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「はい、みなさん出来上がりましたよ」

「よしきた肉だあああああ!!」

「うるさいようくん!!」


 夜、楽しい一日目は早くも夕飯時だ。別荘の前で俺たちは夏らしくバーベキューをすることになった。渡辺さんと霧島さんが肉や野菜の面倒を見てくれる中、俺たちは思い思いに好きなものを手に取って食べていく。


「美味しいね」

「うん。本当に美味い」


 隣に座る柚希とそう言って笑い合う。バーベキュー……というか焼肉は基本的に美味しいものだが、こうやってみんなで楽しみながら食べるだけでも雰囲気だけで腹が膨れるかのようだ。

 みんなそれぞれ談笑しながら食べているが、お皿を持って朝比奈さんが近づいて来た。


「三城君、今年初めて私たちと一緒にこういうことしてるけどどうかな?」

「凄く楽しいよ本当に。誘ってくれてありがとう」


 そんな素直な感想を俺は伝えた。柚希と一緒に過ごすことも幸せだけど、こんな風に大勢の友達と過ごすのもやっぱり幸せなことなんだと改めて知った。そんな機会を俺に与えてくれたこと、提案してくれた朝比奈さんには本当に感謝している。もちろん朝比奈さんだけでなく他のみんなにも。


「そっか。良かった良かった」


 嬉しそうに笑った朝比奈さんだけど、ふと思い出したようにこんなことを口にするのだった。


「ねえ三城君、そろそろ私のことも名前で呼んでくれない?」

「え?」

「私と凜ちゃんだけじゃない名字で呼ぶの。だからちょっと仲間外れみたいな気がしてさ」


 別に仲間外れとかそんな意図はなかったけど……青葉さんも野菜を食べながら俺を見てうんうんと頷いていた。名前で呼んでも名字で呼んでもそこまで違いはないと思っていたけど、これもまた友人として認めてくれた証でもあるのかな。


「分かったよ。雅さん、凜さん」

「うん!」

「ふふ、よろしくお願いしますね」


 さて、改めて名前を呼ぶことになったが特に何も変わることはない。嬉しそうに笑ってくれた二人から視線を外し、俺は隣でジッと顔を見つめて来ていた柚希に視線を移した。


「カズがみんなと仲良くしているのを見るとアタシも嬉しいよ」


 けれど、そんな彼らと俺を繋いでくれたのは間違いなく柚希でもある。この温かい繋がりを齎してくれたのは彼女のおかげでもあるのだ。ありがとうと、それだけ伝えると全部分かってくれているようにどういたしましてと答えてくれた。


「お昼に残ったスイカを切りましたので、まだ食べられるって方はどうぞ」


 これだけの人数が居るとはいっても、結構多めに肉や野菜は買っていたらしくかなり腹が膨れてしまった。スイカも欲しいけど……流石にこれ以上食べると夜中にトイレの住人になりそうな気がしたので遠慮することにした。


「ふぅ、みてみてカズ」

「……おぉ」


 そして、柚希もかなりの量を食べていたせいかその影響もあってかお腹がほんの少し膨れていた。女の子にとってお腹が出るのは嬉しいことではないだろうに、柚希はニコニコとお腹を撫でて笑っていた。


「これはまた日々のランニングを頑張らないと!」

「そうだな。俺も頑張らないと」


 勢いよく握り拳を作った柚希に俺も頷いた。

 さて、そうやってバーベキューが終われば花火の時間だ。これまた大量に買ってきたのか持つタイプから打ち上げ花火まで色んなものが揃っていた。


「馬鹿人に向けんな!」

「みてみて蓮君! 綺麗でしょ!」

「……? あれ、打ちあがらないぞ――っ!?」

「そ、空君!?」


 中には危ないことになりかけているのもあるが、みんなそれぞれ騒がしく遊んでいるようだ。まるで本当に子供の集まり、自分たちがまだまだ無邪気で若い高校生なんだと思い知らされる光景だ。


「……あ、落ちちゃった」

「はは、少し揺れちゃったな」


 そんな中、俺と柚希は二人で線香花火を楽しんでいた。周りの賑やかな声を肌で感じながら、二人でしゃがみ込んで赤く迸る花火を静かに見つめる。俺の場合は結構長く持つのだが、どうも柚希は少し苦手らしい。基本的に俺より先に消えてしまっては悔しがっていた。


「うぅ、カズのを優しく触るくらいに慎重なのに……」

「っ!」

「あ、カズの落ちたからアタシの勝ち!」


 おのれ、不意にドキッと来る言葉で攻めてくるとはやりおる。再び戦いに興じるように俺たちは線香花火を手に持つ。そして、俺もお返しと言わんばかりに柚希に聞こえるように口を開いた。


「この火花の激しさは柚希の……」


 ……流石に今から言おうとしたことはセクハラ臭が強すぎたので言えなかった。すると柚希は柚希で俺が言おうとしたことを察したのか、はは~んと笑みを浮かべて肩を当てて来た。


