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「……あ、寝てたんだ」

「あら、どうやら結構疲れてたみたいね」


 和人と柚希が付き合ってから百日目の今日、それに気づいたのはついさっきだったが今日はそんな記念すべき日である。とはいっても唐突なことだったのでパーティのような大げさなモノではなく、いつもよりも少し豪華な夕飯を用意するくらいだ。


 そんな中、夕飯を済ませ三人で雑談をしていた時、ふと和人が静かだなと思って柚希が目を向けると、彼は既に夢の世界に旅立っていた。

 休みの日とはいえ朝早く起きていたのもあるし、聞くところによると空と一緒に遅くまでオンラインゲームを遊んでいたとのことなので、その分の疲れが出てしまったのだろう。


「何か、嬉しいような困ったような顔してない?」

「……そうですね」


 雪菜にそう言われてよく見てみると、確かに眠っている和人の表情の変化はそんな感じがした。一体どんな夢を見ているのか、柚希は気になったものの他人の夢を知ることは出来ない。


「カズ~?」

「……っ」


 やっぱり困ったような表情になり、そして――


「カ~ズ!」

「っ……」


 今度は照れたような、嬉しそうな表情になった。


「何だろう気になる~!」

「ふふ、本当にね。和人が起きて覚えていたら教えてもらいましょう」


 雪菜の言葉に頷き、柚希は和人に早く起きてよねと頬を突くのだった。

 さて、そんな和人どうしてそんな表情を寝ながらにして浮かべているのか、ズバリ彼はとある夢を見ていた。その夢はもしかしたらあったかもしれない世界線、和人にとっては確かに困るだろうし、同時に嬉しく思うようなそんな世界だった。


 では覗いてみよう、彼がどんな夢を見ているのか。







「……っ……朝か」


 朝、小鳥の囀りが聞こえて目を覚ます。

 基本的に朝には強い方なので頭はすぐに覚醒した。そこで俺は一旦、布団の中に誰も居ないことに気づいて安心した。


「今日は来なかったか……はは、嬉しいのやら寂しいのやら不思議だな本当に」


 “高校三年”の俺には一つ下と二つ下の“妹”が居るのだが、二人とも俺を兄としてとても慕ってくれる良い子で可愛い二人だ。ただ……上の妹に関しては少し愛が強いというか何というか。

 そんなことを考えていると、外からダダダッと足音が聞こえてきた。来たかと、俺はベッドの上で待ち構える姿勢になる。するとドアが開き、綺麗なサラサラとした髪を揺らして少女が飛び込んできた。


「おはようカズ兄!!」

「ぐっ……おはよう柚希」


 飛び込んできたのは一つ下の妹で柚希、俺の妹になる子だ。本当に俺と兄妹なのかと思うほどの美貌の持ち主で、学校でも良く告白をされるのは有名な話だ。そんな美人な柚希だが、その告白の全てを断っている。


「カズ兄の匂いだぁ……あぁ好き……好きだよぉカズ兄」

「はいはい。分かったから退いてもらっていいか?」

「い~や♪ もう少しこうしてる!」


 強めに体を押されて俺は柚希に押し倒される形になった。こうして柚希に触れられていると香りもそうだが……何より柚希はスタイルが良い。だから色々と困ったことになりそうで毎回毎回困ってしまう。けれどやっぱり妹ということもあって、そこまでの動揺がないのも確かだ。


「お姉ちゃん? お兄ちゃんを起こし……ってもうお姉ちゃん! 朝ご飯食べないといけないのに何してるの!」


 次に現れたのは二つ下、もう一人の妹である乃愛だ。柚希と違って色々と小さいけれど彼女に似てやっぱり美人だ。乃愛は俺に抱き着く柚希に怒りながら近づいて来るも、何故か俺をチラチラと見て何かを言いたそうにしていた。


「おいで、乃愛」

「あ……」


 もう何年もずっと一緒だからな。柚希だけでなく、乃愛のこともよく分かっているつもりだ。乃愛を手招きすると、彼女は恥ずかしそうにしながらもゆっくりとこちらに近づいて来た。

 少しだけ柚希を強引に退かすようにして乃愛は抱き着いて来た。


「……はふぅ!」


 ご満悦、そう言わんばかりに乃愛は可愛い声を上げた。


「おはよう乃愛」

「おはようお兄ちゃん!」


 そうして二人の妹に抱き着かれることしばらく、時計を見て正気に戻った二人に連れられるように俺はリビングに向かった。

 両親は朝早いので家にはおらず、こうして妹たちと食卓を囲むのは俺にとってはもはや普通の光景だ。二人と雑談をしながら楽しく朝食を済ませ、身嗜みを整え、学校に向かう準備を済ませて俺たちは家を出た。


