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「じゃ~ん!」

「おぉ……」


 俺は思わず目の前の光景に声を漏らす。俺の目の前には水色を基調とした浴衣に身を包む柚希が居た。基本的に何を着ても似合う柚希だけど、このような和風な装いもやっぱり似合っていた。

 派手な髪色が映えるような装い……写メ取っておこう。


「柚希」

「えへへ、ピース!」


 可愛い笑顔を浮かべる彼女をしっかりと残すように写真を撮った。よし、しばらくこの写真を待ち受けにしておこう。ふとした拍子にスマホを見た時、柚希が出迎えてくれるのは凄い幸せなことだと思う。


「それじゃあいこっか」

「あぁ」


 お盆が過ぎ、夏休みもあと僅かと言ったところだ。今日は街で開かれる夏祭りの日である。元々今日は二人で出掛けようと約束していたし、今日のために柚希が浴衣を用意していたのも聞いていた。

 実を言うと、今日を俺はかなり楽しみにしていたようなものだ。それは柚希も同じらしく、ワクワクしている様子がどうも隠せていない。


「夜だから少し涼しいね」


 夏なのでまだまだ日中は暑いけれど、夜になるとその暑さも少しは軽減される。柚希が言ったように夜というのを抜きにしても、今日に関してはかなり過ごしやすい夜になっている。

 夏祭りということで色んな出店が出る他、小さな子供が遊ぶアトラクションであったり、極めつけには花火も打ちあがるのだ。だからなのか、俺たちのようにカップルもそうだし友人たちで集まっている人たちも居て……老若男女問わず、人の出はかなり多かった。


「……えへへ」

「どうした?」

「ううん、カズはたぶん無意識だと思うんだけど……手、繋いでくれたからさ。それが嬉しかったの」

「……あ」


 確かに人の出が多いしはぐれないようにしないと、そう思っていたけどまさか自分でも気づかないうちに柚希の手を握っていたとは。少し驚いたけど、それだけ無意識にも柚希を大切に想っているのか考えると少しだけ誇らしい。


「ねえねえ、色々あるけどどうする? アタシちょっとお腹空いてるんだよね」

「たこ焼きでも買う? 焼きそばとかもあるけど」

「全部買おう!」


 おぉマジか。とはいっても二つずつ買うわけではなく、一つずつ買った。近くのベンチに座り、人々の喧騒を眺めながら俺たちは小腹を満たしていく。


「このたこ焼き美味しいよ。はいカズ」

「おう……あつ……でも美味いな」

「でしょ~」


 それにしても……隣に座る柚希は本当に美味しそうにパクパクと食べていく。俺も半分は食べているけど、逆に柚希も半分食べているということだ。女の子にしては柚希はそこそこ食べる方だけど、何だろうな……こんな風に幸せそうに食事をする柚希を見るのはやっぱり良いな。


「どうしたの?」

「いやなんでも、ってソースが」


 汚れてはマズいと思ってソースを手に取ったのだが、柚希は俺のその指をパクッと咥えるのだった。すぐに離れるかと思いきや、舌も使って入念に舐め回してくる。これもうソースとか関係ないじゃん、そう思う頃には柚希の口元から聞こえる音が妙に生々しく、変な気分になるのを抑えるようになんとか指を抜くのだった。


「あはは……ごめんね。ついいつもの癖で」

「柚希さん、その言い方だといつも俺が柚希に指を舐めさせているように聞こえるんだけど」


 近くに座っている人がギョッとしていたから誤解を招く言い方はやめようね。まあいつもの癖、それがどうしてあのようにいやらしい音を立てたのかは……うん、言わないで心の中に留めておこう。ニシシと笑う柚希をきっと分かって口にしたんだろうしな。

 それからたこ焼きと焼きそばを食べ終え、ゴミをちゃんと処理してから再び俺たちは歩き出した。


「ねえカズ」

「うん?」

「ありがとね」

「え?」


 突然のお礼に俺はつい足を止めてしまった。柚希は照れるように頬を赤くしながらこう言葉を続けた。


「アタシさ、すっごく幸せなの。何度も言っているし伝わっているとは思うけど、こうやってカズの傍に居られるのが本当に幸せ。だから、これからもよろしくね♪」


 そう言って胸に飛び込んできた彼女を抱き留めた。


「それは俺も一緒だよ。これからも……それこそ末永くよろしく」

「うん♪」


 ……っと、そのまましばらくお互いに見つめ合ってキスをした。道のド真ん中、それこそ人の往来が多い中でだ。俺たち二人はハッとするように我に返り、お互いに苦笑して再び足を動かした。

 そんな中、柚希と手を繋いで歩いていると見覚えのある集団が前を歩いていた。


「次はどこ行く?」

「俺腹減ったんだけど」

「私疲れたぁ」

「アンタ疲れるの早すぎでしょ」


 八人くらいの男女の集団……その全員の顔に見覚えがある。竜崎や涼月、以前再会した三人組と同じく中学の頃の同級生だ。別に声を掛けるほど親しくはなく、わざわざ名前を呼んで紹介するほどでもない。

