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「ただいま」

「お、おかえり……」


 女子の騎馬戦が終了し柚希たちが戻ってきた。

 結果としては柚希たち、つまり俺たち赤組が二勝した。他の青と黄に勝ったってことだな。まあそれ自体は喜べることだが、問題は戻ってきた柚希の姿だ。坂崎さんの鼻血が体操服に付いており、まるで柚希が戦場から帰って来たような雰囲気だ。


「柚希、すぐに着替えましょう」

「ほら行くよ」

「あ、あぁうん」


 坂崎さん、鼻血が出ているにも関わらず柚希に食い下がっていたからなぁ。並々ならぬ執念、絶対に柚希には負けたくないっていう気持ちを感じた。柚希と坂崎さんの戦いについては結局柚希が勝利し、坂崎さんは悔しそうにしていたけど。


「歴戦の戦士みたいだな」

「ありゃ阿修羅だろ完全に」

「……久しぶりに血塗れの柚希を見た気がする」


 怖いことを言うんじゃないよ洋介。

 凛さんと雅さんに連れていかれた柚希を見送り、俺は少し用があったので中庭に向かった。さっき彼女がこっちの方へ来るのを見ていたからだ。


「……あぁかなり出たわね。いっつ」


 人の目があまりないこの場所にて坂崎さんが顔に付いた血を洗っていた。少し近づいその時に葉っぱを踏んでしまい、クシャっと足音が立ってしまった。その足音に気づいた坂崎さんがこちらを向いて目を丸くした。


「あなた……なんでここに」


 気付かれたのなら仕方ないと、俺が口を開こうとした瞬間だった。坂崎さんの方が早く口を開いたのだ。


「あなたの大切な彼女にボコボコにやられた私を見て笑いに来たの?」

「……捻くれてんなアンタ」

「ふん、そんなこと私自身が分かってるわ」


 分かってるのかよ、なんてツッコミは心の中に留めておいた。

 俺がここに来た理由は一つだけ、こんなことを俺がしたところで坂崎さんにとっては鬱陶しいことかもしれないけど、柚希の恋人としてどうしても伝えたかったんだ。


「どうしてそこまで柚希を敵視してるのかは知らないけど、あの子は本当に優しい子なんだよ。誰かを見下したりもせず馬鹿にしたりもしない、ただ周りの大切な人たちと穏やかに過ごしたいって思うような子なんだ」

「……………」


 その中に俺が入っていることももちろん理解している。

 恋人の俺を想ってくれるのもそうだけど、ずっと一緒に居た幼馴染たちのことを柚希は大切にしているんだ。大人になったらそれぞれの道に進むために離れることもあるだろう。だけどそうだとしても絶対に途切れることがない絆を柚希は信じてる。そんな優しい子を、大切な子を俺も守りたいんだ。だからこそ、変に敵視して柚希を突っかかってほしくなかった。


「君からすれば俺の言う事なんて鬱陶しいだろ? でもあの子を大切に想うからこそ言っておきたかったんだ。あまりあの子に突っかからないでほしいってね」


 短いけど言いたいことは伝えたつもりだ。

 そのまま背を向けて歩き出そうとした時、ボソッと坂崎さんが言葉を溢した。


「分かってるわよそんなこと……あの子は調子になんか乗ってない。ただありのままで過ごしているだけ。それなのに美人だから、何でも出来るから、そんな理由でただ私が敵視してるだけ」

「……………」

「結局嫉妬してるだけの醜い女なのよ私は」


 学校という狭いスペースの中で人気者が妬まれるのはよくある光景なのかもしれない。勉強が出来るから、異性にモテるから、美人だから、それだけの理由で気に入らないからと攻撃しようとする人が居るのも確かなんだろう。

 幸いと言っていいのかは分からないが、坂崎さんの場合は個人的なモノで集団に呼び掛けて柚希を敵視したわけではない。とはいっても、俺からすれば柚希に何かちょっかいを出されるのは嫌なんだけどな。


