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 一時とはいえ洋介がみんなの玩具になりかけたのと同じ日のことだ。授業ではなく学園祭の為に割り当てられた時間にて、本格的に準備をするための最後の詰めが行われていた。


「クラスの出し物としては喫茶店と人形劇、それぞれ担当が中心となって準備は進めていきましょう。くれぐれも協力しないなんて空気の読まないことはしないようにお願いします」


 今回の学園祭におけるクラス代表がそう締めた。

 確かにみんなで頑張っている時にサボったりする人が居ると困るが、このクラスだと案外そういうのはないんだよな。めんどくさがりながらもみんなこういうイベントは全力で楽しむタイプが多いのか協力的だしな……って、これ前にも思った気がするけど気のせいか。


「喫茶店かぁ。こういうのって他のクラスのとか気になるよな」

「んだな。何か食いに行こうぜ」


 学生が作るものと侮るなかれ、その場の雰囲気もあるのかこれがまたどんな物でも美味しく感じるのだ。空とそんな約束をしていると、隣に座っていた近くの柚希と凛さんが二人同時に俺たちに顔を向けた。


「……うぅ」

「……むぅ」


 二人して何かを言おうとしたようだが堪えたように下を向いた。

 首を傾げる俺と空だったが、二人はお互いに顔を見合わせてこう口にした。


「……こっちを優先してほしいけどそういうところも大切にしてほしいよね」

「ですよね。柚希、一緒に回りますか?」

「うん」


 ……いや、別に誘わないわけじゃないんだけど。


「何か食べに行くやつ凛と柚希も一緒に行くぞ」


 空の言葉に柚希と凛さんはぱあっと顔を輝かせた。空の言うように何か食べに行く約束はしたが最初から二人のことは誘うつもりだったのだ。絶対に約束だからねと二人に念を押された。

 そんな風に話をしていた時だった。


「三城君、月島さんもいいかしら?」

「うん?」

「なに?」


 話しかけてきたのは女子の方のクラス代表である西川さんだった。漫画に出てくる委員長みたいにメガネをクイっとさせた西川さんはこんなことを口にするのだった。


「人形劇の主人公とヒロイン役、二人に頼みたいんだけどどうかしら」

「……え?」

「あたしたちが?」


 すまんもう一度言ってくれ。


「主人公とヒロイン役、二人にお願いしたいのよ」

「……………」


 どうやら聞き間違えではなかったらしい。

 正直蓮と雅辺りにお願いすると思っていただけに、今度は俺と柚希が顔を見合わせてしまった。……うん、そうだな。頼まれてしまった以上断るのもあれだし、柚希も良いなら受けることにしよう。


「あたしはいいよ」

「分かった。受けるよ」

「うん、ありがとう二人とも!」


 母さんに言ったら絶対に見に来そうだなこれは。

 取り敢えず人形劇の役割をもらったということで、これから何日かに分けて打ち合わせと言う名の練習時間を取るらしい。放課後にやるとのことだが、俺も柚希も部活はしてないので時間は取れる方だ。


 黒板に書かれていた配役の場所に俺と柚希の名前が書かれ、蓮と雅さんがパチパチと拍手をし出すとみんなが拍手してくれた。それにしても人形劇か、高校生の出し物としては中々珍しいというか斬新だけどどんな感じになるのかな。


「それじゃあ二人に説明しようかしら」


 余った時間に西川さんに簡単に説明してもらった。

 手に付けるタイプのよくある人形を使っての劇だが、簡単に背景とか建物もそれっぽく造るらしい。


 そして肝心の内容だが、昔に子供ながら結婚の約束までしたほどの仲だが、家族の事情によって交流は絶たれてしまう。それから高校生になって再会したのだが主人公はヒロインのことを覚えていなかった。

 かなり幼い頃のことなので写真等も残っておらず、ヒロインとのやり取りも空しく主人公は最後まで思い出せなかった。年頃ということもありヒロインに惹かれながらも一歩を最後まで主人公は踏み出せず、そのままタイムリミットが来てヒロインはその類い稀なるヴァイオリンの技術を磨くために外国へと旅立ち……そして時間が飛んでヒロインが外国で大人気の歌手と結婚をした知らせを聞いた主人公が淡い恋の終わりを実感するという結末らしい。