「……二人とも、歩きづらいんだが」

「今更じゃんカズ兄」

「そうだよお兄ちゃん」


 左腕を柚希に、右腕を乃愛に抱きしめられて歩みを進める。兄妹なのでこれも一つのスキンシップと思えば気が楽ではあるが、二人とも学校ではかなりの人気者なので嫉妬されることも少なくない。

 かといって強引に離そうとすれば悲しそうにしてしまうし……俺としては、絶対に二人の悲しむ顔は見たくな気持ちがある。だからあまり強く言えないんだよな。


「……全く、いつか俺に彼女とかできたらどうすんだ」


 そんな予定はないけど……やばい、自分で言って悲しくなった。ただ、そんな俺の一言に対する二人の反応は……正直怖かった。


「カズ兄に彼女なんて出来ないよ? 絶対に出来ない、だってアタシが傍に居るもんそうだよね?」

「ふふ♪ そうだよ、お兄ちゃんはずっと私たちのお兄ちゃんなの。知らない女の人と付き合うなんて許さないよ?」


 ……抱きしめられる腕に力が込められちょっと痛いくらいだ。それだけじゃなくて二人の言葉に異様な圧があり、向けられる瞳には光がなかった。怖い、シンプルに怖くて体が震えそうだった。


「ねえカズ兄」

「なんだ……?」


 柚希に呼ばれ、俺は恐る恐る柚希を見た。柚希は全く笑うことはなく、ジッと俺の目を見つめて淡々と言葉を続けた。


「カズ兄のクラスにアタシ以上の女の子って居る? 可愛くて、綺麗で、料理が上手で、おっぱいが大きくてスタイルも良い、そんな女の子が居るの?」

「それは……」


 居ない、確かにそうだ。というか柚希のこの言葉、かなりの自分に自信を持っている言葉だが普段は絶対に言うことがない。こうして俺が関わった時にだけ、こんなことを口にするのだ彼女は。


「居ないよね~♪ お姉ちゃん以上の女の人なんて早々居ないよ絶対に」


 そして乃愛に関しては俺が誰かと恋愛することを嫌いはするものの、それが柚希だった場合は特に何も言うことはないらしい。単純に俺が離れていくことが嫌なんだと以前に教えてくれた。


「……これはもう、実力行使に出るしかなさそうね」


 少しだけ不穏な柚希の呟きが聞こえたものの、俺はようやく学校に着いた。もちろん二人に腕を抱きしめられている形で。


「お、和人兄さんおはよう」

「おはようございます和人さん」


 後輩であり友人でもある空と凛の二人が声を掛けてきた。二人は俺たちを見て相変わらずだなと言った具合に苦笑している。そう笑うくらいなら二人を離してほしいんだが……。


「それは無理だな。柚希に殺されたくないし」

「そうですねぇ。私も柚希は怖いですし」


 ……どうやら味方は居ないようだ。

 とはいえ、こんな風に妹たちに困ることはあっても幸福なのは違いないだろう。二人が居るからこそ、家に居ても寂しくはないし寧ろ楽しい……まあ、これから色々と大変なことは多いとは思うが何とかなると思うしかなさそうだな。


「あ」


 下駄箱に入っていた一枚の手紙、それを手にした時まるで殺気のようなものを感じた。柚希たちとは少し離れているので気づかれるはずもない……一応中身の確認ぐらいは後でしておこうと思ってポケットにしまった。

 だが、彼女たちは待っていた。


「カズ兄」

「お兄ちゃん」

「……何でしょうか」


 待ち構える二人は俺に手を出す。


「今隠したもの出して?」

「見てないけど分かるんだよ? お兄ちゃんのことならなんだって」

「……………」


 ごめん、やっぱり怖いかもしれない。

 後ろで腹を抱えて笑っている空と凛を恨めしく思いながら、俺は観念して二人にポケットに仕舞った手紙を見せるのだった。







「……なんで……分かったんだ……っ」

「あらあら、本当にどんな夢を見ているのかしらね」

「気になりますねぇ……このカズの表情、きっと誰かが困らせてるんですよ!」

「そうなると誰かしら……柚希ちゃんは誰だと思う?」

「少なくともアタシじゃないと思いますけど……乃愛辺りじゃないですか?」


 柚希さん、半分その答えは的を射ていた。

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