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「……あっつ!」
「あはは、確かに暑いねぇ」
柚希を含め空たちと改めて学校で再会してからしばらく、ついに体育祭の日がやってきた。土曜日の朝からとはいえ、こういうお祭り事だからかめんどくさそうにする連中は居てもサボりはいなさそうだった。
まあ競技の数によってはボーっとしていても終わるようなもんだからな。
「カ~ズ!」
「おっと」
隣に居た柚希が背中に抱き着く。暑い、でも嬉しい。柚希も同じ気持ちだったのかすぐに離れてくれたけどやっぱり名残惜しそうだった。夏休みを終えてから実感したけど、人前でも柚希はあまり引っ付くことに自重しなくなった。そんな俺たちを空たちは微笑ましくもありながら呆れたように見つめ、別の男子からはぐぬぬと嫉妬のような目を向けられてばかりである。
『開会式は二十分後に始まります。生徒のみなさんは準備を始めてください』
開会式は二十分後、まだまだ時間はたくさんあるな。入場門に生徒たちは集まりだしたけどゆっくりしている人たちは大勢いる。そんな中、柚希があっと声を上げて手を振った。
柚希が手を振った先、俺が視線を向けた先では月島一家が勢揃いしていた。土曜日ということで学校が休みの乃愛ちゃんも傍に居り、ブンブンと音が聞こえるのではないかってくらいに力強く手を振ってくる。
「あはは、元気だな」
「乃愛も凄く楽しみにしてたからね」
取り敢えず俺も手を振り返すと乃愛ちゃんも嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
「まだ始まらないし行ってみるか」
「いいの? それじゃあいこっか」
柚希と一緒に近づいていくと乃愛ちゃんが飛び出す。
「お兄さん~!」
「ストップ乃愛!」
「……むぅ!」
抱き着こうとしてきた乃愛ちゃんの正面に立ち、俺に触れないように柚希が威嚇する。少し前に柚希を猫や犬のようだと表現したけど、正に俺を守る番犬のように乃愛ちゃんを睨みつける。
「柚希?」
「ふしゃあああああ!」
「っ……ふっしゃああああ!!」
猫が二匹現れた!!
って冗談は置いておくとして、何やら微笑ましいものとして周りから見られているのが妙に恥ずかしい。保護者だけでなく生徒も見てくるしで二人ともそろそろ落ち着いてほしんだが。
「やれやれ、すまないね和人君」
「本当よ。将来は乃愛も和人君の妹になるかもしれないんだし大目に見てくれてもいいのにね?」
「どうもです康生さんに藍華さん。……えっと、妹……ですねはい」
妹、その言葉に顔が赤くなるのを感じる。将来柚希と一緒になるのなら義理とはいえそうなることになる。それを相手の母親から直接言われるのは何ともくすぐったいものだ。
「聞いたお姉ちゃん! 妹だからいいでしょ?」
「あ、こら乃愛!」
ギュッと背中に乃愛ちゃんが抱き着いて来た。柚希が引き離そうとするが思いの外乃愛ちゃんの力が強く離れることはない。この状況で困ったように笑う俺は果たしてどんな風に見られているか、まあ周りの保護者は温かい目を向けてくるし別に気にする必要はなさそうだ。
「……あ、空のお母さんも来てるな」
少しだけ視線を動かしてみると離れた場所に空のお母さんを見つけた。俺の見たことがない人たちと仲良く話しているけれど、もしかしたらあれば他の幼馴染たちの親御さんになるのかもしれない。
「……え?」
パーマが掛かった髪の毛の女性、どことなくふんわりとした印象を与える女性がひらひらと手を振ってきた。空のお母さんもそれに続くように手を振ってきたがこれは俺にか?
