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 一つの物語がバッドエンドを迎え、今から綴られる物語はハッピーエンドに繋がるもう一つの物語――なんてかっこいい言い方をすればそれまでだが、今俺に課されている課題はかなり難しい。


 何故なら台詞にしても西川さんのナレーションにしても、全く台本が役に立たない未知数の領域だからだ。西川さんもそうだし柚希も前田さんも、そして瀬川君も既に台本は手にしていない。


「ほらほらカズ、あたしはあなたを好きと言ったけどどう答えるの?」


 隣で柚希が楽しそうにそう聞いてきた。

 さっきまで満ちていた暗い雰囲気は一切なく、客席からもどんな話になるのだろうと期待のようなものが伝わってきた。前田さん、瀬川君がそれはもう心底面白そうにニヤニヤしながら俺の言葉を待っている。


「……ええいままよ!!」


 こうなったらやるしかない。

 俺は自分の中に浮かぶ言葉をリツキの物として口にするのだった。


「……俺も……俺もキッカのことが好きだ! どうしようもないくらいに君のことが好きで好きで……好きで好きでたまらないんだ!!」


 リツキはただ恥ずかしさに本心を隠しただけだった。それなら本心を隠さずに彼女にありのままの言葉を伝えたらどうなるか、これが正しいかは分からないが、少なくとも俺がリツキになったとしたらこう答えるはずだ。

 俺がそう答えた瞬間、客席がわっと沸いた。


『キッカの言葉にリツキはそう返しました。本来は恥ずかしさで本心を隠した彼ではありましたが、それを乗り越え気持ちを隠すことなく伝えることが出来ました。その言葉を聞いたキッカは思わず涙を流します。たとえ覚えていなかったとしても、彼が好きと言ってくれたその事実があまりにも嬉しかったから』


 それっぽく……いやめっちゃ的確なナレーションを西川さんが挟む。すると本来はこの場所にいなかったはずの友人枠である前田さんと瀬川君も加わった。


「全くもう、今まで見守ってたのがやっと報われた気がするよ」

「本当になぁ。どっちも一歩を踏み込まないし勘弁してほしかったぜ」


『友人たちも彼らを祝福しました。さて、こうなってくるとお互いに好きと気持ちを伝えましたがこれからどうするのでしょうか。まずはキッカの言葉を待ちましょう』


「結婚しようリツキ君!!」

「はやくね!?」


 つい素で返してしまった。

 当然今の声は響いており、客席から大きな笑いが漏れて出た。既に物語から外れているからこそ柚希も遠慮がないんだろうが、彼女の言葉はまだまだ止まらなかった。


「どうしてですか? お互いに気持ちを伝え合ったんです。つまりこの先にあるのは結婚だけです! 二人の間に何も壁はないんです! ほらリツキ君、愛してるって耳元で囁いてください!」


 人形をこちら側に近づけたと同時に、柚希も俺の顔の近くに耳元を寄せてきた。もう完全に私情が入りまくった演技になってやがる!! ちょっと体を離そうとした俺だったが、背後にいる瀬川君が逃げるなよと肩を抑えてきた。


「逃げられねえぞ三城♪」

「うんうん。ワクワク、ワクワク♪」

「……………」


 君たちは……くぅ!

 俺は観念し、リツキからキッカへというよりも……柚希に伝えるように耳元で囁くのだった。


「愛してる」

「ふわあああああああああっ!? カズぅ好きいいいいいい!!」

「ちょっ!?」


 あ、終わった。

 完全にタガが外れた柚希が俺に飛び込み、そのまま背後にいた瀬川君を下敷きにするように俺たちは倒れ込んだ。設営されたステージから体がはみ出す感じになったので俺に抱き着く柚希、抱き着かれた俺、そして俺の下になっている瀬川君の姿がもろ見えである。


「……えっと、私もダイブ!」


 ちょこんと、前田さんも柚希の背中に抱き着くように乗っかった。

 あぁもうメチャクチャだよ、そんな俺の諦めとは裏腹に客席から響く笑い声はかなり大きかった。チラッと視線を向ければ母さんと藍華さんはお腹を抱えて笑っているしいつの間に見に来ていたのか空たちも笑っていた。

 蓮に関してはよくやったと言わんばかりに親指を立てており、それは思いっきり無視しておいた。


『とまあグダグダになりましたが、こうしてお互いに気持ちを伝え合った二人はそれからも幸せに暮らしましたとさ。二人を演じた彼らのように、いつまでもどこまでもイチャイチャして過ごしたことでしょう。めでたしめでたし』


