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「……カズぅ……すきぃ」
あぁヤバい、いつも以上に声が蕩けているのをあたしは感じた。
体育祭が終わった後、早速カズの家にお邪魔したあたしはこれでもかとたっぷり甘えていた。大好きな人に抱かれ、その胸に顔を埋めることの安心感。温もりと匂い、その全てがあたしを包み込んでいた。
さっきまでのあたしは……その、ちょっと暴走気味だった。
口にもしてしまったけどカズと二人っきりだとどうしてもタガが外れてしまう。もっと甘えたい、甘えてもらいたい、愛したい、愛されたいって気持ちが溢れてきてしまうのだ。
キスだけでもそうだし、胸を揉まれるだけでピリッとした心地のいい感覚があたしの体に流れる。もっとほしい、もっとして、そんな欲望が溢れてしまう。でもカズと約束したし夜まで我慢しないと……うん我慢だ!
「……………」
それにしても、本当にどうしてこうしているだけで人って幸せになれるんだろうって思う。ずっとこうして居られるし、何ならこのまま時が止まってもいい。それこそカズと石にでもなってしまってこのまま永遠に動かなくても……は流石に嫌かもしれないね。
(……ねえ昔のあたし、それこそ一年前の今の時期からしたらこんなこと想像も出来なかったよね?)
過去のあたしに問いかけてみる。
去年の今の時期、それこそ体育祭が終わった直後のことだ。いつもの面子で集まったのだが空の姿だけが見えなかった。どうして空は来ないのか、それを問いかけたことが確か……あったんだよね。
カズの温もりと匂いに包まれながら、あたしはその時のことを思い返した。
それは今から一年前、柚希が高校一年の時だ。
中学生の時から続く若干の男嫌いが相次ぐ告白によってある意味ピークになっていた頃合いとも言えるだろう。まあ空や蓮、洋介のおかげもありそこまで重症ではなかったが、彼ら以外に柚希が心を開くことはなかった。
さて、そんな一年前の体育祭が終わってすぐのことだ。
いつもの幼馴染メンバーで打ち上げをするためにカラオケに集まったのだが、空だけが訪れなかった。この頃から空は少しずつ柚希たちとは距離を取っており、彼だけが集まらないのも別におかしな話ではなかった。それでもこういう時くらいは集まれよと文句を言いたくなる。
「空は来ないの?」
「はい。三城君とお家で遊ぶらしくて」
三城和人、今となっては柚希がこの世で最も愛している少年だがこの時は一切の興味を持ってない時期だ。名字と名前は知っているし顔も知っている。同じクラスなのだから当然だが結局はそれだけだった。
「ふ~ん、付き合い悪いなぁ」
っと、こんな感じである。
空と和人が二人で遊んでいるんだふ~ん、それが柚希の感覚だった。
「三城君ってどんな人なの?」
「良い人ですよ? 空君と仲が良いのもありますし、何度かお家で一緒になったこともありますから」
和人が空の家に遊びに行く頻度はそれなりだった。昔からお互いの家を出入りしていた関係の凛の方は特に約束がなくてもお邪魔することが多かったため、そういうこともあり鉢合わせすることも多かった。
「誰が先に歌う? あたしから歌おっか?」
「そうだね。それじゃあ柚希ちゃんからどうぞ~」
ほらこの通り、すぐ傍で凛と雅が和人のことを話しているのに柚希は全くの興味を示さなかった。もしも過去に戻る力があったのなら、今この場に現れた未来の柚希がすぐに和人とイチャイチャしてこいとでも言うのかもしれない。それか或いは自分がと突撃するかもしれない。まあどうなろうとも、今の柚希には恋愛をしようという気持ちがないのだけは確かだった。
「蓮君デュエットしよ?」
「いいぜ。ラブソングでも歌うか」
「いいよ~。えへへ、私と蓮君の愛を示すのだ!」
「砂糖吐かせてやるから覚悟しろよお前ら!」