 そのまま彼らとすれ違う際に、何人かが俺を見てから柚希に視線を向けた。そのタイミングを見計らったのかは分からないが、柚希がちょうど口を開いた。


「花火が始まるまで……どこかに隠れてイチャイチャする?」


 表情と仕草、声音にいたるまでその全てが男を刺激するものだった。俺もその例に漏れることはなく、ドキッと跳ねた心臓を誤魔化すように大きく咳をする。柚希はそんな俺を楽しそうに見つめ、ギュッと腕を抱いて歩き出した。


「さっきの知り合いでしょ?」

「中学の同級生……ってよく分かったね?」

「うん。カズの横顔を見ていたからね。視線の動きと表情の変化で分かったの」

「凄いなマジで」


 探偵になれるのでは柚希さん。


「カズのことだからだよ。それ以外は分からないし知る気もないけど……カズのことは別だよ。アタシさ、もっともっとカズのことを知りたい」

「もうほとんど知られてるようなものだけど」

「まあそうだけどさぁ、気分だよ気分♪」


 ……俺としても、柚希のことはある程度分かっているつもりだ。けれど、こんなことを言われるとまだまだ俺は照れてしまって慣れそうにない。どうしての子はこんなにも俺を喜ばせてくれる言葉をくれるのか……それを考えた時、最近ではすぐに答えが出てくるんだ。


「柚希は……いや」

「言ってみてよ。たぶん、何を言おうとしてるかもう分かってるから」


 別に自意識過剰なわけじゃない、そう思えるから俺はこう口にした。


「なんで柚希が俺を分かってくれるのか……柚希が俺を好きだから……か」


 そう言った俺に、柚希が返してくる言葉も同じものだった。


「うん。そしてカズがアタシのことを良く分かるのも、アタシのことが好きだからでしょう?」


 そうお互いに口にして、その通りだなと一緒に笑う。

 あぁ恥ずかしい……恥ずかしいけど、これが俺たちなんだなと改めて思った。お互いにどうしようもないくらいに好きなんだ。だからこそ、おのずと相手のことが理解できてしまう。


「ねえカズ、凄い恥ずかしいこと言っても良い?」

「何を?」

「アタシたちさ――最高の二人だよね♪」


 その時の笑顔に、俺は彼女にもっと夢中になるんだなと直感した。

 それから俺たちは街を巡りながら楽しい時間を過ごし、そしてそろそろ花火が始まるということで俺たちは街並みが一望出来る高台に向かった。花火を見るだけなら絶好の場所だけど、結構階段がきつかった。だから予想通り、俺たち以外にこの場には人が居ない。


「絶景だね。それに凄く静かだし……ふふ、キツイ階段を登ったアタシたちだけの特権ってやつかな」

「けどごめんな。ここに来る提案をして」

「全然いいよ。むしろ二人っきりになりたかったし」


 ベンチに座り、俺たちは街並みを眺めながらその時を待つ。

 ここに来る前に買っておいた飲み物で喉を潤し……そして、暗い空に綺麗な花が咲いた。


「わぁ、凄く綺麗!」

「……………」


 俺からすれば、花火を見て喜ぶ君の横顔の方が綺麗だけど……ってやめとけやめとけ、今は花火に集中する時!

 色んな姿を見せる花火、そんな幻想的な光景を前にして俺たちはただただ身を寄せ合っている。夏なので少し暑いとは思うもののそこまで気にはならない。


「……カズ」

「キス?」

「うん」


 バーンと、大きな音が響き光に照らされる中で、俺たちは先ほどのようにどちらからともなく顔を近づけた。


「……ぅん……ちゅ」


 触れるだけのキス、啄むようなキス、そして舌を絡め合うキスをした。瞳を潤ませる柚希を誘うように、俺は花火が終わったら家に来ないかと誘った。その誘いに柚希は当然と言わんばかりに頷いてくれるのだった。


 夏祭り、思えば去年は空と一緒に出掛けて色んなものを食うだけだった。もちろん花火には興味がなくて、祭りのメインは花火なのに俺たちはそれが始まる前に帰るのが普通だった。


 けれど、今年はやっぱり違う。

 愛おしい人と傍に居るだけで、こんなにも違った景色になるとは思わなかった。これからもずっと、こんな景色が続く様に……そして、来年もまた柚希と一緒にこの場所に来れるように……祈るだけではなく、俺はこの子の傍に居ると強く誓うのだった。


「カズ、本当に本当にだいす――」


 柚希の声を遮るように、特大の音を響かせて大きな花火が打ち上がった。


「こらああああ! アタシが喋ってるんだから邪魔をするなあああ!!」

「ぷふっ……あははは!」


 本当に君が傍に居ると笑顔にしかなれないな……うん、それが最高に幸せだよ。

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