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「お姉ちゃん~」

「どうしたの?」

「なんでもない」

「ふ~ん」


「お姉ちゃん~」

「……なによ」

「なんでもない」

「……ふ~ん」


「お姉ちゃん~」

「っ……なに?」

「大好き」

「アタシもよ」


 っと、良く分からないやり取りをしているのは月島姉妹である。柚希は和人と、そして乃愛は洋介と毎日会うわけではない。こうして家でお互いにのんびりしていれば絶対と言っていいほど乃愛が柚希の部屋にやってくる。

 特に目的があるわけでもないのに部屋にやってくる乃愛に対し、柚希は困ったようにするものの基本的に返したりはしない。


「乃愛、アンタ宿題は終わりそうなの?」

「万事大丈夫だよ~。お姉ちゃんの妹だし」


 別に宿題に関して柚希の妹かどうかは関係ないのだが、頭の良さで言えば柚希と通じるものがある。柚希と乃愛はお互い性格は全く違うのだが、二人とも頭はとにかく良かった。

 才色兼備、正にその言葉が似合う二人である。


「今日お兄さんは?」

「空と一緒に出掛けるそうよ。二人でロボットアニメの映画を見るって」

「へぇ……」


 そこはお姉ちゃんと一緒に映画じゃないのかい、そうツッコミを入れたくなった乃愛だが和人が空と仲が良いのは知っている。なので彼女との時間だけでなく、友人との時間を大切にするのは良い事だと乃愛は思っている。


「お姉ちゃんも行きたかったんじゃない?」

「カズとならどこにだって行きたいけど……やっぱりアタシとしては空との時間も大切にしてほしいからさ」


 一緒に居たい、それこそ四六時中和人と一緒に居たいと柚希は思っている。けれどそんな気持ちを優先して和人を縛るのはダメだと分かっている。もちろんそんな独占欲を見せても和人は笑って受け入れてくれるだろうが、そんな我儘な女に柚希はなりたくなかった。


「お兄さんは幸せ者だねぇ。お姉ちゃんみたいな人が彼女で」

「何言ってるのよ。アタシの方が幸せだっての。カズみたいな素敵な彼氏が居るんだから」


 冷房が効いてるはずのに暑いな、乃愛はそう思った。

 そんな時、ピンポンとインターホンが鳴って柚希が起き上がった。実は今日、彼女たちの知り合いが一人遊びに来ることになっている。


「あ、来たね凛ちゃん」


 今乃愛が口にしたように、家に来たのは凛である。

 和人と空が出掛けたということは必然的に凛もフリーになる。なのでせっかくだからと柚希が家に呼んだのだ。


「お邪魔します」

「いらっしゃい」

「いらっしゃい凛ちゃん!」


 涼しそうなワンピース姿の凛が部屋に入ってきた。


「凛ちゃん凛ちゃん」

「なんですか?」

「そーちゃんが傍に居ないことについて一言!」

「寂しいですよ」

「お、おぉ……」


 寂しいですよ、その一言には凄まじいほどの圧が込められていた。とはいえ、それはあくまで演技のようなものであり、そこまで気にしているわけではない。


「空君にとって和人君は大切な友人です。そちらの時間も大切にしてほしいですからね。いくら恋人になったばかりとはいえ、我儘を言うのは嫌ですから」

「……お姉ちゃんみたいなこと言うんだね」


 柚希と同じように、凛もそれはそれは四六時中と言ってもいいくらい空の傍に居たいのは確かだ。けれども空自身の時間も大切にしてほしい、その辺に関しては柚希と考えることは同じである。

 嫉妬するし独占欲もある、出来ることならずっと傍に居たい……けれども相手のことを尊重し自分の時間を大切にしてほしいとそう考えているのだ。


「……いいなぁ、彼氏が居るのって」


 乃愛にとっては、そんな風に考えられる二人を凄いと思うと同時に、羨ましいとも思ってしまう。相変わらず、洋介はまだ乃愛のことを手の掛かる妹程度にしか思っていない……もしかしたらずっとこのままじゃないのか、なんてことを考えてしまう。


