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「……ぐぅ」

「ったく、こいつは本当にいっつも寝やがって」

「はは、それだけ疲れているんだろう。昼間は乃愛ちゃんに大分連れ回されたみたいだしさ」


 俺と蓮の視線の先で既にベッドの上で洋介が眠っていた。一応寝る前にみんなで集まってホラーゲームをするっていうある意味地獄の企画が待っているのだが……それを回避するために寝たのかもしれない。だとしても雅さんや乃愛ちゃんに叩き起こされるんだろうなとは思うけど。


「……………」


 そして、空は空で風呂に入っている時にあんなに良い表情で決意を述べてくれたのに貧乏ゆすりが止まらないようだ。

 ちなみに、俺たちは出来るだけ緊張を悟らせずに風呂から上がったので女子たちには空のことは気づかれていないはずだ。流石というか、凛さんは若干の変化を感じて空を一瞬見たけどそれだけだった。


「……なあ、告白ってどうするんだ?」

「んなの簡単……とは言えねえな。でも、自分の思ったことを言えとしか言えん」


 俺も蓮の言葉にそうだなと頷いた。誰かにアドバイスをもらうのも大切ではあるのかもしれないけど、やっぱり好きな人に伝える言葉は自分がこうだと思った言葉を伝えるのが一番だと思っている。

 俺が柚希に告白した時は……まあ色々と出来事が重なった結果ではあったけど、あの時は本当に心に浮かんだ言葉をそのまま伝えたからな。


「……分かった」


 いつになく真剣な表情で空は頷いた。どんな言葉であっても、凛さんは喜ぶと思うし寧ろ嬉しくて泣いてしまうんじゃないかな。空のことに関して、本当に長い長い戦いをしたようなものだから。


 それから少し……いや、やっぱり女性たちのお風呂は長いということで結構待った気がする。柚希を含め、湯上りの女性陣は本当に絵になる美しさだった。凛さんが見えた瞬間、俺たちに走る緊張感……それに続くように、洋介も目を覚ましたがやっぱりあいつは何も気づいていなかった。


「……どうしたの?」


 俺と蓮、そして空の異質な空気を感じたのか傍に来た柚希がそう聞いてきた。近くにみんなが居る以上空が告白するんだ、なんて言えるわけでもない。なので、誤魔化す意味もあったしイチャイチャしたかったので柚希の肩を抱いた。


「イチャイチャしよう柚希」

「ちょ、直球だね……うんいいよ!」


 ギュッと、柚希は何も疑うことなく抱き着いてきた。

 乃愛ちゃんは洋介の元に、雅さんは柚希みたいに蓮に抱き着いている。だが、俺と蓮はお互いに愛する人を抱きしめながらも空から視線を逸らせない。


「カズぅ、好きだよ~大好き~♪ 死んでもずっと一緒なの~生まれ変わってもまたアタシたちは恋人なのだ~♪」


 柚希さん、ちょっと怖い歌ですねそれは。顔を上げた柚希の額にキスをすると、柚希は嬉しそうにしながらも瞳でもっとしてと訴えてくる。なので頬にキス、すると唇を突き出して来た。けれども周りに人の目があるので我慢するように離れ、再び俺の胸元に幸せそうに顔を埋めた。


 一つ一つの仕草が天元突破している柚希に悶えながら、俺は空に近づく凛さんに視線が移す。やっぱり凜さんは下を向いたままの空が気になるようで、心配そうな表情をしている。ただ、渡辺さんと霧島さんの大人ペアは察しているようで、ハンカチを目元に当てて泣いていた。


「り、凛……っ!」

「はい、何ですか?」


 いつもと変わらない様子の凛さん、空は大きく深呼吸をして……そしてついに凛さんを誘い出す言葉を口にするのだった。


「凛に告白したいんだ。だからちょっと付いてきてほしい!」


 その空の言葉に空気が凍った。

 目の前で聞いた凛さんは目をパチクリさせており、俺に引っ付いていた柚希はまるで風を味方につけたような速さで振り向いた。更に言うと、蓮は芸人がズッコケるように倒れていた。


