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 体育祭も終わり、今年のビッグイベントは残すところ学園祭のみとなった。

 昨日母さんに言ったように既に出し物は決まっているので、後は細かい部分を決めていくだけだ。


「おはようカズ」

「おはよう柚希」


 週明けの月曜日、今日も柚希と一緒に登校だ。

 それにしても体育祭はもちろんのことだが、本当に色々あった先週だったように思える。母さんが藍華さんと康生さんの二人と昔に会っていたこと、洋介が乃愛ちゃんと付き合うことになったことも大きなニュースだった。


「昨日帰ったら乃愛に思いっきり抱き着かれてね。それだけ嬉しかったみたい」

「本当に良かったな。藍華さんと康生さんも喜んだんじゃない?」

「それはもうね。お母さんは後数ヶ月は先だろうなって思ってたくらいだし」


 それは……確かにあり得そうだ。

 洋介と本格的に知り合うことになったのは柚希と空以外の幼馴染を含め今年からだけど、洋介が鈍感というかあまり恋愛に関して興味がなさそうなのは理解していた。


「もしかしたら俺と柚希、空と凛さんが付き合うことになったのもあるのかな」

「かもしれないね。ある意味私たちの存在が良い意味で刺激になったのかも」


 柚希の言う通りかもしれないな。後は当然乃愛ちゃんが気持ちを伝えると決心をしたこと、そしてそれを洋介があんな形だけど受け入れたからこそだ。でもこうなると俺たち全員が恋人を持ったことになるんだなぁ。


「……はは」


 自然と笑みが零れた。

 最初は蓮と雅さんだけだったのに、そこから俺と柚希が加わり、空と凛さんが加わり、そして最後に洋介と乃愛ちゃんが加わることになった。

 俺を含め空も洋介も時間が掛かったようなものだけど、何か運命的なものを感じてしまう。でもそれは決して偶然ではなく、みんながそれぞれ想いを向ける相手と気持ちを通じ合わせた結果だ。


「でもさ、これもしかしたらあたしだけ蚊帳の外だった可能性もあるんだよね」


 柚希は俺の手を握りながら言葉を続けた。


「あたしがカズのことを知らなかったら一人だけ誰とも付き合ってなかったと思うからね。みんなのことを祝福はしても、きっと寂しかったと思うの」


 確かに……いや、でもそうなると俺以外の人と……って、自分でそう考えたのにそんなことを考えたくないのは当然だ。俺が顔を顰めたのは一瞬なのに、俺が考えたことを見透かしたのか柚希が笑った。


「あたしはカズ以外を好きにならないよ。なんて今だから言えることだけど、それでもあたしはそう言いたい。あたしはカズだけを好きになる、生まれ変わってまた出会ったとしてもあなただけを好きになりたい。それがあたしの気持ち」


 何というか、柚希と話をするたびに嬉しさと幸せが溢れてくる気がする。

 柚希から放たれた言葉と向けられた笑顔に見惚れてしまい言葉が遅れてしまったが俺もだよと言葉を返した。満足したようにうんうんと頷いた柚希と共に、俺たちは朝っぱらから甘酸っぱい空気に包まれて登校するのだった。


「おはよう」

「おっはよう」


 さて、そんな風に柚希と一緒に登校すると先に来ていた人たちの視線が集まってきた。この視線に込められた意味は色々と分かるけど、まあ打ち上げに参加せずに柚希と二人で帰ったことかな。


「おはよう柚希、三城君も」

「おはよう相川さん」


 相川さんの後ろには前田さんも居り、二人とも何か用があるのか近づいて来た。

 どうしたのかなと首を傾げる俺を他所に、相川さんは柚希に向かって手招きした。


「ねえねえ柚希、色々と聞かせなさいよ」

「えっと?」

「どんなラブラブエロティックな時間を過ごしたの?」


 なんだよラブラブエロティックって……というか前田さん大人しそうな見た目に反してそういうこと言うんだなちょっと意外だ。


「あぁそういうこと。なら聞かせてしんぜよう♪」


 そして、それに応えるのもまた柚希だった。

 ガッシリと二人の肩に腕を回して教室の隅に移動した柚希は、流石に周りには聞こえない声量で二人に話し始めた。一体何を話すのか非常に気になる……あ、前田さんの顔が真っ赤になったぞ。というか相川さんも頬を赤くしてなんかチラチラ俺を見てくるんだが。