「鼻血まで出しても止めなかったのに、あの子ったらそんな私を見て楽しそうにしてたのよ? 小さい子の癇癪を見るように困った目を向けてきて……あぁムカつく!」

「……陰口を叩いたりするわけじゃなくて、真正面からぶつかってきたからとかじゃないかな。柚希はプロレスが好きみたいだし、ガチンコで戦うのって割と好きなイメージがあるからさ」

「プロレス? あの子そんな趣味があるの?」

「昔は嫌がる空たちにプロレス技を掛けてたって聞くしな」

「……そんなことしてたのあの子」


 今の柚希からは想像出来ないことを知ったからか面食らった顔をした坂崎さんに俺は苦笑した。以前、柚希の前で俺に抱き着いて来たあの事件のせいで印象は良くはないが、それでもだからと言って仕返しにこの人を貶めようとか考えたことはない。柚希を泣かせた同中のあの子はともかくな。


「ま、言いたいことはそれくらいだ。あまり柚希を困らせないでほしい、それだけ覚えててくれ」


 彼氏だから何なんだ、ってウザがられてるんだろうなぁ。

 これでエスカレートしたら俺が原因だけど、そうなったら俺も柚希を守るために全力を尽くすだけだ。まあ柚希自身凄く強い子だし、凛さんや雅さんも最強の壁って感じだし。


「……ねぇ」

「うん?」

「あの時、私が抱き着いた時に全くドキドキしてなかったのは月島さんって彼女の方が魅力的だったから?」

「……あ~」


 ドキドキ……か。してなかったのは嘘だと思う。こんなことで柚希との間に亀裂が入ったらどうしようって焦りの方でのドキドキはしていたと思う。でも坂崎さんに抱き着かれて異性としてのドキドキを感じなかったのはきっと、坂崎さん以上にもっと大好きで魅力的な女の子が傍に居たからだと思ってる。


「それだけ柚希のことが好きだってことだ。……これでいいだろ?」

「……ふふ、そう。なるほどね。スタイルに関しては負けてるつもりはないけどやっぱり大事なのは気持ちってことかしら」


 気持ちって言うか、好きっていう感情が一番大切なのは確かだろう。笑った坂崎さんの表情を見ると心配はなさそうだが、こればかりは俺でもどうなるかは分からない。結局そんなやり取りを最後に坂崎さんに改めて背を向け、俺はグラウンドに戻ることにした。

 ただ、その途中で三人の女の子が俺を待っていた。


「……え?」


 柚希、凛さん、雅さんがそこには居た。

 もしかして今のやり取りを聞いていた? 俺の疑問が分かったのか雅さんが頷いた。


「うん。こっちに和人君が向かったって聞いてね」

「何も心配はいらなかったですね柚希?」

「は? 私別に心配してないもん。カズのこと信じてるし」


 ……あぁそういうことか。


「何を言ってるんですか。二人で話してるのを見た瞬間ちょっと動揺してたくせに」

「うるさいわよ凛!」


 凛さんの口を塞ぐように手を向ける柚希の姿に俺は笑った。そして、そんな柚希の背中から抱き着くようにして彼女の体を抱きしめる。


「ま、聞いてた通りだよ。よしよし、心配を掛けたかな」

「子供扱いは……カズにならいいや」

「いいんですか……」

「ほんと、和人君が関わると柚希ちゃんは牙の抜けた虎みたいだねぇ」


 確かに坂崎さんと激闘していた姿と今の姿を見比べるとあながちその例えも間違ってはないかもしれない。俺としてはいつでもどこでも、柚希って存在は可愛い彼女に違いはない。坂崎さんに語ったように、魅力的で大好きな女の子だ。


「ねえカズ、このままグラウンドに行こ?」

「……え」

「ねえいいじゃんいいじゃん!」

「駄々っ子じゃないですか」

「あはは、可愛い写真撮ってあげようか?」

「やめい!」


 取り敢えず、このままグラウンドに戻るのは流石にアレだったので手を繋ぐことで我慢してもらった。ま、結局色んな目を向けられるのは変わらなかったけど。

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