「馬鹿野郎! んなボケは要らねえんだ!」

「……はっ!?」


 っと、そこで空は気づいたように顔を赤くしてあたふたしている。だが、この間違いすらもチャンスに変えるように空は凛さんの手を握った。


「凛、とにかく付いてきてくれ!」

「は、はい!!」


 二人は外に出て行き、残されたのは置いてけぼりを食らったような空気である。


「……あ、そっか。だからカズと蓮は様子がおかしかったんだ?」

「うん……」


 察しが良くて助かるよ。

 それから俺たちみんなは少しの時間待つのだが、どれだけ待っても二人は帰ってこない。流石に野暮だとは思ったが、これだけ遅くなるとやっぱり不安になるのは仕方がない。俺たちはみんな二人に申し訳ないと思いつつも、サンダルを履いて外に出るのだった。






「……灯台の光が綺麗だな」

「そうですね」


 遠くで光を放つ灯台を見て溢した空の言葉を凛が拾う。言葉の節々からも空の緊張が伝わってくるのだが、凛はとても落ち着いていた。既に空によってバラされてしまったようなものだが、凛がまず心に思ったことは落ち着くことだった。空が緊張しているのは伝わるので、どれだけ飛び跳ねて喜びたくても自分だけは落ち着こうと考えたのだ。


「……………」

「……………」


 二人を見つめる星の銀河、美しい夜空が広がっている。空は大きく深呼吸をし、ようやく改めて凜と向き合った。凛も真っ直ぐに空を見つめ返し、ただ静かに空の言葉を待っている。


「……なあ凛、俺は本当に馬鹿な男だと思うよ。少しはマシになったけど、少し前までは自分のことしか考えてなかった」

「っ……本当ですよ」


 凛の声が震える。

 嬉しさもあるが同時に、少し前の自分たちから離れようとした空の姿を思い出したて泣きそうになる。そんなことは望んでいない、それなのに頑なに離れようとする大好きな人の姿は凛の心を傷つけていた。凛は困ったように頑張って笑っていても、空に言えない言葉の裏で凜は確かに悲しんでいたのだから。


「どんなことがあっても絶対に守る、そう約束したのに……俺が凛を泣かせようとしていた。もちろん凛だけじゃなくて、他のみんなも悲しませようとしたんだ」

「……本当ですよ馬鹿……っ!」


 もちろん、心を痛めたのは凜だけではない。他の幼馴染たちも同じだった。今はそこに和人も加わっているが、きっと彼も同じ気持ちのはずだろう。


「気づくのに本当に遅くなって……どうして俺はこうなんだって思った。でも、だからってそれを気にして前に進まないのはもっとダメだと思った」


 過去の行いを悔いるように、下を向き続けていた空は顔を上げた。空が見つめる先には涙を流す凛の姿、我慢しようとしても溢れ出す涙を止めることが出来ない大好きな人の姿だった。

 駆け寄りたい、でもまだだ。まだ一番大切なことを伝えていないと空は己の体に喝を入れる。


「凛、俺はまだ自分が君に釣り合うとは思ってない……この期に及んでまだそんなことを考えている。でも、そうじゃないんだよな。結局大切なのは相手を想う心、そして自分がどうしたいかなんだ」

「……空君」


 かつて、和人は空のことをやれやれ系主人公だと口にした時があった。空も否定はしていたが、自分がなよなよした情けない人間だという自覚はあった。


 しかし今はどうだろうか、しっかりと凛の目を見て良い表情をしている。これが物語の世界なら、これから好きな人に告白する主人公のような立派な表情だ。


 凛の手を取り、大切そうに両手で包みながら空は言葉を紡ぐ。


「凛、好きだ。どうか俺と恋人になってほしい」


 ずっと言えず、ずっと待たせ続けていた……でも今確かに空の言葉は凛へと届いたのだ。凜は大粒の涙を流しながらも、精一杯の笑顔を浮かべるようにして空の言葉に答えるのだった。


「はい、私も好きです。空君が大好きです!」


 決してすれ違うことはなく、物語のお約束はハッピーエンドだと言わんばかりに二人の想いは今交差した。そんな二人を祝福するように流れ星が流れるが、お互いに夢中になっている空と凜は気づかない。


 手を握るだけでは満足できないと、お互いに身を寄せて抱き合う二人に送る言葉があるとしたら、それは何だと思われるだろうか。


 “おめでとう”か、それとも“おせえよ”だろうか、それともどちらもだろうか。

 その答えはきっと、二人の物語を見届けてくれた人が居るのだとしたら……その人の心に浮かんでいる言葉が祝福の言葉となるだろう。

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