「何を言おうとしたのかなぁ? お返ししようとしたけど恥ずかしくなって言えなくなったその先の言葉は何かなぁ?」

「……ぐぬぬ」

「気になるなぁ? ねえカズ、お姉ちゃんに聞かせてほしいなぁ?」


 何がお姉ちゃんなんだ……完全に勝利の確信をしていらっしゃる。いいさ認めよう恥ずかしがって日和った俺の負けだ。まあこうやって柚希が笑っている感じ、口にしたとしても大したダメージは与えられなさそうだ。

 とはいえ、線香花火の持ち時間勝負は圧倒的に俺の勝利だったわけだが。


「……ぐぬぬ」


 悔しさを露わにする柚希を見てさっきと真逆じゃないかと苦笑する。さて、そんなこんなで花火で夜を締め括ればみんなで風呂の時間だ。もちろん男子と女子は一緒に入るわけには行かないので時間をずらして入ることに。


「……ふぃ~、今日は疲れたな」

「本当にな」


 金の掛かった別荘だけあってお風呂も豪華だった。外の景色を見渡せる二階に作られた風呂……いや、もはや温泉みたいなもんだ。頭と体を洗い終え、俺と蓮は二人仲良くタオルで隠すこともせずにのんびりしていた。

 湯に浸かるのも良いんだが、やっぱり夏ということもあってこうやって足を浸けているだけでも温まるかのよう。もちろんちゃんと肩まで浸かって間違っても風邪だけはひかないように気を付けないといけない。


「極楽極楽」

「……ぐぅ」


 男四人揃って星空を眺めながら湯に浸かる。約一人寝ているのが居るけど……そこで俺は少しボーっとしている空が気になった。ずっと空を眺めて特に口を開くこともなく、ずっと静かなままだった。思えばバーベキューの時も口数が少なかったように感じた。


「空、どうしたんだ?」

「……あぁいや、何でもない」


 明らかに何でもない様子ではないんだが……蓮も気になったのかこっちに近づいて来た。すると流石に空も誤魔化しは効かないかと思ったのか観念したように話し出すのだった。


「昼にさ、和人は居なかったから知らないと思うけど……凜がナンパに遭ったんだ」

「そうなのか?」


 空と蓮は頷いた。

 パラソルの下で休んでいた俺たちの元に戻ってきた時はいつも通りだったしそんなことがあるとは思わなかったけど、そうか……柚希だけでなく青葉さんたちも隙があればナンパされてもおかしくない美貌の持ち主だからな。とはいえ何事もなかったようで良かった。


「その時に……なんだこいつって、気に入らないって思ったんだ」

「……へぇ」

「それは……」


 大切に想う存在が他の男にそう言う目的で声を掛けられたら気に入らないとは思うだろう。それは俺もそうだし、蓮もきっと同じはずだ。でも、まさか空の口からそれを聞けるとは思わなかった。


「……俺、凜が好きだわ」


 その空の声は良く響いた。

 相変わらず洋介は寝ていたが、俺と蓮が互いに顔を見合わせるくらいには驚かせる力を持った空の呟きだった。それに対し、俺と蓮は茶化したりするようなことは決してしない。


「……そうか」

「やっと……か」


 安心するように、ただただ息を吐くのだった。ようやく自分の気持ちに気づいたように、スッキリした顔になった空は笑いながら言葉を続ける。


「何というか……和人と蓮の気持ちが良く分かる気がするよ。誰かを好きになるってことは恥ずかしくもあるけど、同時に幸せなことなんだなって心が温かくなる。そんな気持ちを向ける存在が傍に居ること、それが何よりも幸運なことなんだって」


 思えば、ちょっと前までの空ならこんなことは決して言わなかったと思う。少なからず青葉さんのことを想っていたし気持ちにも当然気づいては居たはずだ。でも自分では釣り合わないからと無理矢理納得するように目を逸らし、ずっと青葉さんの気持ちに向き合うことをしなかった。


「随分と待たしちまったからな……ったく、本当に俺って馬鹿だよ」


 ……ということはもしかして。

 俺と蓮に向かって空は頷き、改めて決意を口にするのだった。


「この後凛たち女子が風呂に入るけど……その後に凜を誘おうと思う。何年も待たせてごめんっていう謝罪と、俺が凛に抱く気持ちを伝えるために」


 少しだけ照れながら空はそう言った。


「……ほんと、馬鹿だよお前はああああ!」


 って、なんか蓮が凄い号泣してる!?

 バシバシと背中を叩いて鼻水まで垂らして……ってきたねえぞ!?


「ほら蓮、あっちで鼻水流せ!」

「……ずまねええええええっ!!」


 ……色々と台無しだけど、これは青葉さんにとって最高のサプライズになるぞきっと。果たしてどうなるか、その時は当然すぐに訪れることになるのだった。

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