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「……ふわぁ」


 朝の目覚め、大きな欠伸からのおはようございますだ。

 昨日のことになるけれど、乃愛ちゃんから送られてきた写真に関しては丁寧な説明をしてもらった。二人とも想いを通じ合わせて付き合うことになり、その勢いも相まって乃愛ちゃんのパンチが洋介を撃ち抜いたらしい。


「……いや分からんて」


 あの写真一枚からそこまでを察した柚希には流石としか言えないが、まああの二人にとっての良い決着になったのは喜ぶべきことだ。上半身を起こして時計に目を向けると七時くらい、結構いい時間に目が覚めたものだ。


「……ぅん」

「おっと」


 掛け布団がズレてしまったことで隣で寝ていた柚希が寒そうに身を捩った。俺は小声でごめんと声を掛け、柚希が寒くないようにと布団を掛けた。普通ならこうやって一緒に寝ている時は柚希の方が先に目を覚ますけれど、乃愛ちゃんのこともあってとても安心したんだろうな。


「良かったな柚希」


 改めて乃愛ちゃんと洋介に会ったらお祝いをしないといけないな、そんな意味も込めて柚希の頭を撫でた。眠っているはずの柚希だが、俺が頭を撫でた瞬間頬を緩ませ寝言のような声を漏らす。


「えへへ……カズとの赤ちゃん……良い子に育つといいね……すぅ」

「……ったく」


 どうやら柚希の夢の中では既に俺との子供が出来ているらしい。これが現実だと冷や汗が流れてしまう今の俺ではあるが、いずれそうなる未来も来るのかなと思うとワクワクと同時に嬉しさが込み上げてくる。

 ……果たして俺と柚希の間に生まれてくる子はどんな子だろうかって、そんなことを考える時点で俺も柚希とそう言う部分は同じなんだろう。


「トイレ行くか」


 布団から出てトイレに向かう。

 体の中の不純物を出し切るような爽快感と共に用を足し、部屋に戻ろうとしたところでリビングに人の気配を感じた。俺でも柚希でもないとなると、そこに居るのは当然母さんだった。


「母さん?」

「あら和人おはよう」


 やっぱり母さんだった。

 昨日何時に帰って来たのかは分からないけど、酒は飲んだと思うし十時くらいまでは寝ると思っていたんだけどな。


「思ったより目覚めが良かったのよ。それにしても昨日は楽しかったわ」

「へぇ、良かったじゃん」


 昨日のことを思い浮かべたのか楽しそうに母さんは笑った。

 藍華さんと康生さんとの食事、それは母さんにとって本当に良い時間だったみたいで安心した。どんな話をしたのかは分からないけど、会社の同僚との飲み会とはまた違った何かがあったのかもしれない。


 まあ何はともあれ、母さんがこんな風に嬉しそうにしているのなら息子の俺としても嬉しいのは当然のことだ。藍華さんと康生さんには本当に感謝しているし、今度会うことがあったらお礼を伝えておこう。


「柚希ちゃんはまだ寝てるの?」

「あぁ。凄い良い夢を見てるみたいだな」

「ふ~ん。和人と結婚して子供が出来た夢とか?」

「……さあね」


 ほんと、女性ってのはこんな何気ないことでも鋭いのは何なんだ。

 俺の反応から図星みたいねと楽しそうに母さんは笑った。うるさいよ、そう言葉を返して俺はコップに麦茶を注ぐ。


「そう言えば和人のクラスは学園祭何をやるの?」

「うちは喫茶店と人形劇だよ」


 物凄い今更の話だが、再来週に控えた学園祭でうちのクラスは喫茶店と人形劇をやる予定だ。喫茶店に関してはメジャーだが、人形劇に関しては結構レアなケースかもしれない。ま、他のクラスも喫茶店に出店であったりお化け屋敷なんかもするみたいだし色々あっていいんじゃないかな。


『人形劇の主人公とヒロインの役だけど、私たち企画側で判断をして決めさせてもらおうと思います。これぞベストカップル、という二人にお願いするので覚悟しておいてください』


