだ二人は付き合ったばかり、ある意味鈍感な男と姉に似て可愛らしく一直線な女の子のカップルだ。

 これからどんな風に過ごしていくのかは彼ら次第だが、一つ言えることはこの二人も固く結ばれた二人だということだ。


 これから先も見守っていきたい、そう思わせる二人なのは間違いない。





【あとがき】


もしも読者のみなさまが柚希のような女の子に出会ったら恋人にしたいと思われるでしょうか? そう思わせるような柚希というヒロインを書けているのであれば大変嬉しいことです。

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