「後悔するくらいなら思い切って一歩踏み出そうっていう意味も込めてるのよ。こういうの刺さる人には刺さりそうだしね」

「……なるほど」

「……そっかぁ」


 確かに悲恋と言えば悲恋のお話だなぁ。

 取り敢えず内容は理解出来たので近い内に劇の練習を頑張ることにしよう。西川さんが去って行き俺と柚希だけになったのだが、相変わらず柚希は黙り込んだままだった。どうしたのかなと思っていると、俺を見た柚希が呟いた。


「何というか、物語の世界だからあり得るってお話だよね。あたしにはどちらの気持ちも理解出来ないけど、悲しい気持ちなのは分かったよ」

「……そうだよな」


 俺自身の話ではなく、ましてや現実で起きた話でもない。それなのにこの胸に残るモヤモヤは確かにあった。


「ふふ、まあでもあたしたちはそうはならないよ。ね?」

「あぁ。ずっと柚希を離さないよ」

「うん! あたしも離れないもんねぇ!」


 よし、モヤモヤした気持ちは吹き飛んでいった。

 それからいつものように授業を受けてから放課後になり、まだ練習はないとのことでそのまま帰ることになった。


「そう言えば学園祭だから別の学校の人も来るんだよね」

「あぁ。去年も結構来たからな」

「……だよね~」


 学園祭ということもあり訪れるのは大人だけではなく、少し離れた学校の連中も数多く訪れる。小さな問題は毎年起きるが先生や生徒会の対応がしっかりしているので基本大騒ぎになることはない。


「その様子だと何かあったの?」

「うん。スカートの下から写真撮られた」

「……は?」


 おい、誰だソイツは。

 少し声が低くなった俺を見て柚希は大丈夫だよと言った。


「そのスマホ思いっきり蹴飛ばしちゃってさ。壊れたって文句言われたけど、他に見ていた子がちゃんと居てそのまま先生に連れて行かれちゃった」

「……なるほど」


 まだ俺が柚希と親しくなかった時にそんなことがあったとは……いや、それって普通に犯罪だからなぁ。その後ソイツがどうなったかは知らないけど、俺にとって決して気持ちの良い話でもないし柚希にとっても嫌な思い出だと思うので詳しくは聞かなかった。

 気分を変えて楽しい話題にシフトし、そのまま俺は柚希に連れられるように彼女の家に向かった。


「お邪魔します」

「いらっしゃい」


 家に入るとどうやら乃愛ちゃんが先に帰っていることが分かった。

 リビングに居るらしくそちらに向かうと、何とも締まりのない笑みを浮かべてニヤニヤしている乃愛ちゃんが居た。俺たちの存在に気付かず、ずっとスマホを眺めてはえへへと笑みを零していた。


「洋介と付き合いだしてからずっとああなのよ」

「なるほどね」


 それだけ乃愛ちゃんにとって嬉しかったんだろう。

 急に話しかけるのもあれだし、そのまま俺たちは柚希の部屋に向かうことに。乃愛ちゃんが正気に戻ったら改めて挨拶をするとして、早速柚希とイチャイチャすることにしよう。

 荷物を置いた柚希を抱きしめようと思ったら、瞬時に振り向いた柚希が腕を広げて抱き着いてこようとした。全く同じ体勢で固まった俺たちは苦笑し、俺が腕を広げるとぴょんと音が聞こえるかのように柚希が胸に飛び込んできた。


「あたしたち考えることは一緒だね」


 本当にな、そう呟いて額にキスをしたのだが唇にご所望らしく瞳を閉じて再びキスを待つ姿勢になった。唇に再度キスをすると柚希は一旦満足したらしく、しばらくゆっくりしようかとその場に腰を下ろした。


「……あぁこの空気すきぃ」


 何もせずただ柚希とイチャイチャするだけの空間、本当に幸せだなぁと俺は改めて実感するのだった。

 それにしても劇かぁ……どうなるか分からないけど、柚希が一緒ならきっと良いモノになるはずだ。俺にはそんな確信が不思議とあった。

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