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「……うあ?」


 眠りこけていた片割れ、空が目を覚ました。比較的どんな場合であっても目覚めの良い空だからこそ、すぐに現状を理解した。

 みんなが外で遊ぼうとする中、眠くなったので遠慮なしに眠ったのだ。凛には少し申し訳ない気持ちになったものの、実を言えば凛とのさりげないスキンシップにいつも以上にドキドキしてしまい、疲れが蓄積していたのもある。


「……和人か」


 小さな寝息が聞こえたので横を見てみると、そこには“親友”の姿があった。いつも柚希と一緒に居る光景ばかり最近は見ていたので、こうして一人で休んでいる姿はどこか新鮮だった。


「……やれやれ系主人公……今更だけどそんな風に呼ばれてたっけか」


 かつて、そう和人に言われたことをふと思い出した。その度に否定はしていたがよくよく考えればある意味その通りかもしれないと苦笑する。自分は決して主人公と呼ばれる人間ではないが、美男美女の幼馴染に囲まれ、嫌われることはなく寧ろ仲良くしてもらっていたのだからある意味当てはまってしまう。


 昔は凛を始め誰かが困っていたら手を差し伸べていた。自分の弱さを見せないためにと強がって拒絶されたとしても話してくれるまで傍に居た。それだけ、空にとって幼馴染たちは大切だったのだ。

 大切な幼馴染たち、そんな空の周りに変化を起こしたのは間違いなく今隣で眠っている和人の存在だ。全く話したことはなく絡みもなかったのに、席が近くになっただけで繋がりが出来た。


『俺は三城和人、よろしくな?』


 ……一つ謝るとするなら、その自己紹介に対して空は物凄く眠たそうに、更にはめんどくさそうに返事をしたことだろうか。だが幸いにも和人は嫌な顔せず、笑って空のことを受け入れてくれた。


 些細なものだったのだ最初の繋がりは。それから時間が経ち、空と和人は今こんな風に互いを心から親友と呼べる間柄になった。

 幼馴染たちから離れようとしていた一時期、それがいいことだと無理矢理納得しても寂しいものは寂しかった。そんな寂しさを埋めてくれた存在……は少し言い過ぎかもしれないが、空が孤独を感じなかったのは間違いなく和人の存在が大きい。


「……なあ和人、お前には感謝してるよ」


 すぴぃすぴぃと空を省みることなく眠り続ける和人、これが漫画の世界なら鼻風船が出来ていてもおかしくはない熟睡ぶりだ。そんな和人の姿に苦笑しつつ、空は自然と言葉を口にしていた――お礼の言葉を。


「ありがとうな親友、これからもよろしく頼むよ」


 握り拳を作り和人の肩を軽く叩いた。すると、和人が空の方へ倒れ込んできた。


「お、おい!」


 空を押し倒すように眠る和人、空は頭でも叩いて起こしてやろうかと思ったが、そこで和人の寝言が聞こえた。


「……柚希……好き……だぁ」

「俺は柚希じゃねえぞ……」


 どうやら今和人は夢の中で柚希を抱きしめているらしい。柚希みたいに触って揉めるものは付いてねえだろと思いながら、眠り続ける和人に声を掛けて起こそうとしたその時だった。


「……あ」

「あ……」


 リビングに現れた柚希と目が合った。ついでに後ろに居た霧島とも目が合った。何とも言えない空気が流れる中、最初に沈黙を破ったのは霧島だった。


「……なるほど、どうやら三城様を狙う刺客は空様だったようですね」

「!?」


 その瞬間、ポカンとしていた柚希の目が真紅に染まった。その瞬間、空は一気に逃げ出したい衝動に駆られたが如何せん、和人に押し倒されている状態なので逃げることが出来ない。


「お、落ち着け柚希! これは不可抗力だ!」


 ゆっくり、ゆっくりと歩いて来る柚希に慌てながら空がそう言うと、柚希は首を傾げるように口を開いた。


「何を怖がってるの? そんなこと分かってるよ嫌だなぁ」

「……?」


 おや、柚希の様子が元に戻ったぞ。

 柚希はそのまま歩いて二人の元へ、和人の体を優しく抱き起こした。そうして空と和人の間に挟まるように座り、和人の肩を抱いて空にドヤ顔をした。


「ふっ」

「……………」


 どうやら、本気で和人を盗られると思った柚希だったらしい。そんな柚希の様子に溜息を吐きつつ、改めて空は和人と柚希を見た。最初はお互いに全く話すらしなかったのに、一つの切っ掛けでここまで仲が良い……否、良すぎる関係になるのだから人生とは分からないものだ。


「……いや、それは俺もだな」


 本当に正直なことを言うと、あのまま何も変化がなければ絶対に凛と向き合うことはなかったかもしれない。大切にしたい気持ちはあるのに、変な方向に空回りして後悔する……そうして本当に大切な存在を守れず、あの時ああしていればと意味のないもしかしてを考えていたかもしれない。


