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「……その、ごめんな柚希」

「ううん大丈夫だよ。そうだよね、確かに準備出来てなかったし」


 隣で肩を揺らして笑う柚希に俺は謝った。別に悪いことをしたわけではない、ただ期待してくれた柚希に申し訳なかっただけだ。


『……カズ、アタシは重大な問題に気付いたかもしれない――ゴムがないよ』

『うん。俺もそれは思った』

『……うぅ、流石に無しでやるのはダメだから……しゅん』


 わざわざ言葉に出しながら柚希はシュンと肩を落とした。人が来ないとはいっても外でするのは些かレベルが高いわけだが……いくら雰囲気に流されたといえ、ちゃんと守るべきことは守らないといけない。

 別に大丈夫とか、危険日じゃないから大丈夫とか、高校生の身でそんな無責任なことを俺と柚希もお互いに言うつもりはない。なのでセックス“は”しなかった。


「あ~あ、凄く残念だけどちょっとはスッキリしたよねお互いに」


 ニコッとそう言われ俺は頷いた……まあ、思い出すとまた大変なことになりそうなので出来るだけ海を見つめて記憶に蓋をする。海パンだし色々と隠すのは大変なのだ男は……はぁ。


「それじゃあ戻ろっか」

「あぁ」


 ここに来た時と同じように柚希と手を繋ぎ、景色を楽しみながら戻るのだった。当たり前のように何をしていたのか聞かれたけど……柚希の全く隠す気のない言葉に俺の方が顔を赤くしてしまったからな。


「恋人が二人で姿を消したらやることは一つでしょ?」

「な、一体ナニをしたんですか!?」

「お姉ちゃん大胆……」

「まあ普通だよね。私も蓮君とさっき――」

「あ~あ~、雅スイカあるから食べな」


 相変わらず洋介は首を傾げる朴念仁振り、空は察したのか我関せずの様子だ。渡辺さんと霧島さんは若いですねと何やら微笑ましそうに俺たちを見ていた。変に追及されるのも困るが、大人の人に事情を察せられてそんな目を向けられるのは更に恥ずかしいことだと勉強になった。


「三城様、月島様もスイカをどうぞ」

「ありがとうございます」

「わぁ美味しそう! ありがとうございます!」


 パラソルの下に腰を下ろした俺と柚希に渡辺さんがスイカを渡してくれた。キンキンに冷えていたスイカをちょうど切ってくれたらしい。柚希と二人並んで、大きく口を開けて被りつく。しゅっと水分が溢れる感覚、スイカ特有の甘さが口の中に広がり大変美味しかった。


「カズはこれからどうする?」

「少し休憩しようかな」


 そう言ってシートの上に体を投げ出した。パラソルのおかげで影が出来ているものの暑いのには変わりない。でも水着ということもあって吹き抜ける風が丁度良く、こうしているだけで眠ってしまいそうな気さえしてくる。


「そっか、それじゃあアタシも少し休憩しよっと」


 俺と同じように柚希も隣で横になった。

 遊びに出るみんなを見送り、のんびり過ごしていると渡辺さんが話しかけてきた。


「それにしても、三城様はまるで昔からお嬢様たちの輪の中に居たような感じがしますね。不思議なモノです」

「そうですか?」

「はい。朝比奈家に勤めて長いですが、月島様が彼氏をお作りになられたと聞いた時は大層驚いたものです」


 渡辺さんは昔を思い出すように話を続けてくれた。


「昔の月島様は本当にやんちゃでしたからね。聞いていますか?」

「あぁはい。ガキ大将みたいだったとか……」

「も、もうカズ! 渡辺さんもやめてっ!」


 っと、昔のことになるとあまり聞かされたくないのか柚希は話を遮るように大きな声を出した。手元にあったタオルを顔に置いて表情を見られたくないかのようにイヤイヤと体を揺らしていた。


「ふふ、それが今となってはこれほどに可愛らしい方になられました。それも三城様という存在が傍に居たからでしょうか。よろしければ、どのように付き合うことになったのかお聞きしても?」


 それから恥ずかしがる柚希を傍に置いて、俺は渡辺さんの質問に答えていく。途中から柚希も参戦して話を変えるつもりなのかと思いきや、逆にいつぞやの再現のように俺の真似をしながら当時の思い出話を語るのだった。


