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「それじゃあ和人、柚希ちゃんも準備はいい?」

「あぁ」

「はい!」


 返事をした二人に頷き、私は車を発進させた。

 お盆の初日、お墓参りに行くには絶好のお天気になった。毎年和人と一緒にやっていることだけど、まさか柚希ちゃんまで付いてくるとは思わなかった。一応挨拶をしたいと言われていたとはいえ……まだ高校生なのに、そこまでの行動力には本当に驚くばかりである。


「本当は乃愛も来たがってたんだけどねぇ」

「そうなの?」

「うん。まあでも、ちょっと遠慮してもらったんだよ」

「へぇ」


 後ろで二人仲良さそうに話す姿を見て、私は自分のことのように嬉しかった。

 それは和人が恋人を作って幸せそうに笑っているのももちろんだけど、ちゃんと高校生らしく青春を謳歌していることが何より嬉しかったのだ。


「……………」


 そんな二人を見ていると私は感慨深い気持ちになると同時に、和人と一緒に夫の帰りを待ち……そして、あの電話が掛かってきたことを思い出す。


『三城様の奥様でしょうか? 実は――』


 交通事故……それも、相手は飲酒運転をした車との正面衝突だった。電話でそれを聞き、呆然として私は携帯を手から落としたのだ。どうしたのかと幼い和人が私を見てきて、そこで正気に戻った私はすぐに病院へと向かった。

 呼吸器を付けられた夫の姿を見て、私はどうしていただろう。ずっと和人の手を握って泣いていたのか、それとも涙すら流すことが出来ずに現実を受け入れられなかったのか。


『パパ、まだ起きないの?』


 幼いからこそ状況が理解出来ずにいた和人の純粋さに、私はどうか夫を助けてほしいと神に祈り続けた……しかし、頭を強く打っていた夫は結局そのまま目を覚ますことはなく、この世から去ってしまった。

 愛していた、ずっとずっと傍に居ると信じていた夫の急死……実を言えば、私も後を追おうかとさえ思った。けれど、そんな私を繋ぎ留めてくれたのが和人だった。


『ママ、おれがずっとママをまもるから!』


 きっと和人は深く考えてそんなことを言ったわけではない、それが分かっていてもその言葉にどれだけ私は救われただろうか。あぁそうだ。この子を守っていく、それが私のするべきことだと新たに生きる意味が生まれた。

 けれどやっぱり夫が居ない寂しさと仕事のストレスは容赦なく私を襲い、以前に和人に話したことはあったけど、手を出そうとしたことも少なくはない。


『雪菜、アンタは和人を守ると誓ったでしょう。ならそれを、その気持ちを裏切ることはやめなさい』


 そう自分で自分に言い聞かせ、私は和人が自慢できる母親で在ろうとした。

 そんな風に夫が居ない生活はある意味他の家族とは違う。だからこそ、小学校の行事などで父親が居ない和人には寂しい思いをさせたと思う。


『……う~ん、母さんが居るから寂しくないからなぁ』


 なんて、夫が聞いたら泣いてしまいそうなことを言うものだから苦笑してしまう。休日には夫を外に連れ出してキャッチボールをせがむような子だったのに、まあそれも過去を引き摺ってないことの証明でもあり、和人が強く育ってくれたのだと安心させてくれた。


 和人は強く、優しく、逞しく育ってくれた。しかし、私には一つの心配事があったのだ。それは和人が友達と遊んだりすることよりも私を優先してしまうことだ。小学生や中学生くらいなら友達と遊んだり、或いは泊まりに行ったりすることも多いだろう。けれど、和人は極力外に出ることはなかったのだ。


 家事も手伝ってくれるし、色々なことを私に代わってやろうともしてくれた。私はそれを和人の優しさでもあり、同時に私に縛り付けているのではないかと……そう思ってしまったのだ。それとなく話をしても、和人は気にしてない風で……いや、本当に気にしないのだ。和人は本心から私を助けようとしてくれていた。


 そんな風に私を優先してくれる和人……けれど、私はもう少し和人には自分の為に生きてほしかった。高校生という一度きりの人生、素敵な彼女でも作ってその人の為に時間を使ってほしかった……。


「それでね、凛と乃愛ったらひどいんだよ?」

「あはは、それはひどいなぁ」


 でも、そんな私の心配は彼女が……柚希ちゃんが払いのけてくれた。

 和人が仲良くしている女の子の話は聞いていたけど、まさか家にお見舞いに来るほどに仲が良いとは思っていなかった。そうして柚希ちゃんと知り合い、少しして和人と付き合うことになり……私の目から見てもお似合いのカップルで、同時に私を安心させてくれた。