「お前ら、ずっと仲良しで居ろよ」

「もちろんよ。誰に言ってるの?」


 自信満々に頷いた柚希を見て空は笑った。

 きっと何があってもこの二人は大丈夫だ。けれど、もしもその何かが起きて二人の間に何かがあった時……その時は全力を持って空は助けるつもりだ。大切な幼馴染の柚希を、大切な親友の和人のために。


 まあ、願わくばそんな事態にならないことを祈るばかりである。









 それからのみんなで遊びに来た時間はあっという間に過ぎた。何故か柚希のスキンシップが激しく、空が俺たちを見て微笑ましそうにしていたのは気になったが、柚希に聞いてもカズはアタシが守るとしか言わないし……何かあったのだろうか。


 二日目の夜も問題なく過ごし、翌日の朝になって帰ることに。

 その帰りの車の中で、俺はふと後ろを振り向いた。肩を寄せ合うように眠る空と凛さんの姿だ。

 改めて幼馴染という関係から恋人になった二人……何だろう、この感慨深い気持ちは。まるで自分のことのように嬉しく、二人への祝福の気持ちが尽きない。


「本当にお似合いだよね二人とも」

「あぁ」


 当然、柚希もそんな二人の姿を見て凄く嬉しそうだ。

 実を言うと、二人が付き合うことになるのはまだ先だと俺は思っていた。空が凛さんのことを気になっているのは分かっていたけど、色んな意味で鈍感だからこそ時間が掛かると予想していたわけだ。


「アタシたちも人の事は言えないけど、これからどんな風に二人が接するのか凄く興味があるよ。空は普通かもしれないけど、凛はもう遠慮する必要がないから……凄いことになりそう」


 凄いこととは……でも俺も実を言うと結構気になっている。今までの空と凛さんを知っているからこそ、恋人としての二人がどんな風に接するのか。別荘でも見せてくれた姿だけでなく、他の姿も見せてくれるのかと期待が募る。


「凛ってさ、胸が小さいの気にしてるじゃない?」

「う、うん……」


 ごめん、素直に頷くと凛さんに悪い気がしたのでちょっと戸惑ったよ。柚希はそんな俺の様子に笑いつつ、こんなとんでもないことを口にするのだった。


「好きな人に揉んでもらえば大きくなるって言うから、どんどん空を誘惑しちゃいなよって伝えちゃった」

「……ほ~」

「ほら、アタシがカズにおっぱい揉まれて大きくなったから証明できるし」


 柚希さん、出来ればあまり大きな声で言わないでいただけると……ほら渡辺さんがあらあらまあまあみたいな感じで笑ってるからさ。


「……あ」


 渡辺さんに柚希も気づいたらしく、カッと頬が赤く染まった。


「いいですね若いって」


 ……恥ずかしい。

 それから渡辺さんの運転の下で再び長い道のりを車で走る。空や凛さんみたいに眠たくもならなかったので、俺はずっと景色を見ながら柚希を話をしていた。


「ねえカズ、どうだった? こうやってみんなと出掛けて」

「凄く楽しかったよ。また機会があったら来たいかなって思うくらいに」


 本当にそうだ。もしもまた機会があれば……そう思えるほどに今回みんなで遊んだ時間は充実したものだった。


「そうだね。また来年みんなで来ようよ。それからもずっと……は難しいかもしれないけど、アタシたちはずっと繋がっている。そう思いたいし」


 学生ならまだしも大人になればどうなるか分からない、道が離れる人も当然居るだろう。だからこそ今を大切にしたい、そして出来ればずっとこうでありたいと願う柚希の姿だ。

 寂しそうに呟いた柚希の手を握り、俺も願う。


 この先も、みんなとの繋がりが途切れないように……いつまでも、大切な友人だと言えるように。


「三城様に月島様、その中には私は居ないのでしょうか?」


 っと、そこで渡辺さんがそんなことを言ってきた。俺と柚希はたまらずそんなことはないと首を振ったけど、この人この人で結構楽しんでいたよな。霧島さんもそうだったがずっと笑顔だったようにも思える。

 こうして考えると、今年は本当に色んな人との繋がりが増えた気がする。これ以上を望むのは欲張りかもしれないが、そんな友人たちとの繋がりが途切れないように願うのは神様だって許してくれるだろう。


 そして、隣に居る愛する彼女ともずっと一緒に居られるように……いや、これは願うことじゃないか。傍に居る、そう誓ったもんな。

 ジッと柚希を見ていると気づいた彼女はニコッと笑みを浮かべた。相変わらずの可愛らしい笑みに心が温かくなるのを感じながら、俺たちは帰路につくのだった。


「そう言えば渡辺さんは結婚は――」

「あら、私はしてますよ?」

「……え?」


 どうやら、柚希も知らなかった事実に帰りの話題は決まったようだ。 

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