「……何この動物園のパンダみたいな気分」


 俺には彼女たちの表情しか見えないが、本当に柚希は幸せいっぱい満面の笑みで二人に話を聞かせている。前田さんはともかく、柚希と同じ属性の相川さんがあんな風になるなんて……ええい! 授業の準備でもしよう。


 そうこうしてると幼馴染ズが登校してきた。

 蓮と雅は相変わらずだけど、空と凛さんももう普通に二人で登校してくるようになったよな。俺が言うのもなんだが空の変化は本当に良い方向へ動いたなって感じだ。


「なんだよ、まるで子の成長を見守る父親みたいな目しやがって」

「分かってんじゃんか」

「……ま、なんとなく分かるけど」


 分かるならいいじゃねえか、そう思って肩をポンポンと叩くと本当に鬱陶しそうに払われてしまった。


「ふふ、空君は照れてるんですよ。和人君のことは本当に信頼していますし、最高の親友だってベッドの上で……コホン、とにかく! 良く言ってましたから!」

「お、おう……」


 何か聞き逃してはならない言葉が聞こえた気がしたんだけど。


「……二人とも?」

「なあ凛、一限目なんだっけ」

「えっとですねぇ……」


 おい、なんで二人ともいきなり俺から視線を逸らしたんだ。

 耳まで真っ赤にした二人をずっと前を向いたままで俺の問いかけに答えてくれなかった。……ったく、何となく分かるし聞きはしないけどさ。でも凛さんも空が関わると天然が爆発するタイプだよなぁ。


「おっす」

「お、来たな主役」


 少し遅れて洋介が登場した。

 空と凛さんはこれ幸いと洋介にマシンガンのように言葉をぶつけ始めた。君たち誤魔化すにしては本当に分かりやすいぞ。空と凛さんがそんな様子だけど今の洋介からすればあまり聞かれたくもない話題なんだろう。


「だあああああ! 別にいいだろ俺が乃愛と付き合ったことは!!」

『っ!?』


 ……こいつも天然だったみたいだ。

 洋介の声はかなり響いており、クラス中の全員が洋介に視線を向けた。まさかといった視線も多いしガクッとした様子の女子についてはドンマイと呟いておく。


「……月曜日なのに騒がしい」

「本当にね」


 ギュッと背中から柚希が抱き着いて来た。

 騒がしくしている三人を眺めていると、蓮と雅さんも加わって更に騒がしくなってきた。流石に人の迷惑になるほどの騒がしさではないが、近くに居る人はこれでもかと繰り広げられる話を聞いていた。


「ねえカズ、気持ちいい?」

「……最高です」


 ちょうど首の部分に柚希の胸があるので、ぷにぷにとした気持ち良さを感じていた。クスッと笑った柚希は強弱をつけて胸の感触を押し付けてくるので、俺は目を細めて柚希から与えられる温もりと柔らかさを堪能するのだった。


「あたしたちみたいに静かに出来ないのかな」

「まあ仕方ないんじゃないか?」


 洋介のことを知っているなら本当に大事件みたいなもんだし。

 そんな風に柚希と一緒にその光景を眺めていた俺だが、当然こうして柚希が戻ってきたということは相川さんと前田さんも傍に居るということだ。


「アンタたち二人の方がよっぽどだと思うけど」

「うんうん」


 二人が何かを言ったようだが、俺と柚希には聞こえてはいなかった。


「それで? 日曜はどんな風に過ごしたんだ?」

「普通に家で過ごしたよ……乃愛もそれで満足してたしな」

「ふ~ん、まあ知ってるけどね。乃愛ちゃん凄く嬉しそうに報告してくれたから」

「知ってんじゃねえかよ!!」


 あれはもう少し弄られるな、ちょっと洋介を不憫に思った瞬間だった。

 

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