「……………」


 和人の中で何かの変化が起こり、和人は柚希ちゃんとの時間を大切にするようになった。もちろん、今でも私のことを考えてくれるのは当然だけど、それでもいい方向に和人は変わってくれた。

 ……少しだけ、寂しいというか嫉妬みたいな気持ちがないわけではない。でも私は柚希ちゃんに感謝している。柚希ちゃんは和人が好きで好きでたまらないって、こっちが恥ずかしくなるくらいに口にするけど、そんな和人を変えてくれたのは他でもない柚希ちゃんなのだ。


「そこも柚希の優しさだよな」

「う~ん、そうなのかなぁ」

「そうだよ。そういうところ好きだ凄く」

「えへへ、ありがと♪」


 私が居てもお構いなく……か。でも、本当に仲が良い二人だ。

 それからしばらく車を走らせ続け、ようやく目的地に着いた。やっぱりこういう時期だからか家族連れをよく見る。


「暑いですね。雪菜さん、大丈夫ですか?」

「ふふ、ありがとう柚希ちゃん。これくらい平気よ」


 こんなさり気ない気遣いですらしてくれるなんて、本当に良い子を見つけたわね和人は。こんなに素敵な子なら絶対に浮気なんて考えられないでしょうし……いいえ、そもそも和人がそういうことすること自体が想像出来ないけど。


「……何だよ母さん」

「何でもないわ。ねえ柚希ちゃん、和人は本当に良い子でしょ?」

「はい! 良い子……アタシからすればカッコいい彼氏ですけど、傍にカズが居るだけでアタシは幸せです!」


 あぁ……この笑顔に癒されるわね。

 私と和人の後に続く様に私たちはお墓の前まで来た。


「……三城……将太しょうたさん」


 小さく夫の名前を呟いた柚希ちゃん。

 ……将太、今あなたの名前を呟いたのが私たちの息子の彼女よ。


「久しぶり……あなた」


 一年振りだけど、元気にしていたかしら。ここに来て挨拶をすると、今にもあなたが現れそうな気がする。元気な姿で、変わらない笑顔でひょこっと出てきそうな気さえしてしまう。


「……っ!」


 少し顔を下げ、そして上げた時……一瞬あなたの姿が見えた気がした。和人と柚希ちゃんを優しく見つめ、次いで私を見て微笑んでくれたあなたを――






「一年振りだな父さん」


 こういう時、決して声が返ってくるわけがないのに声を掛けてしまう。それはもう癖みたいなもので、毎年毎年繰り返していることだ。


「今年さ、彼女が出来たんだ」


 そう言うと、柚希が一歩前に出た。


「初めまして、月島柚希と言います。和人君とお付き合いをしています」


 ……あぁそうか、何か違うと思ったら呼び方か。改めて柚希から和人君って呼ばれると新鮮な気がするよ。


「ずっとお会いしたいと思っていました。良い機会でしたので、少し我儘を言って付いて来たんです……えへへ、本当は話したいことがたくさんあったんですけど、なんかちょっと緊張してるみたいです」


 緊張か、確かにいつもより硬い気がするな。でも、こんな柚希を見るのもやっぱり珍しい気がする。柚希は小さく深呼吸をして、ゆっくりと言葉を続けた。


「アタシ、初めて男の人を好きになりました。その人が和人君で、こんなに素敵な人が彼氏になってくれて……それをどれだけ嬉しいと思ったか。言い出すとキリがないですけど、それくらいアタシは和人君のことが好きなんです」


「アタシはこれからも和人君の傍に居たいです。ずっとずっと好きで居たいです。ですから……えっと、これからもどうか見守っていただけると嬉しいです」


 そう言って柚希は頭を下げた。


「えへへ、言い切ったよ」

「うん。きっと届いたと思うわ」

「そうだな……どうだ父さん、俺の彼女は素敵な人だろ?」


 そう言うと、風が強く吹いた気がした。

 まるで今の声に父さんが応えてくれたかのようで……俺と柚希、母さんは三人揃って笑みをクスッと笑うのだった。


「それじゃあ水で流して……拭いて……」

「あ、アタシもやりたいです」

「母さん休んでろよ」

「仲間外れはやめなさい!」


 ったく、俺が言うのもなんだけど墓の前で騒がしくするなよな。

 でも、きっとこんな俺たちを見て父さんは笑っているんだろう。元気にしている母さんを見て安心し、俺と柚希を見て祝福してくれているようなそんな気がするんだ。


 だから父さん、柚希も言ったけど見守ってくれると嬉しい。

 俺たちはずっと笑顔で居るから……そうすれば、父さんも心配したりすることなくずっと笑顔で居られるだろ?






『和人、母さんに似て良い子を見つけたな。大切にしろよ?』



 ……はは。


 当然だよ。

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