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「者ども、我らは勝たねばならん」


 静かな空間に威厳のある声が響く。

 こう口にした同じ赤組の三年生、相撲部に所属する体格の凄まじい先輩だ。俺たちの間に置かれている一本の綱、これがあるだけでこれから何が行われるか誰であっても理解できるだろう――そう綱引きである。


「我ら赤組は勝たねばならん。敵である青と黄を駆逐し、我らが勝利の栄光をこの地に建てるために!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』


 ……なんやねんこのノリは。

 暑苦しいこのノリに付いていってるのは同じ相撲部の連中と単純にノリが良い連中だ。まあ体育祭と言う一大イベント、楽しまないと損だし彼らのような存在は盛り上げ役としては適任なんだろう。


「うるさ……コホン、凄く元気だね」

「柚希ちゃん今本音が……」


 ちなみに、並ぶ順番は決められたが傍には柚希と雅さんが居る。空たち他の面子は離れてしまったが、こうして近くに彼女たちが居るのは嬉しいことだ。さて、先輩が妙なお膳立てのような盛り上げをしてくれたがついに競技が始まる。先に俺たち赤と戦うのは黄色だ。


『それでは綱に手を当ててください』


 そのアナウンスと共に綱に手を掛ける。

 そうした直後、俺たちの前に居た一人の男子が振り返った。確かバスケ部の先輩でイケメンで有名だったか。決して俺を見るようなことはせず、柚希と雅さんに向かって口を開いた。


「月島さん、朝比奈さんも頑張ろうぜ」


 ニカっと笑みを浮かべてその先輩はそう言った。

 すると、その先輩に対する二人の反応は似ていた。


「そうですね」

「頑張りましょー」


 目を合わせることはせず、ただ反応しただけだった。

 思った反応とは違ったのか先輩は目を泳がせるようにして前を向いた。二人の反応に苦笑した俺だったが、確かに先輩のように頑張ろうと鼓舞をすることは大切だ。なので俺も二人に声を掛けた。


「柚希、雅さんも頑張ろう」

「うん!」

「分かった!」


 二人とも眩しいほどの笑顔を浮かべて頷いてくれた。

 そして、そんな俺たちのやり取りを見て先輩が舌打ちをして俺を睨んでくる。いや俺何も悪くないんじゃ、なんて思っているとギロリと柚希が睨みつけた。先輩はビクッとして目を逸らしたが、実を言うと俺も柚希の表情は見えていた。


「柚希、スマイルスマイル」

「……あ、やだあたしったら。にぱぁ!」

「……っ」

「あはは、バカップルじゃん」


 言い出した手前照れてる自分が恥ずかしい、でも柚希が可愛すぎるから仕方ないんだ。さて、そんなやり取りがあったわけだがついに綱引きが始まる。

 パンとピストルの音が鳴り、俺たちは一斉に綱を引いた。流石にいくらこちら側に相撲部の戦士がいるとはいえ、やっぱり一筋縄には行かない。


「っ……くぅ!」

「……っ……ああああああああああ!!」

「なあああああああああああっ!!!」


 じょ、女子二人の叫びが凄い!

 二人の声に鼓舞されたのかどうかは分からないが、俺もガッシリと体勢を作って足に力を入れて踏ん張る。そして徐々に俺たち側が綱を引き、まずは一勝を勝ち取ることが出来た。


「よし!」

「やったよカズ!」

「やったね二人とも!」


 柚希がガバっと俺に抱き着き、雅さんが俺たち二人の肩を叩いた。

 さて、これ完全にグラウンドのド真ん中なのに柚希は全く気にしてないようで抱き着いたままだ。まあ人が集まっているおかげで俺たちを見ているのは傍に居る人たちくらいだ。

 あぁでも、母さんたちは見えていたらしい。


「二人ともこっち向いて~!」


 いきなり聞こえた声に柚希と一緒に振り向くと、パシャっと写真を撮られた気がした。俺と柚希はクスッと笑い合い、勝ったチームなので一旦退くことに。


「感極まるとあたしはカズに抱き着く癖が出来ちゃったから仕方ないね♪」

「ふふ、柚希ちゃんらしいよね。それを見て微笑ましく思う私も何だかんだ二人に影響されてる気がするよ」


 ……俺も特に恥ずかしいとは思わずそれが当然みたいな感じだったな。先輩とかから調子に乗るなとか思われてそうで背筋が寒くなる。まあ安藤先輩などと言った良く知った先輩は笑っていたけど。


