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基本的にどの高校の体育祭も開会式にふざける出し物をするところはあると思うのだが、うちの高校もその例に漏れず初っ端から生徒と教師含め、保護者たちの笑いを掻っ攫うモノが行われた。
主に今流行っている芸人のネタや時事ネタを使ったものだったが、俺もそうだし隣に居た柚希もクスクスと笑っていた。概ね大成功と言えるだろう。さて、そんな開会式を済ませた最初に行われるのが借り物競争である。
「ほどほどに頑張るか」
「おう」
ちなみに借り物競争は男女別で行われるのだが、いつもの面子から男子で出るのは俺と空だけだ。女子は柚希が出るけど出番は次になる。
『これより借り物競争が行われます。出場する生徒の皆さんは案内に従って入場してください』
アナウンスが掛かり、俺と空は他の生徒たちに混じってグラウンドの中央へ向かった。一年から三年までの混合になるわけだけど果たしてどうなるか。空はリレーの為に体力を温存したいのかやる気はなさそうだけど俺としては……頑張らないわけにはいかないよなぁ。だってねえ?
「カズ~! 頑張ってえええええ!!」
「お兄さん! 頑張ってよ~!!」
美人姉妹からの声援を受けたとあれば力を抜くわけにはいくまいて。
まあ一際大きく響く二人の声、知らない人からすれば誰を応援しているのか興味があるんだろう。知っている側からすれば俺に視線を向けるわけだが……空に背中に隠れることにしよう。
「お前……」
「今だけだって」
「……ったく」
何だかんだ庇ってくれる空が好きだぞ俺は。
「っ!?」
「どうした?」
「いや……なんか柚希の方から殺意を感じたような」
「なんでさ」
なんだよ殺意って。柚希はニコニコこっちに手を振ってるし勘違いだろ勘違い。
体を震わせた空に視線を向けていると、準備が整ったのか借り物競争は始まるのだった。空よりも俺の方が幾分か順番は早い、空に一声かけて俺はスタート地点の隣に座った。
「……ま、色の勝敗はともかく年に一度だし頑張るか」
もちろん楽しむことも忘れずにね。
順番になったのでスタート地点に立つ。すると当然のように視線を感じてそちらに視線を向けた。柚希だけでなく、凛さんたちもこちらを見ていた。無様な姿は見せられないなと思いつつ、パーンと音を聞いて俺は飛び出した。
「……えっと何々」
他の三人とほぼ横並びの状態でお題の入った箱の前に立ち、サッと手を突っ込んで一枚の紙を取り出した。
:頼りになる人(生徒限定同学年除く)
「なんやねんこれ」
毎年毎年変なお題が紛れ込んでいると評判の借り物競争、まさかこんな風に限定までしてくるとは思わなかった。取り敢えず、同学年を除いて頼りになると思う人を探しているとふと目に入ったのが安藤先輩だ。
「安藤先輩!」
友人と一緒にこちらを見ていた安藤先輩に声を掛けるとビクッとした。驚かせて申し訳ありませんと一声掛け、俺は安藤先輩の手を取ってゴールに向かった。他の連中も色々と四苦八苦したらしく、一位は俺だった。
「いきなり走るなんて思わなかったけど、なんて書いてあったの?」
「あ~、まあ出ますよ」
俺は髪を判定員に渡した。
『お題は頼りになる人(生徒限定同学年除く)です』
あぁっと納得の声が辺りから漏れ、どうやら大丈夫のようだ。安藤先輩はクスッと笑みを浮かべ、後輩にそう思われるなんて嬉しいわねと手を振って戻っていった。いやはや良い先輩に恵まれたからこそ取れた人選だよなこれは。
「よっこらせっと」
走り終えたのでその場に座って待機、柚希の方へ視線を向けるとひらひらと手を振っていた。うん、やっぱりこうして彼女が見てくれているのはいいな。それから何人かが走り、ついに空の順番がやってきた。
「空君ファイトですよ~!」
おぉ、凛さんも声が出てるな凄く。
さっきまでやる気があまり見られなかったのに今の一声で見違えるように表情が変わった空に苦笑してしまう。単純だなぁ俺もお前も、そんな風に考えていた俺の前に空が何故か走ってきた。
