107

 夏休みも残り僅かとなった。

 あの日、まさかのみんながうちに集合するといった事態もあったが……あの時笑いながら過去を話していたみんなが血祭りにされ、改めて柚希と凛さんの強さを思い知った出来事だった。

 凛さんはうん……その後に続く言葉を察しはしたけれど、女の子からしたら絶対に思い出しくない記憶の一つなんだろうなと思う。


「……あっちぃ」


 さて、そんな賑やかだった日が過ぎ去り俺は今街中に居た。


「あっついねぇ」


 もちろん隣には当然のように柚希が居た。

 どうしてこの汗を掻くような真夏の空の下を歩いているのか、それにはちゃんとした目的があった。今年からオープンしたというレジャー施設、その中のプールに遊びに行くことになったのだ。

 海とはまた違った雰囲気もあるだろうし、そういった場所に柚希と二人で行けるのもまた俺自身凄く嬉しかった。


「遊べる時に遊んどかないとね♪」

「だな。けどプールは久しぶりだよ」


 友人とプールに行ったのは中学が最後かもしれない。今から行くような大きい施設のプールにはもちろん行ったことはないので本当に楽しみなのだ。

 二人で歩く中、ようやくその建物に辿り着いた。

 外からも分かる綺麗な作りで新しいというのは間違いないらしい。それに利用客も凄まじいくらいに多い。


「行こうか」

「うん」


 受付でロッカーの鍵をもらい、柚希と別れて更衣室に向かった。一応実際にプールの傍で集合することにしているので俺は向かうことに。


「……おぉ」


 プールがでけえ……って当たり前か。物凄い人の多さはともかくとして、かなりの高さから下に向かっているウォータースライダーは是非やってみたいものだ。


「お待たせ!」


 そうして初めて見る光景に圧倒されていると、そんな声が聞こえて背中から柚希が抱き着いて来た。雅さんの別荘に行った時に着ていた水着だけど、やっぱり柚希のそんな姿は破壊力が凄まじかった。


「ふふん♪ カズの目線を釘付けにするアタシっていい女でしょ?」


 いい女が具体的にどういった部分を指すのかは分からないが、スタイルの良さもそうだけど柚希の内面の全てを含めて素敵な女性だと思っているよ。何度こう思ったかは分からないが、俺の前に居る素敵な彼女のことを思えばいくらでもそんな言葉は出てくるってものだ。


「よ~し泳ごうよカズ!」

「おうよ!」


 もちろん、準備体操はしっかりするのが大切だ。

 柚希と一緒にプールに飛び込み、多くの人々とすれ違いながら水を浴びる。普通のプールもあれば強い波に身を任せるようなものもあって、初めて来た身としては本当に目移りしそうだった。


「きゃっ!?」


 他の利用客とぶつかり体勢を崩しそうになった柚希を抱き抱え、大丈夫かと声を掛けると少しだけ頬を赤く染めて頷いた。


「……どうしようカズ。アタシさ、やっぱりどんなカズもかっこよく見えちゃうよ」


 そう言った柚希はチュっと軽くキスをしてきた。色んな人が見ていたが、悪戯が成功したような柚希の笑顔を見ているとどうでもいいとさえ思える。どこまで彼女に夢中なんだと言いたくなるが、そんなものはもはや今更だな。


「ねえカズ、あれ行かない?」


 柚希が指を向けたのは俺がさっきやってみたいと言ったウォータースライダーだった。柚希の提案に頷き、俺たちは階段を登っていく。利用客が多い分ここにもやっぱり人は多かった。順番が進むのはかなり遅かったが、ようやく俺たちの出番がやってきた。


「お二人で滑られても大丈夫ですよ」


 っと、係員の人に言われたのでまず柚希が腰を下ろした。そしてその後ろから俺も座り、体勢としては足の間に柚希が座っているような形になる。


「行くよ?」

「れっつご~♪」


 腰を滑らせるようにすると、一気に俺たち二人は同時にスライダーの中を滑っていく。そこまで急ではないので危険はないとのことだが、俺はこの時少しだけ思い出したことがある。中学時代の修学旅行で遊園地に行った時、ジェットコースターで地獄を見たのを。

