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 うちの高校だけかは分からないが、夏休みが明けてから体育祭までの期間はかなり短い。夏休みが空けた今週、そして来週の土曜日ですぐ体育祭の日はやってくる。二年である俺たちは先輩である三年に比べて準備するものは少ないが、人手が足りないからと先輩に呼ばれる人もある程度居るらしい。


 さて、そんな風に体育祭を来週に控えた体育の時間。何をしているかというと体育祭に向けての身体づくりに他ならない。競技の練習をしてもいいし単純に走り込みをしてもいい、とにかく体育祭に向けて運動をしろと先生からのお達しだ。


「……あ~」


 話をして時間を潰したりする連中が多い中、俺はというと真面目にグラウンドを走っていた。そこまで運動するタイプではないのですぐに疲れると思っていたが、どうやら夏休み中に柚希と走っていたのが良かったのかかなり体力には余裕があった。やっぱり運動は色んな意味で大切だなと実感する。


「ふぅ……ふぅ……」


 ちなみに、空は早々にギブアップし、蓮と洋介は競技の練習をしている。それからしばらく走っていると、チラッと田中が俺を見てきた。思いっきり柚希に拒絶されてから今に至るまで、あいつとは話もしてないし目を合わせたこともない。今目が合ったのはただの偶然だけど、特に何か俺に対するモノを感じることはなかった。

 田中はそのまま俺が視線を外して友人たちと一緒に歩いていく……ふむ、まあ何もないなら俺としても気にする必要はないんだが。


「……………」


 もう少し走るか、なんてことを考えていると後ろから誰かが抱き着いて来た……いや、俺に抱き着いてくる人は一人しか居ないか。


「カ~ズ!」


 もちろん愛しの彼女である柚希だ。流石に夏の日差しの下なので抱き着くと言っても一瞬だ。すぐに体を離した柚希は俺の目の前でえへへと眩しい笑顔を浮かべる。でもすぐにぷくっと頬を膨らませてこんなことを口にした。


「あたしも汗掻いてるのにカズを見ると抱き着きたくなっちゃうもん」

「それは俺が悪いの?」

「うん♪」

「そいつは困ったなぁ」


 やれやれ、どんな時でも柚希が抱き着きたくなる俺が悪いのかそうなのか。って俺は何を考えてるんだ。


「柚希、日陰に行かない?」

「いいよ」


 もう少し走ろうと思ったけど、俺も柚希もお互いに大分動いたっぽいし後はゆっくり休むとしようかな。この体育の時間が終わるまで後五分と少しだが、その間柚希と一緒に居られるのは嬉しい事である。


「後五分少しか……カズと一緒に居れるだけで嬉しいよあたしは」

「そうだなぁ……って、俺も同じこと考えてたよ」

「ふふ♪ やっぱりあたしたちは繋がってるんだねぇ!」


 嬉しそうに笑う柚希に釣られるように、俺も頬が緩んでくる。夏真っ盛り、外の気温は確かに暑いが日陰に居ると案外そうでもない。風も吹き抜けていくので思いの外涼しいのだ。


「……ねえカズ」

「なに?」

「少し、肩に頭を乗せても良い?」

「いいよ」

「えへへ、ありがと」


 距離を近づけた柚希が俺の肩にコテンと頭を乗せた。汗を掻いているからとか、そういったものを考えることなく俺は頷いたけど……チラッと見た柚希の表情は嬉しそうだったので気にしなくても良さそうだ。柚希の方からは甘い香り、とてもいい匂いが漂ってくる。


「……あ」


 柚希の視線の先で、俺たち二人を見つめるクラスメイトが居た。その中には凛さんと雅さんも居て、やれやれと困ったように苦笑している。そこそこ注目されていて恥ずかしさはあったが、そのような視線を受けて柚希はヒラヒラと手を振った。


「あまり無理をせず、ある程度運動したら休んでいいって言われているけどさ。あたしたちは恋人二人でイチャイチャしてる……ふふ、悪い生徒だ♪」

「だな、俺たち二人は悪い生徒だ」


 言っても俺たち以外にカップルで時間を潰している人たちもいるし、別にそこまで気にするようなことじゃない。


「ねえカズ、本日の放課後はどうするのかな?」

「おやおや柚希さん、俺はあなたとデートをするつもりですが」

「ふむふむ。奇遇ですねあたしも同じことを考えていましたよ……もう好き!!」


 我慢できなくなったのか柚希がガバっと抱き着いて来た。当然、俺は突然の襲撃に耐え切れずそのまま芝生の上に背中から倒れ込んだ。そんな俺たちに向かって絶え間なく吹き続ける涼しい風、まるで風を送るから暑さを気にせず思う存分いちゃつけよなんて言われているみたいだ。


「……はぁ……あたし、やっぱりカズの匂い好きだよ。汗の匂いも好き」


 くんくんと鼻を鳴らすように匂いを嗅ぐ柚希、彼女の表情からは本当にそう思ってるんだと俺に伝わせる。でもさ……こうなってくると、俺はもう次の柚希の行動がある程度予測できてしまう。


「柚希、流石に舐めるのはやめようか」

「……しないもん。むぅ!!」


 そっかぁ、しないのなら言う必要はなかったかな。でも柚希さん、めっちゃ不満そうなのはどうしてでしょうか。さっきよりも私不満ですと頬を膨らませる柚希と一緒に何とか体を起こす。そしていつもしているように、彼女の頭に手を置いて撫でた。


「……あたしって単純だなぁ。もう嬉しいもん、もう幸せだもん、もう……好きが溢れすぎてヤバいんだもん」


 ……俺だっていつも同じことを思っているよ。

 俺だって単純だ。柚希が傍に居るだけで嬉しくて、幸せで、好きが溢れすぎて本当にヤバいんだ。さっき柚希が俺たちは繋がっていると言ったけど本当にそう思う。俺が思うことを柚希は思い、柚希が思うことを俺も思っている……何というか、自分で言うのもなんだけど本当にバカップルってやつなのかもしれない。


「なあ柚希」

「なあに?」

「俺たちってやっぱりバカップルなのかな」

「あはは、間違いないんじゃない? こんなにラブラブなんだもん♪」


 そっか……まあそうなんだろうなぁ。

 俺と柚希は二人でイチャイチャしながら、チャイムが鳴るその時を待つ。ちなみに幼馴染たちはいつも通りの反応だったが、男子からは当然嫉妬の目を向けられていた俺だった。でも柚希が威嚇するように睨むと彼らはすぐに視線を逸らした。


「がるるるるるる!」

「犬みたいだな」

「ワン!」

「……………」


 可愛いかよ。




【あとがき】


リハビリということで少し短め、といっても千文字くらいですけど。

上手くイチャイチャは書けたかしら、可愛い柚希は書けたかなと不安ですが自信を持たないことには始まらない! ということで、今回も可愛い柚希が書けたなと自分は思っています。


※小さい部分での変更点

柚希の一人称、“アタシ”から“あたし”へ変更しました。

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