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翌々日の放課後、結構早かったが西川さんから台本を受け取った。普段の教室ではなく別の空き教室に俺と柚希を含め、人形劇の担当になった生徒たちは集合していた。とはいえ劇に参加する面子のみであり、背景やステージ制作のメンバーはまた別だった。
「……なるほど、こんな感じの物語なんだね」
「えぇ。悲恋というか、ヘタレな男の自業自得な物語というか」
「めっちゃ言うやん」
物語の大まかな流れは教えてもらっているしこうして台本を読んだことで更に知ることが出来た。
俺が演じる主人公のリツキ、柚希が演じるヒロインのキッカの二人もそれぞれ癖がありそうな設定をしている。こう言ってはなんだけどリツキはどことなく空に似ている気がするな。
「なんかこの主人公空に似てる気がするね」
「あ、やっぱり思った?」
どうやら柚希も同じことを思ったみたいだ。
流石に空に悪いかなと二人で笑っていると、西川さんがクスッと笑ってこんなことを言ってきた。
「確かにこの物語は報われない恋のお話なのだけど、あなたたちのことを見ていると本当に演じれるか不安ね。あぁこの不安っていうのは悪い意味じゃなくて良い意味で何かを変えてくれそうな期待かしら」
「何よそれ」
俺も柚希と同意見だ。
良い意味で何かを変えるというのは物語そのものを変えるってことか? 流石にそれは考えすぎかもしれないけど、何となくそんな意図を西川さんから感じ取った。
「まあまずは台詞の読み合わせをしましょうか」
西川さんの言葉に頷き俺たちはその場に腰を下ろした。
あぁそうそう。俺と柚希の他に前田さんも女子の友人役として参加している。後は瀬川君と言ってあまり会話はしたことはないが、何か用があれば会話をするクラスメイトも傍に居た。
「主人公とか演じるよりは気が楽か……頑張ろうぜ三城」
「おうよ」
坊主頭が目立つ瀬川君だが、彼は卓球部に所属している元気の良い生徒だ。裏を感じさせない爽やかなその性格はどことなく洋介に似たモノを感じさせる。
「よろしく柚希に三城君、瀬川君も」
「うん」
「よろしく」
「……よろしく」
……おや?
前田さんにそう言われ瀬川は顔を赤くして下を向いてしまった。俺と柚希は互いに顔を見合わせるが、前田さんは何も分かってないのか首を傾げている。なるほど、これはつまりそういうことなのかもしれない。
まあ別にそれは今は置いておくとして、早速台詞の読み合わせを始めよう。
俺たち四人が中心となり、他の効果音や有象無象の話し声も入れてもらいそこそこ本番っぽく始まった。台詞を読んでいくだけなので全部終わるまでそこまで時間は掛からない。
「俺は……彼女をどう思ってるんだろう」
リツキはキッカをどう思っているのだろうか、そう想像しながら読めば不思議と感情が乗ったような声音になる。流石に最初のうちは恥ずかしかったけれど、こういうのって段々と慣れてくるものなんだなぁ。
「ねえねえキッカ、最近リツキ君とはどうなの?」
「え? どうって言われても……その、普通ですよ?」
あぁそうそう、このキッカというキャラは基本的に敬語がデフォルトなのでそういう話し方をしている柚希を見るとなんか新鮮だ。そんな風に読み進めていくとこの物語の山場がやってくる。
一応二人の恋が成就することがないのは分かっているが、それが決定的となる発言をリツキがしてしまうのだ。
「俺は別に……お前がどんな道に進もうがどうでもいいしな。好きにすればいいと思うぞ?」
「そう……ですか。でも私は……いえ、何でもありません」
ヴァイオリンについてのことは深く語らず、将来のことについてキッカがリツカに相談したのだ。この時期から昔のことを覚えてなくてもキッカに淡い恋心をリツキは抱いているが、こんなことを言ってしまいキッカを傷つけてしまう。この言葉がキッカの決意を固める後押しをしてしまった。
そして、更にこんなやり取りが続く。
「リツキ君は私のこと、どう思っていますか?」
キッカを演じる柚希の視線が俺を射抜いた。完全にキャラクターに成り切っているのか柚希は全くふざけたりはしていない。俺もそれに応えるように、柚希の視線を真っ直ぐに受けながら台詞を読んだ。
「だからどうとも思ってないって。ただの友達だよ友達!」
おそらく、この時の台詞を口にしたリツキの心情としては照れ隠しだろう。そしてこれから先もキッカは絶対に居なくならないと思い込んでいたんだ。だから照れ隠しとありもしない希望を抱いてリツキはキッカに心無い言葉を口にしてしまった。
「……っ……カズぅ!」
「え……あの柚希さん!?」
何か泣くような仕草がしたと思ったら、柚希が涙を流して俺を見ていた。一体どうした誰が柚希を泣かせたんだ! そんな風に慌てる俺とは裏腹に西川さんがお腹を抱えて俺たちを笑っていた。
「あはははははは! やっぱりこうなるわよねぇ!」
「笑うのはダメだよ西川さん……でも、こうなるよね」
「んだな。こうなると思ったよ」
君たち!?
