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「……なんだよ」

「いんやぁ? あんなところでいちゃつくとは思わなかっただけだぜ」

「うんうん。見てよ柚希ちゃんを。和人君しか見てないもん」


 柚希に手を引かれてゴールをした後、俺は当然陣地に戻ってきたのだが……空たちはともかく、先輩も後輩もみんなが俺を見てくるから気まずいったらない。途中で違う色の篠原も苦笑していたし、ええいそんな目で見るな俺を。


 顔を赤くしてしまう俺だったが、雅さんにそう言われてグラウンドに残っている柚希を見る。彼女は俺と目が合うと嬉しそうに微笑み、小さく手を振ってきた。あぁ早く戻ってこないかなぁ……って、俺も相当だなこれは。


「ふふ、二人を見ていると本当にこっちまで明るい気持ちになりますよ」

「凛さんまで」

「いい加減慣れてくださいよ。ハイお水ですよ」


 凛さんから水を受け取って喉に通す。柚希の出番が終わったということで応援はもちろんするのだが、俺たちはその場に腰を下ろして後続を見守った。順位は赤青黄でそれぞれ均等に分かれ獲得点数もほぼ拮抗していた。


 この女子借り物競争が終われば次は二人三脚になるわけだが、プログラム順間違ってるんじゃないかって言いたい。二人三脚って大体後の方の競技じゃないのか?


「お、帰って来たぜ」


 お疲れと言葉をもらいながら競技を終えた女子たちが戻ってきた。柚希もそこそこ声を掛けられていたがすぐにこちら側に駆け寄ってきた。俺は持っていた飲み物を柚希に手渡す。


「お疲れ」

「うん。ありがと」


 体を動かした時間が少ないとはいえこの暑さだ。ほんのちょっと汗を掻いただけでも水分は摂った方がいい。熱中症だったり脱水症状になってからでは遅いからな。

 ぷはぁっと可愛く飲み終えた柚希に空が声を掛けた。


「にしてもあんなお題が入ってたのも驚きだけど、よく真っ直ぐに和人に向かって来たよな?」

「え? あ~だってその通りだし。それに全然恥ずかしくないし、むしろ良い機会ではあったもの」

「機会?」


 凛さんの言葉に頷いた柚希を俺を見つめ、そして笑みを浮かべながら俺の手を取った。


「あたしはいつもカズのことを想ってる、それが周りに伝わったんだから♪」


 取り敢えず、顔が熱いから飲み物を頬に当てておくとしよう。やれやれ、この夏の暑さは本当にキツイものがあるなマジで。そうやって涼む俺の頬に人差し指を当ててツンツンしてくる柚希に強くやめてとも言えない。むしろ、この空気が心地よくて何も言えないのかもしれない。


「ドーン!」

「わわっ!? ちょっと雅!?」


 ずっと俺の頬をツンツンしていた柚希の背中から雅さんが飛びついた。


「あのさ、私たちの傍でそんな二人だけの領域展開しないでよ。まあ私たちとしては別にいいんだけど、周りの人たちがこの甘さに耐えられないだろうし」

「そ、それは……ってどさくさに紛れて胸を揉むな!」

「きゃんっ!?」


 確かにここは学校だし俺と柚希もほんと自重しないとだな。というか甘さ云々の前に今思いっきり雅さんが柚希の胸を揉んだ瞬間が一番目を集めたと思うのだが。


「思いっきり下から掬い上げるように揉んだわねあんた」

「私と和人君、どっちに揉まれると気持ちがいい?」

「カズに決まってるでしょ馬鹿」

「だってさ和人君」


 何だかんだ話を広げてるのは雅さんじゃないの? ジトッとした俺の目に見つめられた雅さんはサッと視線を逸らすように蓮の背に隠れた。その様子に小さく溜息を吐くと、ご愁傷様という視線を空と凛さんからもらうのだった。


「さてと、それじゃあ二人三脚行くか」

「おう」

「分かったわ」


 ちなみに、二人三脚には俺と柚希に洋介が出場する。俺は柚希とペアだが、洋介は同じクラスの女の子だ。


『二人三脚に出場する生徒の皆さんは入場門へ移動してください』


 よし、頑張るとするか!

