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「ご心配をおかけしました」
明後日に始業式を控えた日、俺の部屋で柚希が深く頭を下げた。別に頭を下げる必要はないし、柚希が無事に快復して良かった。まあ柚希としても頭を下げるほどのことではないと思っているだろうし、あくまでお茶目なやり取りみたいなものだ。
柚希が熱を出して寝込んだのは二日、そこから大事を取って更に二日ほど休んだ次の日が今日だ。
「今日はごめんね? いきなり来ちゃって」
「そんなことはないよ。俺も会いたいと思ってたし」
今日会う約束をしていたわけではないが、朝にいきなり柚希の方からもう大丈夫だから行ってもいいかと提案があったわけだ。暑いし病み上がりということもあって康生さんに車で連れてきてもらったようだが、玄関で会った瞬間柚希が抱き着いて来たのは驚いた。
「だって四日だよ? たった数日だけど寂しかったんだもん」
「はは、そうか」
寂しかった……か。それを言うなら俺も同じだったけれど。
たった数日会えなかっただけ、けれどこの夏休みがあまりに濃すぎたんだ。本当に柚希と一緒に過ごしていたようなものだし……それに、風邪で寝込んでいたからその心配もあって心細かったのかもしれないな。
「とりあえず柚希さん」
「何でしょうか和人君」
「思いっきり」
「うん!」
「抱きしめてよろしいでしょうか?」
「いいよ~! どーん!!」
抱きしめていいか、そう聞いた瞬間柚希が胸元に飛び込んできた。あぁそうだよなこの感覚だ。大げさに言えば長らく自分の半身が居なかったような感じ……ったくどんだけ柚希のことが好きなんだよ俺は。
「カズの匂いだぁ!」
「ちょっと幼児退行してる?」
「そうかなぁ? でも、カズに甘えられるならそれでもいいかもね♪」
ま、こんな子が中身幼児になったらそれはそれで事案だ。
俺は柚希を抱きしめながらその場に座り、背中をベッドに支えてもらうような体勢になった。これは言ったことがあるかもしれないけど、こうやって何かに背中を預ける姿勢で柚希を抱きしめるのが好きなんだ。
「うん……うん、やっぱりそうだ」
「どうしたの?」
「アタシ、本当にカズが大好きだよ」
……分かってるよ。
決して久しぶりではない、それなのにこの笑顔には癒されるし照れてしまう。どこまでも俺のツボを押さえているような柚希の仕草、狙っているわけではないだろうにどうしてこの子はこうなんだろう。
顔を上げた柚希の唇にキスを落とす。
離れようとすると今度は柚希からキスをしてくる。そうして何度も何度も触れ合うだけのキスを繰り返し、どちらからともなく声を出して笑った。
「あはは、アタシたちどれだけお互いを好きなの?」
「どうしようもないくらい?」
「だよねその通り! 大好きカズぅ!!」
「俺も大好きだ柚希!」
ちょっと待ってくれ、周りに誰も居ないからこんな感じだけど……自分で言うのもなんだがこれってバカップルってやつなのでは。自身で理解するのは少し変な気分だが、腕の中に居る柚希を思えばそれこそ俺たちだって思え……あぁヤバい、なんか今日の俺はテンションがおかしいぞ。
「ねえカズ、しりとりしない?」
「しりとり? いいよ」
「じゃあアタシからね? リス」
唐突に始まったしりとり、特に俺は何も考えることなく続けている。
「スイカ」
「カラス」
「ストレート」
「トップス」
「寿司」
「シラス」
「……酢昆布」
「ブース」
……何だろうこれ、柚希から返ってくる言葉の最後が全部“す”なんだが……なるほど、柚希のこれは明らかに一文字で攻める勝ちを意識した戦い方のようだ。ならば俺も負けるわけには行かない、とことん食らいついて勝ってやろうじゃないか!
「彗星」
「イス」
「す……す……スイカバー!