「あれ、誰に手を振ってるんだろう」
「? あぁたぶん和人君じゃないか? あれは雅ちゃんのお母さんだね」
「なるほど」
どうして雅さんのお母さんがっていう疑問はあったけど、まあ雅さんのことだし柚希の恋人ってことで俺のことを伝えているのかもしれない。
ちょこんと頭を下げると雅さんのお母さんは嬉しそうに微笑んだ。高校生の娘が居るとは思えない若々しい見た目、かなりの美人とも言えるその笑顔に俺は少しだけ照れてしまった。
「カ~ズ~!」
「……ひっ!」
後ろを向けない、でもどうして俺の顔が見えないはずなのに照れたことが分かったんだろう。柚希の声音から決して怒っているわけではなく、単純に俺を揶揄っているものだと分かった。
「早苗さん美人だしねぇ」
雅さんのお母さんは早苗さんというらしい。これは後で俺も挨拶くらいはしておいた方が……いや、することになるんだろうなぁ。
男性の姿もちらほら見えるしお父さん……でも誰か分からん。空のお父さんは会ったことあるから分かるんだけど。
「あ、雪菜さん!」
っと、そんな考え事をしていたら元気な乃愛ちゃんの声が響いた。静かに見ているつもりだったのか、乃愛ちゃんに名前を呼ばれて恥ずかしそうにしている母さんが歩いて来た。
「全くもう、静かに眺めているつもりだったのに」
「えへへ、いいじゃないですか雪菜さん! 私、今日雪菜さんに会えて嬉しいです!」
柚希もそうだけど本当に乃愛ちゃんも母さんに懐いてくれて嬉しいよ。さて、こうなるとついに母さんと康生さん、そして藍華さんが対面することになる。
「初めまして、和人の母の雪菜と申します。息子がお世話になっています」
頭を下げた母さんに藍華さんも頭を下げた。
「こちらこそ柚希がお世話になっております。母の藍華です」
「父の康生です。柚希からお話は伺っています」
う~ん、こうして自分たちの親が話しているのを見ると不思議な気分だ。三人を俺たちが見つめていた時、母さんが少しだけ首を傾げて口を開いた。
「月島康生さん? ……東雲藍華さん?」
その母さんの呟きに真っ先に反応を見せたのは藍華さんだった。もちろん康生さんも驚いているけれど。
「どうしてそれを……雪菜さん……もしかして、新藤雪菜さん?」
新藤、それは確か母さんが父さんと結婚する前の名字のはずだ。ってもしかして子のお互いの反応、昔の知り合いとかなのか?
『生徒のみなさん入場門へお集まりください』
「あ、カズ急がないと!」
「あ、ああ……」
取り敢えずこれは後で話を聞かないとな。
「お姉ちゃんにお兄さん頑張ってね~!」
乃愛ちゃんに手を振って俺と柚希は入場門へ急いだ。空たちも既に集まっており俺たちが最後だった。
「こっからも見えてたぜお前らのやり取り」
「まるで娘さんをくださいって言ってる感じだったね?」
蓮と雅さんが茶化すように問いかけてきた。まあでも、柚希や彼らと過ごした日常が長すぎるせいか本当に焦らなくなってきたものだ。若干の照れはあるものの逆にありがとうと受け流せるくらいには慣れてしまった。
「ねえカズ」
「なに?」
「あたしの両親は全然大丈夫だから。いつでもあたしをもらってもいいですかって聞いていいからね?」
「……っ」
……あれ、俺慣れたって言わなかったか? 凄い恥ずかしいんだけど。
「えっと、開会式の後に一発目は借り物競争だっけか。頑張らないと」
「照れてやんの」
「照れてやんのですね」
「空うるせえぞ! つうか凛さんはそういうキャラじゃないよね?」
この二人付き合いだしてから更に息が合って来てやがる!
「お前も弄られキャラにならないか?」
「ならねえよ」
それは洋介の役目だろ。
とまあこんな感じで、いつもよりもグダグダでありながら俺たちらしい空気で体育祭の幕は上がるのだった。
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