「大丈夫よ」

「大丈夫ですよ」

「へ?」


 そんな乃愛に同時に声が掛けられた。

 柚希と凛は慈愛のこもった瞳で乃愛を見つめる。そんな目に見つめられると恥ずかしくなってしまうが、乃愛は二人から視線を逸らさなかった。


「洋介なら大丈夫よ。ああ見えて乃愛のことしっかり考えてるから」

「そうですよ。洋介君は馬鹿ですけど、乃愛ちゃんのことはよく見てますから」

「ああ見えてとか馬鹿とか酷くない? いやその通りだけど」


 あの唐変木め、そんなことを乃愛はここに居ない男を想って呟く。


「案外すぐに答えは出そうですけどね」

「え?」

「ふふ、なんでもありません」


 聞き返した乃愛に何でもないと凛は返した。

 それから女三人で雑談をしながら時間を潰していく。本来なら雅も呼びたかったところなのだが、あちらはあちらでちゃんと蓮とデートしているらしい。和人と柚希のイチャイチャに目が行きすぎているのもあるが、あの二人も相当なレベルでお互いに想い合っている。


「そろそろ映画は終わった頃でしょうかね」

「あぁ結構時間経ったのね……う~ん!」


 腕を伸ばし、気持ちよさそうに伸びをして腕をだらんと下ろした。その拍子に大きな胸が揺れたのを見て凛の瞳孔が開いた。


「……牛乳め」

「酷いわねアンタ……」


 割とマジで巨乳は悪だと思っている凛にとって、柚希の親友だがその胸に抱えている忌まわしき物体は別である。自分にはない大きな胸、その半分すらないことのなんと惨めなことか……そこで凛は乃愛を見た。


「……仲間ですね♪」

「その目ウザいんだけど凛ちゃん」


 年上だろうと知ったことではない、自分の胸を見て嬉しそうに笑った凛に素直な気持ちが言葉として乃愛の口から出た。


「そんなに気になる事かしら……。大きくても肩凝って大変なのよ?」


 ギロリと、凛と乃愛は柚希を見た。異様なほどの恐ろしい視線に流石の柚希もビクッと体を震わす。


「ある人はそう言えるんだよ」

「そうですよ。巨乳滅べクソッタレ」


 やっぱり二人の前で胸の話は禁句だなと、柚希は心に刻んだ。そして、何故だか立ち上がった二人は柚希のすぐ傍に腰を下ろした。一体何だと首を傾げる柚希、二人はそれぞれ手を伸ばしてそのまま柚希の胸に触れた。


「……柔らかい」

「でしょう? 反則だよねこれ」


 凛が左、乃愛が右の胸を揉みながらそう呟いた。大きさもそうだが柔らかさ、そして感じる温もりからは何とも言えない安心感を感じる。なるほど、和人はこれに夢中になっているのかと二人は思った。


「あやかりましょう。私たちも胸が大きくなると」

「そうだね! まだまだ可能性はあるんだから」

「どうでもいいけど揉むのをやめなさい」


 ペシンペシンと二人の額にチョップが振り下ろされた。そこまで勢いがあったわけではないがいい音を立てた分、二人はそこそこ痛そうに額に手を当てている。


「でもね凛ちゃん、あの胸に顔を埋めると凄く安心するんだよ」

「そうなんですか?」

「だからアンタは何を言ってるのよ! ……凛?」

「私、気になります!」


 どこぞのキャラみたいな声を上げた凛に柚希は大きく溜息を吐いた。正直めんどくさいのだが、こうなると凛が退かないのは柚希も分かっている。なので、すぐに済ませるために柚希は凛の頭を抱えた。

 いつも和人にしているのと同じように、自身の胸に凛の顔を抱くのだった。


「……お~」


 顔面で柔らかさを感じた凛は感動したように声を上げた。


「ほらほら、凄いでしょ?」

「はい……これは落ち着きますね」


 そこで落ち着くという感想が出てくる辺り、凛も中々の感性を持っているようだ。

 数秒そうやってした後、柚希ははいおしまいと言って凛を解放した。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げた凛、続く様に乃愛が手を上げた。


「はい! 次は私!」

「アンタはダメ」

「ええ~!! いいもん実力行使だ!!」


 ガバっと、柚希に乃愛は抱き着いた。

 そのまま胸に顔を埋めて幸せそうにする乃愛に、流石に柚希も仕方ないなといった表情になって頭を撫でた。


「……こうしてると本当に姉妹って感じですね」


 ずっと昔から見ていたものだが、改めて二人の仲の良さを凛は垣間見た気がする。

 空が傍に居ないのは寂しいことだが、こうして親友とその妹と過ごすのもやっぱりいいものだと凛は笑うのだった。


「そう言えばお兄さんとそーくん何の映画見に行ったのかな?」

「……あぁなんだって。凛は聞いてる?」

「閃光のなんとかっていうのは聞きましたけど……今度聞いてみましょうかね」

 

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