いやでもまさか、さっきの台詞をあり得ないとは思うが柚希は本気にしてしまったってことなのだろうか。西川さんに前田さん、瀬川君だけでなく他の人たちも苦笑していた。
取り敢えず柚希を慰めないと、そう思っていると柚希が先に口を開いた。
「ご、ごめんねぇ……あたしこれがただの演技でさ、カズ自身の言葉じゃないって分かってるのに……カズの声でただの友達って言われたのが悲しくてぇ!」
「……あぁそっかぁ」
あのさ、俺言ってもいいかい?
絶対に人選ミスだと思うんだけどその辺りどうかな西川さんや。
「ううん、全然良いと思うけどね」
この人は……。
俺は小さく溜息を吐いて腕を広げた。すると柚希はすぐに俺の胸に飛び込んで胸元に額をスリスリと当ててくる。しばらく柚希の頭を撫でて落ち着かせることになったが別にそれはいい。ただこの場面でこうするのはやっぱり恥ずかしいわけで。
「……なるほど、柚希はこうやって甘えるんだね」
「う~ん、今から完全なイチャイチャラブコメ路線に切り替えようかしら……」
なんて呟きが聞こえてきた。
柚希がこんな様子ならそっちの方がいいかもしれないとは思ったけど、すぐに柚希は復活して首を横に振った。せっかく任せてもらったのに自分のせいで台本そのものを変えるのは迷惑だからと、そう柚希は言ったのだ。
「もう一回やろう!」
大きく深呼吸をした柚希は真剣な表情になってそう言った。
柚希が持ち直したということで改めて今詰まった部分を合わせたのだが、今回は柚希は全く止まることはなかった。ただ、俺が何かを言うたびにまるで体に無数の矢を受け続けるようなリアクションをしていたが……本当に大丈夫かな。
「え? 初恋の人のことですか? ふふ、私は彼を振り向かせることは出来ませんでしたが、きっと私以上の素敵な人と出会ったことでしょう。今はきっと、私だけでなく彼も幸せだと思いますよ」
そんなキッカの言葉と共に、リツキが淡い恋の終わりを実感して物語は幕を下ろすのだった。
さて、こうして一先ず通しが終わったわけだが……台本を片手に柚希がプルプルと震えていた。これは何か爆発する一歩手前だと俺は分かり、若干ではあるが距離を取った。
「あのさぁ、一言言っていい?」
「何かしら?」
「この主人公とヒロインめんどくさいわ」
たぶんだけど、その言葉にはこの場に居る全員が頷くことだろう。
まあこういう風に決められた物語だからこそ俺たちに出来ることはなく、ただそこにある文字を読むことしかすることはない。悲恋というか報われない恋のお話なので柚希が言うめんどくさい性格にする他ないのだ。
「そもそも思い出してくれないからとか甘えてんじゃないわよこいつ。思い出してくれなくてもその人が好きなら好きって伝えればいいじゃない! 何を一回ただの友達だからって言われたくらいで日和ってんの馬鹿じゃないの?」
「柚希、ステイステイ」
「……あ……ふぅ」
果てしなく本番が不安に思う俺とは別に、やっぱり西川さんはこれは絶対に大成功するわと自信を更に持っているようで謎だ。一体この人は何を考えているのかどうも俺には理解出来そうにない……はぁ。
「あら、何を溜息を吐いているのよ三城君。ささ、練習の続きをするわよ!」
そりゃ溜息の一つくらい吐くってば……。
結局その後も練習は続き、煮え切らない物語の恋物語にイライラしていた柚希に甘えられることになるのだった。
【あとがき】
前回のお話に自分が書いてるとある金髪お姉さんが友情出演していたんですが、気づいてくれた方が居られて嬉しかったです。自分で書いてるとこういう友情出演的なことも出来るので楽しいですね。流石に出会ったりするようなことは無理ですが、こういう小さな形でも気づいてもらえるのが嬉しいモノです。
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