蓮と雅の歌を聴きながら柚希はボソッと呟く。
「バカップルめ」
「あはは……」
「……ま、これが蓮と雅だよな」
バカップルと呟いた柚希に凛が苦笑し、これが彼らだと洋介も笑った。
蓮と雅、幼馴染の中でも昔から馬鹿みたいに仲の良い二人だ。付き合いだすと更に甘い空気を漂わせてくる。幼馴染が幸せなのは良い事だが、時々ちょっとめんどくさいと思うのも様式美みたいなものだ。
「あたしには考えられないなぁ。あんな風に恋人と過ごすなんて」
「分かりませんよ? 柚希にも恋人が出来たらあんな風に……いえ、もっと甘えているかもしれませんし」
「ないない。絶対にないわよ」
そんなことあり得ない、自分には無理だと柚希は手を振った。
「ちなみに柚希はどんな人が好みなんです?」
「またその質問?」
何かあるごとに柚希にはこんな質問がされる。
その度に適当に答えていたが、今回に関しては少しだけ考えてみることにしたようだ。う~んと顎に手を当てて好みの男性像を思い浮かべる。しばらく悩み導いた答えはこんなものだった。
「あたしだけを愛してくれる人、そしてあたしが心から愛せると思う人」
物凄く抽象的な答えだが、これこそが究極だと柚希は考えた。
当然だが柚希を心から愛してくれる人、そして柚希も心から愛せる人、それだけその相手のことが大好きになれるかどうかということだ。
「ま、そんな未来は当分来ないと思うわ」
そんな風に、過去の柚希は笑っていた。
「カ~ズ!」
「なんだ?」
「呼んだだけ~♪ えへへ」
そして時は現在に戻り、これ以上ないほどに笑顔を浮かべた柚希が居た。和人に抱きしめられているだけで幸せが胸に溢れていると思わせる微笑ましい光景だ。
誰かと愛し合う、そんな未来は当分来ないと言っていた柚希がこんな風に笑みを浮かべているなど、過去の柚希は絶対に想像してないだろう。
「……なあ柚希」
「なあに?」
少しだけ照れくさそうな顔をした和人の言葉を柚希は待つ。雰囲気的に何かの提案をするつもりなんだろうが、恥ずかしくて言いづらいのかなと柚希は予測した。
「風呂とか一緒に入る?」
「入る!!」
一緒に風呂に入らないか、その提案に柚希は速攻で頷いた。というか和人から提案されなくても自分から提案する一歩手前だった。
お互いの体を洗いっこし、浴槽の中ではイチャイチャ裸のお付き合い、それを想像しただけで柚希の脳内は桃色に染まっていく。ここまで来ると柚希が恋人一辺倒の女に見えてしまうが、それでいて誰もが柚希がしっかりしていることを知っている。
弱点がない、そう柚希には弱点がないのだ。
あるとすれば和人に関わる事、それ以外なら柚希はどんなものでも蹴散らす力を持っている――あくまで例え話であることを忘れてはいけないが。
「お風呂に誘うのに照れなくてもいいでしょ? もうそれ以上に凄い事沢山してるのに、遠慮なんていらないくらいにラブラブなのにさ」
「……だよなぁ。でも恥ずかしいもんは恥ずかしいんだ」
「ふふ♪」
可愛い、可愛い可愛い可愛い!
そんな言葉が溢れて止まらなくなる。まあ何が言いたいかと言うと、和人のことになると柚希はこんな風におバカさんになるということだ。絶対に蓮たちみたいにラブラブになることはないと断言した柚希、もしも過去の柚希が今の柚希を見たらどんな顔をすることになるのだろう。
「良し分かった! 取り合えず遠慮せずに柚希を可愛がることにする!」
「きゃっ♪ また捕まっちゃった~!」
……目を丸くすることは間違いない。
【あとがき】
自分で書いた柚希を可愛いと思う、そう思えるからこそこの小説を書くことが出来るのだと再認識します。
当初の予定だと要所でシリアスをぶち込む予定だったんですがいらないんですよね。だってシリアスなくても二人の物語止まらないですもん。
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