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「あれ?」


 夏休みも終わり間近、ふと思い立って部屋の掃除をしていた柚希はとある物を押し入れの中から発見した。

 少しだけ埃を被ってしまっているノート――日記だ。かつてやんちゃをしていた時代、毎日が楽しくてそれを日記書き記していたのだ。いつしか飽きてやらなくなってしまったが、懐かしいなと柚希は日記を手に取った。


「流石にボロボロだなぁ……でも、凄く懐かしい」


 ちなみに、この日記を書いていたのは決まって柚希が一人の時だ。だからこそ乃愛を含め藍華と康生も、そして幼馴染たちもこの日記の存在は知らない。

 うろ覚えではあってもどんな内容かは既に覚えていない。柚希は懐かしい記憶を掘り起こすように日記を開いた。子供ながらの汚い絵と文字が書かれており、当然今と違うなと柚希は苦笑した。


 〇月△日 きょうもみんなにあたしのいだいさをおもいしらせた!!


「……何やってんのアタシ」


 最初から読むわけではなく、途中で開いたページがちょうどそう書かれていた。偉大さって何だよと自身にツッコミを入れる中、何となくまたみんなをイジメたのかなと過去の自分を恥じると同時に、若干の申し訳なさを感じてしまう。


 〇月□日 りんがおとこのこになかされたからしかえししたらおかあさんにやりすぎっておこられた……げせぬ


「解せぬって武士かいアンタは」


 でも何となく柚希はその時のことを覚えていた。特に仲良くもなかった男子だけどあれはたぶん凛を好きだったんだろう。好きな人にはちょっかいを出したくなる、けれどあの時は少しやりすぎだった。泣かされていた凛を空が守る中、柚希はその男子に飛び蹴りをかまし、倒れてもなお追撃を食らわせまくった。確かに母親が怒るくらいにはやりすぎたかもしれない。


 〇月▽日 れんにだきついているとみやびがなきそうになる……どうしてかな?


「……ふふ、そうだよね。恋愛なんて全く知らないもんね」


 まだ小さい時だからこそ雅も恋愛感情とは思わなかったはずだ。どうしてか分からないけれど蓮が他の女子と仲良くしていると気に入らない、そんな漠然とした気持ちを抱いていたんだと思われる。

 このまま順番に読んでいても終わらないと思い、思い切って何ページが飛ばして見た。すると少し漢字が増えてきた。


 □月◇日 空をいつものようにからかったんだけど、本当にやめてくれって言われてしまった。少し考えた方がいいかもしれない。でもでも! 空のくせに生意気!


「……何となく覚えてるかな。いつものようにちょっかいを掛けたら様子が違ってて本当に嫌そうにされたんだっけ。それで少し変わろうと思ったのかな」


 ある時期を境に空たちにプロレス技を掛けたりしなくなった柚希だが……案外こうして人の反応を見て身の振り方を考えたのかもしれない。そうなのかもしれないしそうでないのかもしれない、今となっては過去に戻らない限り自分の考えは分からないのでお手上げだ。

 それから日記のページは減っていき、おそらく飽きてきたんだと思われる。パラパラと捲っていると何故か引き寄せられるページがあった。そこを開くと、柚希にとってそれは正に運命と言えるものだったのかもしれない。


 ▽月〇日 今日新しい友達が出来た! かーくんって言って……何だろ、ちょっと泣き虫みたいだけど優しかった。また会いたいなぁ


「……ここにもあったんだ。アタシたちを繋ぐ思い出が」


 自分の知らないところで、それこそこうやって見てみないと分からない場所でしっかりと過去と繋がっている。あの写真だけしか残ってないと思っていただけに、こうして実際に自分の文字でその時のことが書いてあるのは嬉しかった。


「ふふ、ちょっと書いてみようかな」


 今となれば自分はどんなことを書くだろう。そんなことを思いながら机に日記を置き、シャーペンではなく鉛筆を手に取った。


「……う~ん」


 いざ書こうとすると少し迷ってしまう。なので本能の命ずるがままに、柚希は特に何も考えずふわっとした気持ちの中鉛筆を走らせた。


 〇月▼日 今日もカズを想って生きていく。あぁ好き、好きすぎてヤバい。どれだけヤバいかっていうと……


 そこで柚希は鉛筆を放り投げた。


「ダメだ……何かを書こうとしてもカズのことばっかり出てきちゃう。このままだと好きって文字で埋め尽くされそう」


 実際に授業中に和人のことを考えていた時、自分でも気づかない間にページ一面が好きの文字で埋め尽くされていた時があった。その時は苦笑いしたものの、ある意味自分に戦慄した瞬間だった。


