105
夏休みも僅かになり、月島邸にて乃愛が暇を持て余していた。
宿題も済ませやることはなくなり、かといっても漫画を読んだりしていても退屈はなくならない。柚希は凛と雅の二人に誘われ遊びに出たので家におらず、洋介も今日は忙しいとのことだ。
「あ~暇だな~!」
康生と藍華も家にはおらず、本当に乃愛は一人だ。
『そういや和人の家に空と蓮が遊びに行くって言ってたぞ?』
「……ふむ」
洋介との電話でそんなことを聞いた。柚希が居ないのに和人の家にお邪魔するのはいかがなものか……なんてことを考えたものの、退屈と寂しさの前にはどうでもよくなってしまう。ということで、乃愛はスマホを手に取って和人に電話した。
『もしもし』
「もしもしお兄さん? ちょっといいかな」
現状を説明し、非常に暇だから助けてほしい、そう言うと電話先で困ったように溜息が聞こえた。けれどすぐに、和人はこう言ってくれるのだった。
『分かった。今から来る?』
「いく~!」
せっせと荷物を準備を整え、乃愛は家を飛び出した。一度泊まりに行っているので家までの道は完璧だ。そのまま和人の家に向かっていると、途中で見覚えのある人影があった――というか和人だった。
「あれ、お兄さん?」
「あぁ来たか。何かあったらマズいから出迎えにね」
「……ありがと」
そこまで気を遣わなくても良かったのに、そうは思ったが乃愛は和人の厚意に甘えることにした。
「空君たちが遊びに行ってるんだよね?」
「朝から来てたよ。高校生が三人集まってずっとテレビゲームだ」
「あはは、外は暑いし家の中だとそんなものじゃない?」
こんな暑さの日でも外で遊ぶ人は居るだろうし、部活は普通にやっている。けれどやっぱり夏の日は冷房の効いた涼しい部屋で遊びたいってものである。和人に連れられて家まで向かい、玄関を潜った時にちょうど雪菜が顔を出した。
「あら、乃愛ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは雪菜さん!」
盛大に休みを謳歌していたのか見るからに涼しい恰好をしている。ゆっくりしてらっしゃいと雪菜に言われ、元気に返事を返した乃愛はそのまま和人の部屋まで向かった。
「お、来たか」
「おっす乃愛」
「やっぱり居たんだ」
遊びに来ていた空と蓮がテレビにかじりつく様にゲームをしている。二人がやっているのは対戦型のゲームになるが、攻撃を食らう度に呻き声を上げ、攻撃をすれば汚い声を発する……まあ、対戦をしていればよく見られる光景だ。
「男ばかりの空間に花が咲いたみたいなものだからもっと喜んでいいんだよ?」
「ちんちくりんのガキが増えたってな――」
「ふん!」
「おごっ!?」
「ナイスだぞ乃愛!」
思いっきり蓮の背中から飛び蹴りを食らわせた乃愛、痛みに悶える蓮を見て空がニヤリと笑い勝負は決した。
「何しやがるてめえ!」
「……良い度胸だねれーくん」
「……あ、えっと……その……ごめんなさい」
「だ~め♪」
「ひえっ」
キャットファイトが始まってしまった。
明らかに蓮の方が体格はいいのに、もっと体の小さい乃愛にプロレス技を掛けられていた。一体その体のどこにそんな力があるんだと言わんばかりだが、こうしているとまるで柚希の片鱗を感じさせるかのようだ。
「お前はいっつも一言多いんだよ。そういうところは洋介と一緒だな」
「お前に言われたかねえよ!?」
「そーくんは人のこと言えないでしょ」
「……そうだな」
「いや納得するのかよ」
思わずと言った様子で和人は軽く空の頭を叩いた。
「だってなぁ……言われてみればその通りだったし」
「そうか……」
空へのツッコミはともかく、いい加減に蓮の顔が青くなってきたので和人は止めるために乃愛に声を掛けた。
「乃愛ちゃんそろそろ止めよう」
「は~い」
思ったよりもあっさりと乃愛は蓮から離れた。ぜぇぜぇと息をする蓮を見て如何に乃愛の技が強力なのかが理解できる。
「お姉ちゃんと一緒に良くテレビで見てたからねぇ」
「ほ~」
「ゴリラ女が……」
「あ?」
「……俺は悪くない悪いのはこの口だ!」
「いやお前だよ」
乃愛が加わり一気に騒がしくなってしまった。まあだが、男だけでゲームばかりしてるのもあれなのでこうして乃愛が来てくれたのは有難い事なのかもしれない。
相変わらず蓮に乃愛がガンを飛ばす中、ふと表情を変えた乃愛が口を開いた。
「れーくんって初めてお兄さんの家に来たんだっけ?」
「そうだぜ? それにしても和人の母ちゃんいい人だな。綺麗だし優しいし、羨ましいくらいいい母ちゃんだよ」
「そうかい、ありがとな」
母親を褒められ満更でもない様子の和人だ。だがもう一人、当然でしょと声を上げた存在が居た。それはもちろん乃愛である。