「アイス」
「……………」
……やばい、すから始まる言葉他に何があったっけ。
きっとまだまだたくさんあるんだろうけど場の雰囲気に吞まれるように出てこないんだが。
……あ、ならこれでどうだ。
「スイス」
必殺す返し、これなら柚希も結構悩むのでは――
「スクールバス」
全く悩みのない真っ直ぐな答えをありがとうございます……。
悩む俺を柚希はニコニコしながら見つめているが……何だろう、その瞳には少し期待のようなものが滲んでいる。それに、こうしてすばかりで攻めてくるのには理由があるのかな。
「……水蒸気」
「キス」
キス、さっき俺たちがしたことを思い出させる言葉だ。キス……いやまさか、そんなことを柚希は望んでいるのかな。でもいつだって言える言葉だし……試しに言ってみるか。
「好き?」
好き……隙でもいいか。かなり分かりにくいが、柚希はそれを言わせようとしたんじゃないかなと俺は思ったんだ。
「その様子だと気づいたみたいだね? あはは、ごめんね? 意地でもカズに好きって言わせたかったの」
「……可愛すぎかよ」
「当然、カズの彼女はこんなに可愛いんだぞぉ?」
うん、いつも可愛いんだけど今日は一段と愛情表現というか……はい、とにかく柚希が可愛いです。
満足した様子の柚希は一旦俺から離れ、来た時に持っていた白い箱を手に取った。
「ケーキ買ってきたんだ。一緒に食べよう?」
「あぁそれで……うん、いただくよ」
おかしい、いつもより甘酸っぱい気がするのは俺の気のせいかな。
柚希がイチゴのショートケーキ、俺はチョコケーキを食べる。お互いに違う味だからこそ気になるらしく、柚希がちょうだいと催促してきた。
「あ~ん」
「あむ……う~ん美味しい♪」
本当に美味しそうに頬に手を当て感想を口にした。そして、お返しと言わんばかりに柚希も俺に差し出して来た。
「あ~ん♪」
「あむ」
チョコとは違う甘さ……うん、これも凄く美味しかった。
そうして二人でケーキを味わいながら、他愛無い話をして時間を潰す。やっぱり一人で居るよりも、柚希が傍に居てくれるだけでこんなにも心が躍るんだなと俺は改めて思った。
「あ~あ、もう夏休みも終わっちゃうね。体育祭に学園祭かぁ……二学期もイベント沢山だけどそれはそれで疲れそう」
「確かにな。学校が始まった出る種目とかも決めないと……あぁでも、応援歌とかはもう決まったんだったか」
「そうだよ。女子は男子に制服を借りるんだって。この暑いのに長袖はきついけどまあ仕方ないよね」
応援歌の披露は十分程度だし、それくらいなら我慢すれば大丈夫だろう。
「ねえカズ、カズの制服借りても良い?」
「全然いいよ」
「ありがと♪」
それくらい全然構わない……というか、他の人に借りられたらそれはそれで嫌というか……う~ん、こんな嫉妬心は醜いのだろうか。
そんなことを一人思っていると、試しに柚希が着てみたいと口にした。俺はタンスを開けてハンガーに掛かっている制服を手に取った。衣替えをしてから来てなかったので凄く綺麗だ。
「……すぅ……はぁ」
俺から制服を受け取った柚希はしわが出来ない程度に顔を近づけ、その匂いを嗅ぐのだが当然クリーニングに出したのもあって俺の匂いはしない。そのことに少し残念そうにしながらも、柚希は俺の制服を着るのだった。
「どう?」
「なんというか新鮮だな」
そもそも女子が男子の制服を着ること自体珍しいのだが、こうして柚希が俺の制服を着ている姿もその例に漏れず新鮮だった。
「大きいから胸も苦しくないね」
ちゃんとボタンも止まってくれて良かったよ。
ただ……やっぱり男子の制服ということで、ちょうど柚希のスカートと同じ丈くらいまでは長さがあった。だからこうしていると下に何も履いてないように見える。
結局、それから数分柚希は俺の制服を着たままだった。本番で貸すことを約束しそれまでは再びタンスの中に仕舞っておく。そうして元々座っていた場所に腰を下ろそうとしたその時、柚希にキスをされた。
「ちゅ……えへへ」
目の前で照れるように笑った柚希に応えるように、俺もまたさっきと同じようにキスのお返しをした。
そうして二人でベッドに倒れ込むが、何度も言うが柚希は病み上がりなので無理をさせるわけには行かない。それから俺たちは触れては離れてを繰り返すキスを続けるのだった。
「……最後までアタシたち我慢できるかな?」
「頑張ろう……」
「うん……無理だと思うけどね♪」
そうして、今年の夏休みは終わりを迎えるのだった。
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