「来てくれ和人」
「お、おお?」
空に手を握られてそのままゴール、当然近くに居たこともあって一位だった。これで俺と空が揃って一位を取れたことになるけど、一体お題は何だったんだろう。
『お題は親友です』
「な? お前だろ?」
「……っ」
ふ~ん、やっぱりお前は主人公だと思うよ俺は。
恥ずかしがることもなく、親友だったらお前だろと言われ不覚にも感動してしまい泣きそうになったのはここだけの話だ。空と一緒にその場に腰を下ろすと、なんとも生暖かい視線を向けてくる凛さん……あれはなんだろうか、空君成長しましたねって言ってる気がする。
『男子借り物競争は終了です。続いて女子借り物競争となります』
とまあこんな感じでテンポよく進んでいく。
「お疲れカズ」
「ありがと。柚希も頑張ってな?」
「うん!」
出場する柚希と入れ替わるようにグラウンドから退場した俺と空はそのまま色の陣地に戻った。そうそう、今更だけど俺たちは赤色だ。
「お疲れ様」
「お疲れ二人とも」
出迎えられ飲み物を渡される。お礼を言って俺は喉を潤すように飲み干した。
「良い飲みっぷりだな」
「今日は一段と飲み物が美味い日だ」
「なんだよそれ」
喉が渇いていたのもあるけど、マジでそう思ったんだ俺は。
一休みする俺たちの視線の先で女子の借り物競争も始まった。やっぱり女子にも容赦ないお題が出されているようで、オロオロしながら何かを探している女子の姿が多く見られた。
「柚希ちゃん落ち着いてるね。どんなお題が出るのかな」
「好きな人とか出るんじゃね?」
「それはちょっとどうなんだ?」
「え~? 良いと思うけどなぁ」
雅さんがそのお題を引いたらすぐに蓮の手を引いて走り出しそうだな。でも確かに洋介が言ったように好きな人と言ったお題は流石にないだろう。いくら悪ふざけがある程度許されるとはいえそのようなお題は絶対にないと断言できる。
「あ、柚希の番ですよ!」
「柚希! 目にモノ見せたれええええええ!!」
「見せたれえええええええ!!」
蓮と雅さんの叫び声が響き渡る。俺も叫ぶわけではないが、柚希の姿をしっかりとこの目に刻むために陣地の一番前まで出た。
太陽の光を浴びて輝く明るい髪、誰もが羨むスタイル抜群の肢体、そしてアイドル顔負けの美貌を持った柚希がスタート地点に立つと多くの視線を集めていく。だが柚希はその一切の視線を気にした様子はなく、ピストルの音に合わせて駆け出した。
「めっちゃ揺れてる!」
「ふん!」
「あいた!? 何するんすか先輩!」
「そういうことは心の中で呟け後輩」
「……確かにそうっすね。おっす!」
……とはいえ、確かに夏休みを終えてまた少し大きくなったって言ってたか。ヤバいなそれを思い出すとそればっかりに埋め尽くされてしまう。ダメだダメだと頭を振っていると、柚希が俺の元へ走ってきた。
「カズお願い!」
「お、おう!」
差し出された柚希の手を掴むと、まるで引っ張られるように強い力を感じた。そのまま柚希と一緒にゴールまで駆け一位を取った。
「ふふ、一位やったね♪」
「だな……ってお題は何だったんだ?」
判定員にお題を渡した柚希がニコッと笑みを浮かべウインクをしてきた。そんな俺と柚希をチラチラと見ていた判定員は若干顔を赤くしてこう発表するのだった。
『お題はいつも思い浮かべている人……です』
「えへへ、そんなのカズしか居ないもん♪」
「……っ」
「あ、照れてるカズはやっぱり可愛いなぁ!」
いや、こんなのは誰でも照れると思う。
満面の笑みを浮かべる柚希にまだ繋がれている手、そこから感じる愛おしさ……でもこの頬に溜まっていく熱さは果たして日光のせいなのか、それとも単純に恥ずかしいからなのかは置いておくとして。
「俺さ」
「?」
「やっぱり柚希が好きだどうしようもないほどに」
「……うん。あたしも好き」
結局、判定員の人に肩を押されるまで俺と柚希は向かい合ったままだった。
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