「その程度で雪菜さんを語るなんて百万年早いよれーくん。雪菜さんは本当に優しくて女神みたいな人なんだから!」
「なんでお前が自慢げなんだよ」
柚希と一緒に和人の家に泊まった時、少しの時間ではあったが雪菜と接する瞬間があったからだろう。柚希もそうだし乃愛にいたっても雪菜にかなり懐いている。女神かはともかく、乃愛の中で雪菜の存在が大きいのは確かなようだ。
「私も参加していい?」
「いいぞ」
「コントローラーを握れよ乃愛、叩き潰してやる」
数分後、乃愛に完膚なきまでに叩き潰された蓮が居た。
「……お前強すぎだろ」
「凛ちゃんとよくやってるもん。楽勝楽勝♪」
「そう言えば凛って意外とゲーム得意だもんなぁ……」
「でもビックリするくらい上手だったな。凄いな乃愛ちゃん」
「えへへ、もっと褒めていいんだよお兄さん♪」
そう言って乃愛は胡坐を掻いて座る和人の足に座るように腰を下ろした。ニコニコと笑みを浮かべる乃愛と、困ったように仕方ないなとそのままの姿勢を続ける和人の姿に、空と蓮は珍しいもの見るような顔になった。
「本当に仲良いんだな」
「こうしてると兄妹みたいだぜ」
「当然じゃん、お姉ちゃんの彼氏ってことは私のお兄さんだもん!」
ね? そう振り向いて同意を求めた乃愛に和人は苦笑しながら頷いた。
「まあ……大切な妹みたいな存在、そう言ったからな」
以前乃愛に言ったことを和人は思い出す。
改めて口に出すと恥ずかしいものだが、和人の言葉を聞いて乃愛は本当に嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
「可愛く笑うじゃん」
「でしょう? 惚れても良いんだよ?」
「ないない」
「……………」
深く息を吸った乃愛を和人は宥めるのだった。
和人にしても空にしても、そして蓮にしてもこの場にそれぞれ恋人たちが居ないのは寂しい……かと言われればそうでもない。それは別に居なくてもいいという意味ではなく、友人が傍に居るからこそ寂しさを感じないと言った方が正しい。
四人でゲームをしながら、雪菜が持ってきたお菓子とジュースも楽しんでいるとふと蓮がこんなことを口にした。
「そう言えば今ふと思い出したんだけどよ、一回乃愛が男子に嫌がらせされたことあったじゃん?」
「あったなそう言えば」
「あったねぇ」
「何か軽くね? 大丈夫だったのか?」
心配そうな目を向ける和人に乃愛は大丈夫だったと答えた。
この出来事は言ってしまえば相手方の逆恨みのようなものだ。乃愛のことを好きだった男子が告白したのだがそれを乃愛が断っただけの話、しかし相手の男はプライドが高かったのか乃愛に嫌がらせをし始めたのだ。
「乃愛が全く気にしなかったから俺たちも気づかなかったけど……あれに気づいた時に柚希はそれはもう凄かったんだぞ?」
「あれは……うん、私も黙ってたのは反省してるよ。お姉ちゃんがあそこまでキレるとは思ってなくて」
一体何があったのか、気になる和人に空が教えてくれた。
嫌がらせとはいっても小さなもので、それこそ乃愛が騒がなければ先生が気づくレベルでもないものだ。けれど、偶然その現場を見た柚希がそれはもう怒り狂ったらしい。流石に蹴りを食らわせたり張り手をしたわけではないが、明らかにその時の柚希の目は相手を殺しそうな目だったらしい。
「……色々あったんだな」
「色々あったぜ? 他にも――」
「れーくんれーくん、あまり言い過ぎると本当に殺されちゃうよ?」
「……それもそうだな。俺もまだ命は惜しい」
「どんだけ柚希には伝説があるんだ?」
「結構あるぞ? それを言うと雅も凄いけどな」
雅さんも? そんな顔をした和人にこれまた空が教えてくれた。しかし、その話を聞く際に何とも蓮と乃愛が怖がっているような仕草をする。
「雅は……なんつうか、倍返しするタイプなんだよ」
「……何となく分かるかもしれん」
やられたらやり返す、倍返しだが当時の口癖だったらしい。
和人の雅に対する印象ではとにかくおっとりとした美人、でも怒ると少し怖いという印象だ。だが話を聞くと、どうも幼馴染の中で一番怒ると手が付けられないのは雅らしく、中学時代何かがあったみたいだが詳しくは聞けなかった。
「追い詰めて追い詰めて、んで刺す……みたいな感じだ」
「へぇ……」
「ねえれーくん、割と本気でれーくん浮気したら絶対殺されると思うんだよね私」
「怖いことを言うんじゃない!」
っと、夏なのに何故か少しひんやりした空気だったようだ。
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