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「カズ、どこ行ったんだろう」
「空君とジュースを買いに行ったと思いますが」
午前の半分が終了し、今は休憩時間となっている。少しの時間でも恋人の和人と一緒に居たい柚希だったが肝心の彼の姿が見えないので探しているというわけである。凛も加わり二人を探している中、当然のように柚希と凛は声を掛けられる。
「ごめんなさい」
「失礼します」
同じ高校の生徒だけでなく、外部の学生も見学に訪れていたりする弊害だ。お互いに大切な恋人が居る身だが、それを知らない側からすれば是非ともお近づきになりたい美貌を持った二人である。気持ちが理解出来ないわけではないが、この二人に関しては運がなかったとして諦めるしかないだろう。
「あ、居た」
「居ましたね……?」
和人と空が居たのは中庭だった。
ほとんどの人がグラウンドに居るということもあり、ここには彼ら以外の人影は見られなかった。ジュースを片手に何かを話しているようだが、すぐにその中に加わろうと思って柚希は駆け出そうとする。しかし、そんな柚希の肩に手を置いて止めたのが凛だった。
「ちょっと盗み聞きしてみません?」
「えぇ? ……うん」
盗み聞き、その言葉に少しだけ悩みはしたものの気になったので頷いた。もしも男二人でしか話せない内容だとしたら胸の中に仕舞い続けることを誓い、柚希は凛に続くように二人との距離を縮めた。
ある程度近づいたところで二人の会話が聞こえてきた。
「そういやさ、こうやって柚希と仲良くしている和人を見ると昔を思い出すよ」
「昔?」
「あぁ。柚希のことが苦手って言ってた時あったろ?」
そんな空の言葉に、柚希はまるで世界から切り離されたような錯覚を覚えた。手の指の先と足の指先、その全てから体温が奪われてしまったかのように冷たくなる。
「柚希……柚希!」
「……あ」
凛の呼びかけに我に返った柚希はごめんと小さく呟いた。とはいえ、少しだけ衝撃を受けた言葉だがそれだけで判断するのは早い。というよりも和人が柚希のことを愛しているのは本人が自覚しているし、何より周りの人たちですら理解している。
仕方ないこととは言え、こんな話をした空を後で締め上げると心の中で呟いた凛は柚希の肩を抱いて成り行きを見守ることにした。特に心配はしていないが、それでも気になった内容ではあるからだ。
「過去のことだろそれ。今では大好きで仕方ないんだけど」
「……ふにゃ」
「っ!?」
ふにゃっと絶望から一転幸せの笑みを浮かべた柚希、そんな柚希のあまりに可愛すぎる表情に凛は鼻を抑えた。少し鼻っ柱が熱くなったものの、流石に鼻血は出ていないので続く話に耳を傾ける。
「ほら、俺ってそこまで目立つ人間じゃないからさ。当時ギャルっぽいなって思ってた柚希って所謂対称みたいな感じだったんだ。絶対にそこまで親しくならないだろうなってことで」
「うん」
「でもさ、あの出来事があって柚希と親しくなって……何というか、柚希に対する価値観をこれでもかって壊されたんだ」
「……まああいつは心を開いた相手には素を見せるからな」
空がそう言ったように、女友達はともかく男に対して柚希はあまり心を開くことはない。必要なことなら言葉を交わすがそれだけで、基本的にあまり踏み込んだことを聞くこともしなければ聞かれるような隙も見せることはない。
ただ、柚希は一度心を開いた人間はとことん信用する。それは空もそうだし洋介や蓮だって同じだ。とことん信用するとは言っても、その人のことを完全に理解したからこそのものだ。
「でも和人の場合は素ってもんじゃないけどな。凛も雅も言ってたけど、お前を好きになってからあいつはどんどん可愛くなっていったし」
「へぇ、空がそう言うのは意外だな」