 あれよりは遥かに楽ではあったが、少しだけ怖くなってしまい柚希の体のとある部分を握りしめてしまった。


「きゃん!?」


 可愛らしい悲鳴が聞こえたと思ったら水の中にダイブ、何とか無事に着水出来たようで安心する。

 ……ただ、あの時握りしめた物は間違いない。あの柔らかさと弾力は絶対にアレだろう。もう幾度となく触っているから間違えるわけがない。


「カズのえっち♪」


 嬉しそうに言わないでください柚希さん。

 それからは少しはしゃぎすぎたのでのんびりしようと思ったのだが、そこで柚希に近づいてくる人が居た。見た目的には俺たちとそう変わらないけれど、おそらくは大学生くらいかもしれない。


「……おっと!」


 その男は分かりやすく声を上げ、あたかも大勢を崩したかのように柚希へと体を寄せてきた。突然のことだったので俺はすぐに動けなかったのだが、柚希がちょうど腕を動かし肘の部分が男の顔に来る場所へ……すると。


「ふごっ!?」


 ゴツッと鈍い音を立てて柚希の肘が男の鼻っ柱に命中した。幸いに鼻血は出ていないようだったが……あれはかなり痛そうだぞ。

 鼻に手を当てて涙目になる男に、柚希は少しだけ怖い声を出しながらこう言った。


「今のわざとですよね? 触らないでください気持ち悪い」

「……っ」


 俺からは柚希の顔が見えないものの、一体どんな顔をしているのか気になる。こちらに振り向いた柚希は笑顔を浮かべていたが、あんな目に遭って何も言わない男を見るにやはりわざとだったんだろう。

 俺は柚希の肩を抱いてすぐにこの場から離れるのだった。ちなみに、その間ずっと柚希はプールの水で肘をゴシゴシ擦っていた。


「結構オーバーかもしれないけど……アタシはカズにしか触れられたくないよ」

「さっきの、咄嗟に動けなくてごめんな」

「ううん、大丈夫だよ。カズがそう思ってくれて、こうやって腕を抱いてくれているだけで忘れられるもん。大好きだよカズ」


 そうしてまた、俺たちはキスをした。

 さて、のんびりするということで俺たちはプールサイドに上がって飲み物をもらった。そのまま椅子に座って話をしていると、目の前で一人の女の子が転げてしまったのだ。つい俺と柚希は立ち上がりそうになったが、その子のお兄ちゃんらしき子が手を差し伸べて起こした。


「ほら、気を付けろよ~」

「ありがとお兄ちゃん」


 ……なんつうか、ホッコリするよなこういうの。

 今の兄妹のやり取りを見ていると、ふと柚希が口を開いた。


「自分より下の子……アタシの場合は妹になるけど、やっぱり守りたいって思うんだよね。誰かが言ってたけど、どうして姉と兄は早く生まれてくるのか――それは後から生まれてくる妹や弟を守るためだって」

「あぁ、俺も聞いたことあるよ」


 俺には一人っ子だからその辺りの気持ちは分からない……でも、乃愛ちゃんのことを考えればその気持ちは理解できる。俺にとっては彼女の妹だけど、大切な存在に変わりはない。あの子のことを守りたい、そう思わないわけではないから。


「喧嘩もするし、汚い言葉で罵り合ったりするけど最後には仲直りしていつも通りに戻る。そうじゃない人も居るとは思うけど……アタシにとって、乃愛はそれくらい大切な妹なんだよ」


 優しさと思いやり、それを滲ませた柚希の微笑みだった。

 この場に乃愛ちゃんが居たらきっと顔を真っ赤にして照れることは間違いない。それだけあの子は柚希に愛されているし大切に想われている。そしてそれは一方通行なものではなく、そんな愛を向けられる乃愛ちゃんもまた柚希に同様の想いを抱いているんだ。


「眩しいなぁ」

「そうかな。ふふ、でもその中にはもうカズだって居るんだよ?」

「そう言われると嬉しいよ」

「あの子、洋介の次にカズの話題が多いからね。それくらい大好きなんだと思うよ」


 そうか、それはとても嬉しい限りだよ。


 それからもしばらく、俺たちは二人のんびりとした時間を過ごすのだった。

 夏休みが終わり学校は二学期が始まる。二学期もまた体育祭や学園祭などで大いに盛り上がる時期だ。また色々と問題は起こるかもしれないけれど、みんなで笑い飛ばすような楽しみがきっと俺たちを待っているはずだ。


「もしも洋介じゃなくてカズを好きになってたら……考えるだけで恐ろしいわ」

「そこまで?」

「あの子、アタシと一緒で好きな人には猪突猛進だからね」

「猪突猛進って……でもその自覚はあったんだ」

「当たり前じゃん、だってカズを好きな気持ち抑えられないもん♪」


 こんな風に可愛い彼女を前にしたらそれは俺も同じだけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る