 さて、結果だけを伝えれば俺たち赤組は綱引きを全て勝利した。得点もそれなりに入り他の色を大きくリードすることに。それから続く競技もほぼ勝って得点差は圧倒的だった。

 とはいえ、お祭り事だからこそ最後まで全校生徒が楽しむのが体育祭だ。ついに空が出場する代表リレーがやってきた。


「頑張れよ空」

「……おう」


 やっぱり乗り気がじゃないけど、最後の最後だし頑張ってもらう他ない。俺たちの声を受けて空は出場するメンバーたちと一緒にグラウンドに向かった。


「って洋介気合入ってんな」

「まあな」

「いいなそれ、余ってねえの?」


 洋介が手に持っているのは赤組の旗だ。

 他の色の人たちもみんな陣地の前に出て応援する姿勢だ。これは俺たちも負けてられないと洋介の傍に並ぶように俺たちは前に出る。


「空君大丈夫でしょうか」

「大丈夫でしょ。やる時はやるし」

「そうだよ凛ちゃん、信じてあげよ」

「信じてるに決まってるじゃないですか。頑張れ空君!」


 応援と心配、その両方が凛さんからは見え隠れしている。そんな様子に苦笑しつつ俺たちは事の成り行きを見守った。

 リレーが始まり、各色は順調な出発だ。青が一位だがあまり離れておらず、すぐに追い抜ける距離でもある。ただ、空の番までこの順位が変動することはなく、結局三位の状態で空にバトンが回った。


「空ああああああああ走れえええええええええ!!」

「行けるぞ空ああああああああああ!!」


 蓮はともかく、洋介がこんなに大声を出しているのは珍しい光景だ。


「そーちゃんがんばれええええええええええええ!!」

「空あああああああああ男を見せろおおおおおおおおおお!!」


 雅さんと柚希の声援もとても大きな声だった。

 そして、もちろん俺も必死に声を出すように応援する。


「頑張れよ空ああああああああああ!!」


 俺たち五人の応援、ただやはり力になるとはいってもそれが出せるかどうかは別問題だ。空の走りが遅いわけではないが、やっぱり相手も速いので順位は縮まらない。後少し、後少しと言ったところで俺たちの誰よりも大きな声が響き渡った。


「空君!! 頑張ってください!!!!!」


 俺たちのように延ばすような声ではない、だがその凛さんの声はとても大きくグラウンド内に響き渡った。その声が聞こえたからかどうかは分からないが、空の走る速度がグンと速くなったようにも見えた。

 一位の青を抜くことは出来なかったが、二位の黄色を抜いたので大健闘と言っても良かった。走り終わり膝に手を置いて荒く息を吐く空に親指を立てると、しんどそうにしながらもやり切ったと言わんばかりに親指を立てた。


「良かったな凛さん……?」

「……空君……ぽっ」


 あ、これは放っておこう。

 結果としては最後に赤組が逆転をしたことでリレーも勝利、総合得点は俺たち赤組がやはり圧倒的だった。

 この結果を持って赤組が優勝、二年の俺たちも先輩たちに混じって喜びを露わにするのだった。体育祭が終われば各々解散となるが、やっぱりクラスで街のカラオケ店に集まり打ち上げをしようということになったが俺と柚希は遠慮した。


 クラスメイトには残念がられたが、柚希がすぐに二人になりたいと言ったので俺としてはそれに頷かないわけにはいかない。ま、俺もそう思っていたから気持ちが通じていたわけだ。


「お泊りも許可してくれたしありがとねカズ」

「ううん、俺も嬉しいからいいよ」

「ふふ、そういうところが本当に好き」


 予定していた通りに柚希が泊まりに来ることが決まった。母さんは母さんで藍華さんと康生さんと一緒にご飯に行くとのことで今日の夜は柚希と二人になる。乃愛ちゃんは洋介の家にお邪魔するとのことだ。


「それにしても空と凛も大胆だよね」

「あ~あれね」


 リレーが終わり帰って来た空に思いっきり凛さんが抱き着いた。それを見て俺たちは笑っていたが、二人が付き合っていることを知らない人も少なくはなかったみたいでかなり驚かれてたっけ。


「あれで凛も告白される回数が減ればいいんだけど」


 それは柚希にも雅さんにも言えることであるけれど。

 取り敢えず、こうして俺たち二年での体育祭は幕を下ろした。とはいってもすぐに学園祭もあるし、まだまだお祭り気分は抜けそうにない。


「ねえカズ、今日は……ふふ、いっぱいラブラブしようね♪」


 これはたぶん、普通にイチャイチャするだけじゃないんだろうなと俺は苦笑するのだった。

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