 そんな西川さんの言葉を最後に音楽が流れ人形劇は終わりを迎えた。

 大きな拍手の中、俺たちは立ち上がり見てくれた人たちに並んで挨拶を返す。どうやらまだまだ時間はあるらしく、何かお客さんの方から聞きたいことはないかと西川さんが言いだした。


「おい」

「いいのいいの♪」


 良くねえよ……素晴らしく憎たらしい笑みを浮かべた西川さん、するとチラチラと手が挙がった。その手が挙がった場所に歩いていくと……って藍華さん!? 西川さんからマイクを受け取った藍華さんはこんなことを言いだした。


「主人公とヒロインを演じられた二人ですが、普段もラブラブなんでしょうか?」


 これ、何かの拷問かな?

 藍華さんの言葉に答えたのは柚希だった。


「……そんなの聞かなくても分かるでしょ――お母さん」

「柚希ったらもう少し乗ってくれないと!」


 美人の娘と美人の母、二人のやり取りにみんなから笑みが零れる。呆れたように言葉を返した柚希だけど、変に場を掻き回さないそのやり方が一番有り難かった。やっぱり柚希は俺のことがよく分かって――

 俺が安心したように息を吐こうとした時、チュっとリップ音を立てて柚希が俺の頬にキスをした。


「いつでもどこでもあたしたちはラブラブですぅ! ね?」

「あ、はい」


 いきなりのことで素直に俺は返事をした。

 流石にこんなところで頬とはいえキスをするとは思っていなかったのか、西川さんと前田さんが顔を赤くしていた。瀬川君に至ってはリア充爆発しろよと肩をグイグイ押してくる。


「柚希……大胆」

「……くぅ俺もこんな青春が送りてえよぉ」

「ふふ、ならこの後一緒に学園祭回る?」

「いいの……か? え? え?」


 何やら聞き捨てならないやり取りが聞こえてきたが我に返った西川さんが人形劇の終わりを宣言した。ちなみに、人形劇はどうだったかというアンケートにお客さんたちが答えてくれたのだが、八割以上の人が満足したと書いてくれていた。あんなに可愛い彼女を手放したら許さないみたいな内容もあり、このことに関しても俺はまた西川さんに盛大に揶揄われることになるのだった。


「あ~楽しかったねぇ!」

「……そだね」


 確かに楽しかった……楽しかったけどめっちゃ疲れた気がするよ俺は。

 使った人形を片付け、ステージも解体してようやく自由になった俺と柚希は二人で再び学校内を歩いていた。まだまだ学校内の騒がしさはなくならず、外部の人たちの姿もかなり多かった。


「あの物語、思うことはたくさんあったけど……やっぱり気持ちは真っ直ぐ隠さずに伝えるのが大事だよね」


 それは俺も確かに思ったことだ。

 気持ちに蓋をして悲しむくらいなら一歩を踏み出す、それが大切なことなんだと改めて気付いた気がする。


「もしかしたら、俺が柚希に気持ちを伝えずに終わる世界もあるかもだしな」

「だねぇ。でも、そんな世界があったとしてもあたしたちが付き合わない世界線なんて存在しないんじゃない?」

「え?」


 それはどういうことだろうか、首を傾げた俺に柚希は綺麗で可愛らしい笑みを浮かべながらこう言葉を続けるのだった。


「あたしはどこまでも気持ちを伝え続けるよ。カズのことが好き、この気持ちがあなたに伝わるまで絶対に諦めずに伝え続けるから♪」

「……っ」


 ……頬が熱い。

 でも、これ以上ないほどに胸は幸せで溢れた。そう言えばと、俺は以前に柚希から言われた言葉を思い出した。


「以前さ。俺にとって柚希は最高の彼女で、柚希にとっても俺は最高の彼氏なんて話をしたことがあっただろ?」

「え? うん、あったね」


 俺は柚希の頭の後ろに手を回し、無警戒に近かった彼女の唇にキスをした。


「本当にその通りだと思う。俺にとって君は最高の彼女だ。本当に大好きでたまらない愛おしい女の子だよ」

「……っ!?!?!?!?」


 ぼふっと音を立てて柚希の顔が真っ赤に染まった。

 俺はそんな柚希の姿にまた可愛いなと思いつつ、彼女の手を引いて残り少ない時間を楽しむのだった。





【あとがき】


ちゃんと物語らしく綺麗に終わらせるのも考えたんですが、やっぱりこうやって柚希を起点にグダグダになった方がらしいかなと思ってこうなりました(笑)

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