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 新学期初日の今日、旧友との懐かしい顔合わせを済ませる一日となった。再会を喜んだのも束の間、近い内にやると告知された実力テストに悲観し、そんな気持ちを振り払うように体育祭で出場する種目を決定する。

 当初の予想通り、やはりこういう決め事に関してはみんな団結しているのかすぐに決まることになった。学級委員でも何でもない奴が前に出て仕切るのはどうかと思ったが、まあスムーズに決まるのならと先生も何も言いはしなかった。


「リレーか……なんで俺が出ることに」


 体育祭でお馴染みの競技と言えばリレーだが、なんと空が出ることになった。まあこれは立候補ではなく、単純に枠が余り出る種目が少なかった空だからこそ選ばれたのだ。どれでもいいはアレかもしれないが、少しでもやれると思ったものに手を上げていればそうはならなかっただろうに。


「頑張れよ空」

「……おう」

「頑張ってください空君!」

「おう……」


 ……これはダメかも分からんね。

 ちなみにリレーには空だけでなく、運動神経抜群の洋介も当然出場する。他にも数人出るが、女子からは雅さんも出ることになっている。去年と違って、今年は応援する相手がたくさん居るなこれは。


「借り物競争に障害物リレー、綱引きと騎馬戦……二人三脚とかこう考えると色々アタシたち出るのがあるね」

「あぁ……というか騎馬戦はあまり好きじゃないんだが」


 騎馬戦、四人一組でハチマキを取り合う競技なのだが……まあこれが激しい。怪我する一歩手前は言い過ぎかもしれないが、結構好き嫌い別れる競技だと思っているよ俺は。まあでも女子の騎馬戦は面白い。何でかって? 本当に女の戦いって感じがするからである。

 去年は見てる側も凄い盛り上がったのを覚えているし、怪我だけには気を付けて頑張ってほしいものだ。


「いやぁウズウズしてくるね!」

「柚希」

「んにゃ?」


 意気込む柚希の肩に凛さんが手を置いた。


「お願いですから相手に煽られてキレないでくださいよ? 去年、相手に向かって大跳躍からの飛び蹴りをお見舞いしたの覚えてるんですから」

「あ~……あはは……」


 ……何だそれ、去年のその時期はまだ柚希たちと親しくなかったからその気で見てなかったけど、確かにどよめきのようなものが聞こえたような気が……え、そんな大それたことをしたのか柚希は。


「まあ、あれは相手が悪かったんですけどね」

「そうなのか?」

「はい。隣のクラスの坂崎さんです」

「……なるほど」


 随分懐かしい名前を聞いた気がする。

 俺と柚希が付き合いだしてすぐの時に絡んできた女子の名前だ。でも……なるほど、その時から柚希は坂崎さんにちょっかいを出されていたのか。それで騎馬戦の時に闘争心が溢れそうになっている時に煽られてキレたと……ふむふむ。


「上に乗っている人が落ちたら終わりなんですけど、その後も髪を引っ張り合ったりして大喧嘩して……」

「……見てなかったな俺」

「アタシとしては見られてなくてありがたいよ……」

「それを雅と蓮君は爆笑するように見ていて……はぁ」


 やっぱり凛さんはその頃から苦労していたんだな……。

 溜息を吐いた彼女を励ましつつ、そんなこんなで特に何も問題が起こることはなく種目決めが終わったというわけだ。

 さて、基本的にうちの高校は始業式の日であっても一日授業なのは変わらない。ただ放課後になると委員会に所属している者は集まることになっているのだ。


「久しぶりだねぇ。いこっか」

「だな、行こう」


 柚希と一緒に久しぶりの図書委員の集まりだ。委員会での集まりがあるということで図書室の利用は出来ず、代わりに俺たちが集まるのもいつも通りだ。

 柚希と一緒に図書室に向かうと、既に先輩方と篠崎が着席していた。


「お久しぶりです三城先輩! 月島先輩!」

「久しぶり篠崎君」


 あぁ、こうやって篠崎を見るのも久しぶりだなぁ。

 相変わらず中性的な顔立ちだが、夏休みを通して日焼けしたのか少し黒くなっていた。俺と柚希は篠崎の近くに腰を下ろし、どうやら俺たちが最後だったらしく安藤先輩の号令があり始まった。


「……とまあこうやって新学期早々集まりはしましたが、特に何も決め事とかはありません。何か質問はありますか?」


 精々の注意事項として天井の舗装作業を終えたので、すぐに栗田先生から壊すなと言われたくらいだ。高校生にでもなって暴れるような奴が居ればそれはそれで問題だが、この学校ならあまりその心配はないだろう。


「ねえねえカズ」

「なんだ?」

「安藤先輩、やけにくりちゃん先生のこと見てない?」

「う~ん?」


 柚希にそう言われ、俺は司会を務める安藤先輩に目を向ける。確かに栗田先生をチラチラ見ている気はするな。栗田先生は相変わらず眠たそうに欠伸をしているけどこれは一体……。