 空たちに見送られ、俺たちは入場門へ向かった。そして案内係について再びグラウンドの中央へ向かった。


「……あ」

「? ……あ」


 俺と柚希が視線を向けたのは母さんたちのところだ。意味深な出会い方だっただけに少し気になっていたのだが、何やら凄く楽しそうに話をしている。主に母さんと藍華さんが何年来かの友人みたいな空気を醸し出しており、それに康生さんが相槌を打つような感じだ。


「仲良く……なってるよね?」

「あぁ……そうだと思うけど」


 これはやっぱり後で絶対に聞かないとだ。

 二人三脚用の紐を渡され、俺は自分の足と柚希の足を繋ぐように結んでいく。少しだけ体育の時間に練習はしたけどたぶん大丈夫だと思う。


「頑張ろうねカズ!」

「おう!」


 そして、二人三脚が幕を上げた。

 二人三脚リレー、グラウンドを半周してどんどん順番が回っていくのだが……あ、一組転げたぞ。転げたり息が合わずにスピードが出せずと様々、程よい速さの人は居るがビックリするほどのスピードを出す組は居なかった。


「みんな苦戦してるねぇ」

「んだな。さて、俺たちはどうだと思う?」


 そう聞くと柚希はニヤリと笑った。


「ふふん、見せてやろうよカズ。あたしたちの息の合った走りをさ」


 そうだなと、俺は強く頷くのだった。

 俺たちの前の人がスタートし、その位置に俺と柚希は一緒に立つ。


「お姉ちゃん~! お兄さんも頑張って!!」

「……あの子はもう」

「はは、これ以上ない声援だな」


 立ち上がり大きな声で応援してくれる乃愛ちゃんに手を振っておいた。この後に洋介も控えているし、きっとそっちは俺たちの時よりも大きな声で応援してくれるはずだろう。そうなったら洋介も頑張らないとな?


「……おっと、今は自分のことだ」


 バトンを持った同じチームの生徒が走ってきた。俺はそれを受け取り、柚希と共に駆け出す。掛け声なんてものは一切なく、俺と柚希はただただ前を見据えてグラウンドを駆け抜ける。


『二年の三城月島ペア速い! とんでもなく息が合っています!』


 そんな実況の声が聞こえたと思ったら、ふと柚希が若干体勢を崩しかけた。俺はすぐに支えるようにして速度を遅くする。すると柚希はごめんと短く呟き、再び速度を上げ始めた。

 一瞬のハプニングはあったもののタイムとしてはかなり早い方だ。俺と柚希が走る先には洋介の姿がある。ペアの女の子が少し緊張しているみたいだが後は頑張ってもらうしかない。


「頼むぞ洋介!」

「負けたら承知しないわよ!」

「任せろ」


 短くそう言ってバトンを取った洋介は駆け出した。大きく声を出して走っているので相手の女の子も合わせやすいのか足の動きが合っている。


「よう君頑張ってえええええええ!!」


 あ、少し速くなったな。

 結局、二人三脚リレーは俺たち赤組が勝った。俺と柚希よりも洋介たちの走りが勝敗を分けたみたいだ。肩で息をする女子に声を掛けている洋介を眺めながら、俺と柚希もお互いに声を掛け合う。


「ふぅ、お疲れ柚希」

「カズの方こそお疲れ」


 そんな風に話していると柚希があっと苦笑を浮かべた。その視線の先に目を向けた俺も同じように苦笑した。


「……むぅ」


 少しだけ不満そうに洋介を見る乃愛ちゃんに、これくらいは許してあげなさいと柚希が目線で伝えるのだった。

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