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「まだ乃愛はニヤニヤしてるのかなぁ」
「かもな。でも本当に良かったよ」
乃愛が洋介と付き合うことになった。それは柚希にとっても当然嬉しいことでありそれを和人に祝ってもらえることも嬉しかった。本当の妹のように慈しんでくれる和人の姿に、柚希は何度目か分からないトキメキを覚えていた。
「でも今日の洋介はちょっと災難だったよなぁ。あの後――」
楽しそうに今日のことを和人が話している。
それを柚希は彼の横顔を見つめながら聞いていた。二人っきりの時間、とことん甘えられるこの時間が本当に柚希は好きだ。イチャイチャすることは大好きだがこんな風にただ和人と一緒に居る、それだけで柚希は幸せだった。
「……ふふ」
幸せだなぁ、そんな風に考えていると自然と笑みが零れた。そんな柚希に気づいて和人がどうしたのかとその目を向けてきた。宝石のように輝く瞳、なんて言うと少しオーバーな表現になるが、そんな和人の瞳に自分の姿が映っている。大好きな人を見つめている一人の女、彼の視線を独占出来ていることにもっと頬が緩む。
「……やっぱりあれだよね」
「何が?」
「柚希は本当に可愛いよ」
「……カズぅ」
こんなんあかんですわ、そんな風にこれでもかと表情を蕩かせて和人の胸に飛び込んだ。何だか最近イチャイチャしてばかりの気がする、そうは思ったが恋人と一緒ならそうなるのも当然だろうと柚希は思った。
しばらくそうしていると、トイレに行ってくると和人が立ち上がった。いってらっしゃいと和人を見送り、一人になったところで柚希はスマホを手に取った。
「今日も一日幸せです……っと」
SNSにそう投稿し、誰にと言わないが幸せのお裾分けだ。リア充爆発しろと思われるか鬱陶しいと絡まれるかはさておき、どこにでも居るような女子高生の呟きなんぞに突っかかる人間はそうは居ないだろう。
そんな風にネットの海を渡っていると目に留まったモノがあった。
「ふふ、この人有名な配信者なんだったかな」
動画サイトに投稿している配信者という職業、その中でもかなり有名な人だからこそ柚希もこうしてSNSを見ていれば目に入ることがある。
女性の配信者であり、柚希も見惚れてしまうほどの美貌を持った女性だ。そのスタイルも凄まじく、特に目を惹くのが柚希以上の大きな胸だった。
「……何度見ても凄いなぁこれ」
日本人とロシア人のハーフらしく、そういった血による遺伝もあるのかもしれないなと柚希は考えた。
そのように人気の彼女だが、少し前に恋人が出来たことを公表し彼とのことはあまり隠さずに表に出していた。柚希も少し見たことがあるが、本当に彼とのやり取りはこっちまで恥ずかしくなるほどのイチャイチャ振りだった。
「……まああたしも人の事は言えないんだろうけど」
彼氏とのイチャイチャなら誰にも負けない、張り合うつもりはないが柚希はそんなことを思った。そうこうしていると部屋の扉が開き和人が戻ってきた……のだがついでに妹である乃愛も一緒だった。
「トイレの帰りに目が合ってさ」
「酷いよお姉ちゃん。帰ったら声くらい掛けてくれてもいいじゃん!」
「いやだって……ねえ?」
「まあ……ね」
「??」
首を傾げる乃愛の様子に和人と顔を見合わせて苦笑した。
きっと声を掛けても洋介のことで頭がいっぱいだっただろうし気付かなかっただろうと指摘すると、そんなことはないと乃愛は否定しながらも顔は赤かった。そのまま部屋に戻るかと思いきや、どうやらこっちに居座るらしい。
「よっこらせっと」
「お兄さん失礼しま~す」
腰を下ろし胡坐を掻いた和人の足の上に乃愛は腰を下ろした。他の女性なら張り手でもして突き飛ばすこと間違いなしだが、乃愛は妹なので手は出掛かったものの抑えた。手は出掛かったけども。
「アンタ洋介と付き合いだしたんならカズに甘えるのやめなさいよ」
「えぇ? それとこれとは違うでしょ? よう君に甘えるのは当然だけど、お兄さんに甘えるのも特権みたいな部分があるし」
「……ったくもう」