「……はぁ、さようならアタシの日記。また今度会おうね」


 そんな時は来ないかもしれないけれど、そう思って日記を押し入れに戻した。

 懐かしさと共にある意味黒歴史の集大成みたいな遺物は隠した。うんうんと頷いて改めて掃除を再開させる。

 ガサゴソと音を立てながら、一階に居るだろう父と母にうるさいと思われないかの心配だけして掃除を続けていく。以前に和人の家の掃除を手伝ったことがあり、その時に柚希の方も掃除するなら手伝うと言ってくれたのだが……流石に今みたいに見られたくないモノが考えられるので伝えてはいなかった。


「よし、こんなものね」


 満足できるくらいに掃除を終えることが出来た。

 数日後には学校が始まるのでその準備もしないといけないが、特に何も慌てる必要はなさそうだ。和人と宿題は既に終わらせているし、休み明けのテストも問題はないと言えるだろう。


「明日はカズの家に行こうかなぁ……ふふ、アタシこの夏休みでどれだけカズと遊んだんだろう」


 数えられないほど……とは言えないが、かなり出掛けたと思っている。みんなと集まるのはもちろん、二人でデートもたくさんした。夏祭りにも行ったしプールにも行った。本当に楽しかったし、もっともっと和人と触れ合えたと思っている。

 空たちと過ごすのももちろん楽しいが、それ以上に和人との時間は本当に幸せな瞬間なのだ。


「こほっ! こほっ! 埃舞ってる?」


 少し喉がムズムズしてしまい咳が出てしまった。

 換気のために窓を開け、冷房も消しているので暑さはあるものの我慢は出来る。明日のことを考えて笑みを溢す中、姿見に映る自分を見た。


「……アタシって綺麗だね」


 なんてことを言ってみる。

 恋する女の子はどこまでも綺麗に、可愛くなれることを知っている。柚希の場合は元から優れた美貌を持っているのだが、本人は本当にそれに気づけていない。和人が可愛いとか綺麗とか言ってくれるので理解は出来ているものの、凛や雅の方が可愛いし綺麗だと思っているのも事実なのだ。


「カズだけがそう思ってくれればいいもんね」


 結局、自身の容姿がどれだけ優れていようが和人以外の評価はどうでもいい。家族と幼馴染は別にして、それ以外の見知らぬ人に言われても何も響かないのだから。


「……あ、アタシまたカズのこと考えてるよぉ」


 これは病気だ、カズのこと思っちゃう病だと柚希は苦笑する。

 鏡に映る頬が紅潮した自分、熱を持った頬に続くように体の方も熱を持つように少し暑いと感じた。


「換気はこんなんでいいかな」


 窓を閉めて冷房を付けると、冷たいが風が室内に広がっていく。


「あぁ涼しい」


 胸元をパタパタとさせると、服の中に冷たい風が入ってくるようだ。大きな胸の谷間に指を入れて少し開くようにすると更に涼しかった。


「夏場って大きいと困るよねぇ。汗疹とか出ると最悪だし」


 ケアをしっかりしているのであまり汗疹になることもないが、昔一度なった時は本当に痛かった。少し擦れるだけで痛いので、動きたくなくてジッとしていたのを覚えている。


「アイスでも食べよっと」


 暑い日にはアイス、そう思って柚希は立ち上がった。しかし、少し頭がボーっとしてふらついてしまう。


「おっとっと」


 幸い転ぶことはなかったがちょっと危なかった。

 部屋を出てリビングに向かい、冷凍庫からアイスを取り出して部屋に持っていくのだがその途中で藍華に呼び止められた。


「柚希? ちょっと顔赤くない?」

「暑いからじゃない?」

「……それもそうよね」


 部屋に戻った柚希はゆっくりとアイスを食べていく。

 広がっていく冷たさと甘さに幸せな気持ちになりながら、明日は和人とどんな風に過ごそうかと考えるのだった。


 少しだけ、止まらない咳に首を傾げながら。

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