「先輩方も気になりました? 僕も気になってて」

「だよねだよね。これは……ラブの気配ね」

「ラブ!?」

「篠崎君? どうかしましたか?」

「い、いえいえ! 何でもありません!」


 安藤先輩に名前を呼ばれ、驚いたように声を上げた篠崎。確かにいきなりそんなことを言われたらビックリするだろうけど……なるほどラブの気配か。言われてみれば安藤先輩の栗田先生を見つめる目は恋する乙女に見えなくも――


「栗田先生、とりあえずは話はこの辺りでいいですか?」

「いいぞ。よし、それじゃあ残りの時間は図書室の掃除でいいか」

「そうですね……先生」

「あん?」

「……何でもありません」

「……そうか」


 あれ? なんか栗田先生も頭を掻いて照れくさそうにしているけど……もしかして夏休みの間に何かあったのか? 俺と柚希、篠崎は食い入るように二人のことを見つめていた。すると、栗田先生が気づいたのか苦笑されてしまった。


「……これは何かあるね」

「柚希めっちゃイキイキしてる?」

「うん♪」


 まあ俺も一緒だけどさ。

 それから図書室の掃除を始めるのだが、中々安藤先輩と栗田先生に近づくことが出来ない。というか二人とも常に一緒というか、付かず離れずの距離を保っていることもあって手強い。しかし、やっぱりそんな俺たちのことを栗田先生は気付いていたのだろう。安藤先輩に一声掛けてこちらに歩いて来た。


「何か聞きたそうだな?」

「それは……」

「安藤先輩と何かあったんですか?」


 おっとドストレートに聞くね柚希さん……。栗田先生も予想はしてたんだろうけどここまでド直球に聞かれるとは思ってなかったのか目を丸くしていた。だがすぐに笑みを浮かべて頷いた。


「まあ……あったと言えばあったな」

「何があったんですか?」

「すげえ聞いてくるじゃねえか月島……」


 単に気になるのもあるだろうけれど、安藤先輩に柚希はかなり懐いている。だからこそ聞いてみたいと思うんだろうし、何か力にでもなれればと考えているのかもしれない。


「……耳を貸せ二人とも」


 そうして顔を近づけた俺たち二人に、先生は絶対に言うなよと言って言葉を続けてくれた。


「夏祭りがあっただろ? あの時に偶然会ってな……それでしばらく一緒に過ごした後に告白された」

「マジっすか?」

「わああああ!」


 純粋に驚く俺と素敵だと言わんばかりに歓声を上げた柚希。ただと……先生は困ったように笑みを浮かべた。


「俺は教師で安藤は生徒だ。付き合うわけにはいかねえからな、とりあえず断っておいた」

「……まあ仕方ないですね」

「……………」


 生徒と教師の恋愛は残念ながら問題になってしまうことだ。いくらお互いが健全に付き合っていたとしても、それは世間からすれば正しくないことだ。だから先生の判断もおかしい事ではないし正しい事のはずだけど……ちょっとモヤモヤしてしまう。


「……あれ、でもそれじゃあさっきの様子は一体?」

「あ~」


 そうだ。それならあんな風に二人がお互いに照れるような仕草はしないはずだ。それを変に思った俺と柚希に、さっきまでの苦笑から一転して少しだけ照れるように先生はこう言った。


「高校卒業した時にまだ想ってくれていたなら……なんだ。考えると言っちまったんだわ。それで安藤のやつ、分かりましたっつって笑ってよ。その時の笑顔に思わず意識しちまった」

「……おぉ」


 ……何というか、こういう恋の形もあるんだなって思った。

 実を言うと教師と生徒の恋愛を身近で知ることになるとは思わなかったから、やっぱり驚きはあるし困惑もある。けれど……それが間違っている形だと分かっていても応援はしてしまうよな。ま、この話し方だと二人はちゃんと線引きは出来ているみたいだけど。


「おや? その言葉は初耳ですね先生?」


 ビクッと、俺たち三人は肩を震わせて振り返った。そこには困ったように笑う安藤先輩が居た。


「私はちゃんと学生としての線引きはしています。先生に迷惑を掛けるつもりはありませんからね。でも――」


 そこで安藤先輩は改めて先生に目を向けた。


「卒業したら覚悟しておいてくださいね。照れてばかりじゃダメ、行動しないのはもっとダメ、後悔しないために私は先生に想いを伝えますから」

「……分かった」


 ……いい雰囲気を出し始めた二人に遠慮するように、俺と柚希はゆっくりと二人から離れるのだった。

 別に先生に誰にも言うななんて言われなくても口にするつもりはない。だからせめて見守りたいとは思う……あんな風に真っ直ぐに気持ちを言葉にする安藤先輩を見てしまったら、やっぱり小さなことでも力になりたいとは思ってしまうだろう。


「安藤先輩……凄いね。アタシ、ちょっとドキドキしたもん」

「そうだな。それにちょっと意外だった」


 正しく、恋は人を変える……ってことなのかもしれない。

 取り敢えず、ある意味で楽しみなことが一つ増えた瞬間だった。

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