「それで、付き合うことになったんですよぉ!」

「ほうほう、ロマンチックですね」

「でしょでしょ!? それに、タチの悪い先輩からも守ってくれて……それで!」


 ……今度は俺の方がどうしようもないくらいに恥ずかしいんだが。

 全く止まることのない柚希の弾丸トーク、渡辺さんは表情を変えないけどどこか楽しそうに聞いている節が見受けられた。


「渡辺さんは大の恋バナ好きなんですよ。表情はそこまで変わってないですけど、あれはかなり楽しんで聞いてますよ」

「へぇ……」


 霧島さんがそう教えてくれた。見た目はクールな大人のお姉さんって感じだけどなるほど、渡辺さんはそういうタイプの人なのか。


「でしたら月島様、よろしければ告白の再現をお二人でお願いとかできますか?」

「もちろんです!」

「柚希さん!?」


 目をキラキラさせながら、やろうよと肩を揺らしてくる柚希が可愛い……ってそうじゃなくて、渡辺さん……もしかしたら柚希の扱いをマスターしているのでは。


「私も気になりますね。是非見せていただいても??」

「霧島さんも……」


 それからどうなったのか、まあ特に大変なことはなかった。

 精々言わせてもらえば、満足ですと笑みを浮かべる柚希と恥ずかしさに悶える俺が居たとだけ伝えておこう。






 どちらが早く泳げるか、そんなレースをしている空たち……彼らを楽しそうに凜は見つめていた。毎年の恒例イベントのような海へのお出かけだが、こうやってワイワイガヤガヤするのは好きだ。

 大事な友人たち、そして大好きな空が楽しそうにしている……その輪に決して自分が混ざることはなくこうして眺めていても、凜はそれだけで満足だった。


「……私たちの付き合いも大分長いですねぇ」


 普通の幼馴染はここまで仲が良いというのは稀だろう。年を跨げば跨ぐほど、親しい仲にも徐々に溝が生まれていくのは自然だ。男子と女子ともなれば、その開きは顕著になって現れるだろう。

 しかし、凛たちは決してそうはならなかった。


「……ふふ、本当にみんなと過ごす日々は楽しいです」


 何気ない空との日常、他の幼馴染たちとの変わらない日常、そのどれもが凛にとっては宝物だった。大人になってしまえばこんな繋がりもいつまで続くは分からない、けれどそんな心配をしなくてもこの繋がりが途切れることはないのだと不思議な安心感もあった。


『何があったって俺が守ってやるよ。だから凛、ずっと笑顔で居ろよな!』


 幼い頃、空にそう言われたことを凜は何度も思い出すことが出来る。それだけその時のことが大切だし、空から言われて嬉しかった言葉でもあるからだ。

 長年一緒に過ごしたからこそ強くなる気持ち、いつかは空に届いてくれると信じているがまだ若干の後押しが足りないのか恋人にはまだなっていない。常日頃から空にストレートな気持ちを表現する凛だが、もしも何かが変わってしまったらという恐怖がないわけじゃない。


「……………」


 凜は自分のことを強い人間だとは思っていない、寧ろ弱い人間だと思っている。凛が強く在れたのは皆が傍に居てくれたから、もしも何かのボタンの掛け違いがあって誰とも会わない未来があったとしたら……それを想像するだけで凜は震えてしまう。

 みんなから離れ一人で居たからか、一人の男性が凜に声を掛けた。さっきの柚希同様にナンパみたいなものだ。めんどくさいなと思いながらも、凜は他を当たって下さいと相手にしない。


「そんなこと言わずにさ。一人なんでしょ?」


 そう言って肩に触れる男の手、一瞬で気持ち悪さが全身を駆け巡った。相手に激昂されるとは分かっていても、つい頬に平手をしてしまいそうになったほどだ。けれどそうはならなかった。


「凛」


 後ろから聞こえた大好きな人の声、気づけば凛は空の腕の中に居た。


「この子俺の連れなんですみません」


 そう言って空は凜を連れて歩く。後ろから男の面白くなさそうな舌打ちが聞こえたがそれっきり何もちょっかいを掛けてくることはなかった。


「……ふふ」

「なんで笑うんだ?」

「いいえ……何でもありません♪」


 何があったって俺が守ってやる、その言葉が凛の頭の中で反復する。確かに空は鈍感で自己評価が低く、一時期はそれが災いして自分たちの傍から離れて行こうとした大馬鹿だ。けれど、いつも凜を見ていてくれることに変わりはなかった。


「そ~ら君!」

「うおわっ!?」


 空の体に思いっきり抱き着き、二人一緒に海の中に沈んだ。鼻に海水が入ったのかゲホゲホを咳をして、思いっきり鼻水を垂らす空をお腹を抱えて凜は笑う。


「お前のせいだぞ!?」

「ふふ……あははははっ! 空君汚いですよ!」


 どんなに情けない姿を見せても、どんなに自信のない姿があっても、凜にとって空は世界で一番頼りになるカッコいい男の子なのだ。だからこそ、凜は空を心から大好きなのである。


「空君、好きですよ本当」

「……おぅ」

「可愛いですねぇ照れちゃって!」


 でも今は、少し贅沢な悩みかもしれないけれど……こんな感じの甘酸っぱい関係を続けたいとも凜は思っていた。

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