 ま、蓮と雅さんか或いは別のカップルだろうな。


「人形劇かぁ。なんか珍しいわね」

「でしょ。しかも悲恋ものらしいよ」


 内容については軽く教わっているが悲恋モノらしい。

 さて、人形劇はこんなものだが喫茶店の方も力を入れている。人形劇を女子が中心となって作るのなら喫茶店は男子が中心となっている。他だと音楽を趣味にしている連中で集まってライブもするみたいだし今年も盛り上がりそうだなぁ。


「……カズぅ?」

「柚希……!?」

「あらまあ」


 どうやら途中で柚希は起きたらしく、俺が居ないことに気づいて降りてきたのだろう。その声からも分かるように完全に脳が覚醒しているわけではないらしく、目を擦りながらリビングに入ってきた。

 ……それだけなら別にいいんだけど、問題はその恰好だった。一応昨日アレをした後に着替えはしたんだが、その時に着替えたのは俺のシャツだった。下はパンツだけで……って母さん何を楽しそうにしてやがる!!


「……ふみゃぁ」


 俺を見つけ、まるで猫のような声を出して駆け寄ってきた柚希が抱き着いて来た。


「……ふみゅぅ」


 ……可愛い、じゃなくて!

 心の底から楽しそうにこちらを見つめる母さんに背を向け、俺は柚希を連れて部屋に戻ろうとしたのだが、柚希が予想外の行動を取るのだった。


「あ、雪菜さんだぁ!」


 俺から離れ今度は母さんに抱き着いた。

 どうやら相当寝ぼけているらしく、若干幼児退行している気がしないでもない。柚希に抱き着かれた母さんは嫌な顔をせず、むしろ待ってましたと言わんばかりにギュッと抱きしめていた。


「あらあら柚希ちゃんったら。ふふ、完全に起きた時が可哀想だけどこのまま抱きしめちゃいましょう」


 ……ま、そうとう慌てるんだろうことは予想できる。

 それからしばらく柚希のことは母さんに任せ、母さんが途中までやっていた朝食の用意を俺が引き継いだ。


「……うん。良い感じだな」


 目玉焼きと味噌汁、後は昨日残ったおかずを添えて終わりという段階で柚希の声が響き渡った。


「あ、私……あ……いやあああああああっ!!」


 まあパンツ丸出しの恰好ならそうなるよね。

 これは素直に柚希の目を覚まさなかった俺が悪いのか、それとも寝ぼけてここに降りてきた柚希が悪いのか……いや、単に間が悪かっただけだな。


「柚希ちゃん、黒のレースなんて大胆ね!」

「……あうぅぅぅぅぅ!!」


 俺が言われたわけではないのにこっちまで恥ずかしくなってきてしまう。

 取り敢えず柚希を救出するべく彼女の元に向かい、肩を抱くようにして部屋に戻った。別に母さんのことだから悪い気はしておらず、むしろ楽しそうにしていたから何も気にすることはないんだろうが……。


「はしたない女の子って思われちゃったらどうしようカズ!」

「……大丈夫だと思うよ?」


 昨日のことを思い出してはしたないってレベルでは……なんてことを考えたけど何も言わないでおこう。朝食の準備は出来たしまたリビングに向かわないといけないわけだが、まあ柚希が落ち着くまでは抱きしめておこうか。


「……ねえカズ」

「どうしたの?」

「この下着……そんな大胆かな?」


 めっちゃエロいと思いましたごめんなさい。

 顔を赤くした俺を見て柚希は再び顔を伏せたのだが、俺を照れさせることが出来るのなら別にいいやとすぐに笑顔を浮かべるのだった。


「可愛いとか綺麗も嬉しいけど、エッチだなって思われるのも嫌じゃないよ? それがカズならむしろ嬉しいし!」


 取り合えずいつもの調子を取り戻してくれたみたいだ。

 ま、反対に俺の調子がさっきの柚希みたいになってしまったけれど。




【あとがき】


学園祭で喫茶店とかはラノベでも定番だとは思うのですが、人形劇って結構珍しいのかなぁ。割と早い段階でやりたいネタだったので楽しみではあります。

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