意地でも退きそうにない乃愛の様子に溜息を吐きつつ、柚希も負けじと和人の抱き着いた。柚希と乃愛、それぞれの体温を感じながら和人は困ったように笑みを浮かべたが、これだけの緩い空気の三人は本当に微笑ましく見えてくる。
そうやって三人でゆっくりしていると乃愛が口を開いた。
「そういえば学園祭は人形劇と喫茶店をやるんだよね?」
「あぁ」
「そうよ……あ」
っと、そこで柚希は思い出した。
今回の人形劇に関して和人と並び主人公とヒロインに選ばれたのは今日のことなので乃愛が知っているはずはない。教えたら教えたで五月蠅いことになりそうだしどうしようかと柚希は考えた。
「お姉ちゃん?」
「……あ~」
これは逃げられないな、そう考えて柚希は仕方なく教えることにした。
「今回の人形劇なんだけど」
「うん」
「あたしヒロイン、カズが主人公」
「わお」
目を輝かせた乃愛は更に色々と聞きたそうだ。
くるりと体の向きを変えた乃愛は和人と向かい合う形になり、流石にそれはどうなんだと柚希が睨みつける。しかし柚希の睨みなんか何のその、乃愛はワクワクした様子で聞いてきた。
「どんな物語をやるの?」
「悲恋モノらしいわよ」
悲恋モノ、そう言うと乃愛は目をパチパチとさせた。柚希と和人の顔を順に見てから言葉を続けた。
「……お姉ちゃんとお兄さんが悲恋モノ演じれるの?」
「まあ選ばれたしやるしかないよな」
「いやそういうことじゃなくて……」
「どういうことなのよ」
「……なんでもな~い」
そこまで言いかけたのなら言いなさいと柚希が乃愛に手を伸ばした。別にその気はなかったが乃愛に対してプロレス技を掛けるような腕の動き、しかし乃愛はそれを躱して反対に柚希に抱き着いた。
「きゃっ!?」
柚希が可愛い悲鳴を上げて乃愛に押し倒された。
乃愛は手をワキワキとさせながら柚希の持つ大きな胸に手を伸ばすも、甘いと言わんばかりに柚希が体を捻って逆に乃愛を押し倒した。
「やるねお姉ちゃん!」
「ふん! アンタがあたしに勝てるわけないでしょうが!」
「なにを~!?」
そうして始まるキャットファイトを和人は微笑ましく見つめていた。
まるでじゃれつく娘二人を見つめる父親のような目に、柚希と乃愛はお互いに一体何をやっているんだと恥ずかしくなってしまった。そうなると柚希と乃愛に仲間意識が芽生えるのは当然で、一人蚊帳の外を良い事に呑気に見ている和人が敵になるのは当然だった。
「行くわよ乃愛」
「分かってるよお姉ちゃん」
「……え?」
二人で頷き合い、今だと声を上げて和人に飛びついた。
「のわあああ!?」
一気に二人分の体重を受けて和人は背中から倒れ込んだ。とはいえ背中に毛布が置かれていたので危ないことにはならず、和人は特に痛みを感じることはなく二人の体を受け止めることになった。
「さっきまで睨み合ってたのにいきなり手を組むとは……」
「ふふん、あたしたちは姉妹だもの当然だもん」
「そうだよお兄さん。私たちは姉妹だから当然だよ!」
柚希と乃愛、性格も体の大きさも違うのにこうやってニッコリと笑みを浮かべれば本当に姉妹だということが分かる。顔立ちが似ているというのもあるが、そもそもの雰囲気が似ているのだ。
柚希が傍に居て和人が落ち着くように、きっと洋介も乃愛が傍に居れば同じ気持ちになるんだろうなと和人は思う。
「乃愛ちゃん、洋介のこと本当におめでとう」
「あ……うん! ありがとうお兄さん!」
これからは洋介と乃愛のことも色々と聞くことになりそうだと、和人だけでなく柚希も楽しみにするのだった。
「あぁそうそう。お兄さんは雪菜さんから聞いた?」
「何を?」
「……あ、そっかそれがあったわね」
「??」
「ほら、前に温泉旅行とかどうかなって話をしたでしょ? あれ、結構早くに計画されそうだよ」
「……マジで?」
「うん」
「かなり意気投合してたからそうなるよねって感じ」
どうやら、体育祭は終わりこれから学園祭というイベントを残しているが、それ以外にも楽しめるイベントは盛沢山のようだ。
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