「俺を何だと思ってるんだお前は……」
「一時期お前が凛さんから離れようとしたことは忘れんぞ」
「その節はマジですまん」
本当ですよ、そう凛はブンブンと首を縦に振った。
手に持っていたジュースを飲みながら、空を真っ直ぐに見つめて和人は言葉を続けた。
「そこまで言うなら幼馴染のお前なら分かるだろ。柚希が、あの子がどれだけ素敵な女の子なのかってことくらい」
「当然だろ。恋愛感情は流石にないけど、あいつが良い奴ってのは良く分かる」
二人の言葉に顔を真っ赤にした柚希だった。和人はともかく、空が柚希にこんなことを言うことは絶対にない。本人が傍に居ないと思っているからこそ、空は普段思っていることを口にしているだけだ。
柚希の照れた顔を見て凛は嫉妬などしない。これが空だと分かっているし、ずっとみんなのことを考えてくれていたことを知っているからだ。
「先入観なんてものは当てにならないよ。結局、その人と過ごして自分がどう感じたかが重要なんだ」
「それでどうなったんだ?」
空の問いかけに、ニカっと和人は笑った。
「そりゃ惚れるに決まってるよ。むしろ、柚希とあんな風に親しくなって好きにならない奴なんて居るわけがない。ま、そうならない奴とは言ったけどこの立場を誰にも渡すつもりなんてないさ。柚希の隣に俺はずっと居たい、そして俺の隣には柚希にずっと居てほしいんだ」
「……カズぅ」
柚希さん、感動で涙を流すまで行ってしまった。
顔は真っ赤で涙も流し、とても人前には出れなくななった可愛い幼馴染の目元にハンカチを凛は当てる。すると柚希はたまらず凛に抱き着いた。
「私凄く嬉しんだけどぉ!!」
「はいはい、分かってますから私の胸で泣いてください」
「ちょっと硬いけど分かったぁ!!」
「すぅ……ふぅ、抑えました」
何を抑えたかはともかく、胸元に顔を当てて泣いてしまった柚希の頭を撫でながら凛は感謝の言葉を紡ぐ。大切な親友をここまで強く想ってくれていること、柚希をここまで変えてくれた和人に対して。
「ありがとうございます和人君。本当に」
さて、そろそろ休憩時間も終わるし戻るとしようか。目は赤いが泣き止んだ柚希を連れて一足先に陣地に戻った。
「……おい、どうした何があった」
「柚希ちゃん?」
「……………」
涙は既に流れていないものの目が赤いから気付かれてしまう。蓮はすぐに柚希に何があったのかを語り掛け、心配そうに名前を呼んだ雅に至っては既に目のハイライトが消えており、洋介は静かに指をポキポキと鳴らしていた。
「……ふふ、あはは!」
「全くもうあなたたちは」
全然心配することはない、ただ和人と空の話に感動しただけのことだ。いきなり笑い出した二人にクエスチョンマークを浮かべる三人、そんなみんなの元へ件の二人が戻ってきた。
「ういっす」
「帰ったぞ~!」
戻ってきた二人、特に和人のことを待ち望んでいた柚希が静かに近寄った。そして抱き着いたりするわけでもなく、ただただ和人の顔を見て幸せそうに笑みを浮かべるのだった。
「柚希?」
「なに?」
「……えっと?」
ニコニコと笑みを浮かべている柚希を疑問に思うも、彼女の様子から何も心配することはないと分かったのか和人もクスッと笑みを浮かべた。
「ねえカズ、あたしのこと好き?」
「好きに決まってるじゃん。え? 本当にどうしたの?」
「……ふみゃ」
「っ!?」
さっきのふにゃではなく、ふみゃっとした笑顔に和人は鼻を抑えた。それだけの破壊力を秘めた柚希の嬉しそうな表情、当然周りに居た何人かはサッと目を逸らした。
「なんだよなんだよ、心配して損したじゃねえか」
そんな蓮の言葉に、雅と洋介が頷くのは当然だった。
【あとがき】
みんな、糖尿病になってください(おい
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