90
朝比奈さんの家に勤めているお手伝いさんが運転する二台の車で向かう事数時間、ついに俺たちは別荘のある海へと辿り着いた。
「……まさか県を跨ぐとは思わなんだ」
「あはは、結構遠いからね。カズは酔ったりしてない?」
俺は柚希と話をしながらだったけど基本的に寝てたようなものだから酔ってはいないかな。
それにしても……俺は目の前の大きな家を見上げた。
「……金持ちって凄いんだな」
「でしょう。アタシも毎年来るたびに思うもんそれ」
テレビで芸能人が別荘を買ったりする番組があると思うけど、そういうのでしか見たことがないような作りの建物だ。リビングからは全体を通して外を見ることが出来るガラス張り、一階から二階にかけては吹き抜けが出来ていて中央の螺旋階段から登るみたいだな。
「はえ~すっごい」
「ふふ、気に入っていただけたようでお嬢様も喜ぶでしょう」
車から降りてきたお手伝いさんの一人――糸目が特徴的な渡辺さんがそう言った。
「やっと……着いたか……うぷっ!?」
「そ、空君少し横になった方が……」
ちなみに二台の車で移動したわけだけどこっちを運転していたのは渡辺さんで、乗っていたのは俺と柚希、そして空と青葉さんだ。さっき柚希は俺“は”酔ったかと言ったけど、つまりはそういうことだ――空がそれはもう盛大にダウンしていた。
「空、大丈夫か?」
「……吐けば大丈夫かもしれん。トイレ行ってくるわ」
「おう」
顔が真っ青だし、青葉さんが言ったみたいに少し横になって休んだ方がよさそうだなたぶん。
「あぁ着いたぁ!!」
「よっと……一年振りだなぁ」
「ほら雅、足元気を付けて」
「ありがとう蓮君」
どうやらあっちも到着したいみたいだな。一思いに楽になるためにトイレに向かった空に続くように俺たちも家の中に入った。やっぱり木造なんだよな、そう思わせるような内装に溜息が零れそうになる。
「……いいなぁこういうの」
「気に入ってくれたみたいだね」
うん、俺は素直に頷いた。
今日と明日ここに泊まり、明後日帰ることになっているが問題は天気だった。最初は雨が降るなんて言われていたけど、いい意味で天気予報が裏切ってくれてずっと晴れが続くようだ。
お手伝いさんの渡辺さんともう一人、霧島さんが電気周りなどを確認する中、しばらく移動の疲れを取ろうということで一休みをすることに。この日のために前もって掃除をしてくれたらしく、木造の床は埃一つないくらいに綺麗だった。
「……あ~」
置かれているソファに寝転ぶより、この床にぐで~っと体を伸ばして寝た方が気持ち良かった。俺と洋介が並ぶように横になっていると、洋介のお腹目掛けて乃愛ちゃんが飛び込んだ。
「ど~んようくん!!」
「ぐほっ!?」
床は固いからそりゃそうなるよ。苦しそうな声を出しながらも乃愛ちゃんを受け止めた洋介、そんな洋介の胸元に乃愛ちゃんは幸せそうに頬スリをしている。
「あ~もう、来年には高校生なんだから落ち着きを持ちなさいよ乃愛」
「は~い」
「……はぁ」
そう溜息を吐いて柚希は俺のすぐ傍に腰を下ろした。乃愛ちゃんを困ったように見つめているのだが、柚希はまるで自然とそうするかのように俺の手に自身の手を重ねた。ひんやりとした床の冷たさが手の甲に伝わる中、重ねられた柚希の手の平からはもちろん温かさを感じる。
「……いいもんだなこういうのも」
「何か言った?」
「いいや、何でもないよ」
柚希の様子から手を繋ごうと思ったわけではなく、本当に自然とそうなってしまったんだろう。今俺たちの手は繋がれているが、柚希はそれが当たり前のように視線を向けることはない。だから少しだけ強く、ギュッと柚希の手を握りしめた。
「あ……ふふ」
それに気づいた柚希が俺へと視線を移し、嬉しそうに笑って強く握り返してくれるのだった。
「……あ~……少し楽になったかも」
「だ、大丈夫ですか空君?」
「もう少しで良く効くドリンクが出来ますので我慢してくださいね」
へぇ、そんなものまでお手伝いさんたちは作れるのか。万能と言うか、これぞまさに一家に一台……一人は欲しいってやつだろう。渡辺さんはドリンク作り、霧島さんは大きな荷物を抱えていたので俺は思わず手伝いに向かおうとした。
「あ、大丈夫ですよ三城様」
「え?」
「彼女はあんなに細く見えますが、かつてボディービルの大会に出たこともあるほどの実力者ですから」
「……嘘ですよね?」
あんなに細身なのに? いやでも、確かに全然顔色を変えることなくさっきから重たいものを次から次へと運んでいるし……何だろう、朝比奈さんの家には凄い人しか居ないのかな。
それから出来上がったドリンクをいただき、美味いと思わず大声を出してしまった俺をみんなが笑うような出来事はあったが些細なことだ。空が完全に復活したことでようやく海へと繰り出すことになった。
「更衣室はあっちにあるから」
「そうなんだ」
そしてまた車で浜辺に降りる駐車場へと向かうのだ。水着と最低限の荷物を車に積んで俺たちは再び車での移動となる。距離は近いため時間としては数十分だったが空が再びぶり返しそうになっていたが何とか我慢できたらしい。
「お、中々の物を持ってるんだな」
「ジロジロ見るんじゃねえよ」
「そのやり取り毎年やってるよな」
「だな」
学生同士の付き合いだと温泉に行ったりとか、こういう着替えの時によく出る話題の一つだよなぁ。ジロジロと見てくる蓮に文句を口にはしたけど、こういうやり取りも懐かしかった。
「よし、それじゃあ繰り出すぜ野郎ども!!」
妙にテンションの高い蓮に先導されるように俺たちは浜辺へと向かった。流石夏ということもあって太陽の暑い日差しが照り付ける。正直ただ突っ立ってるだけでダラダラと汗を掻いてしまいそうなくらいには暑い。
「皆さま、こちらにどうぞ」
「おぉ……」
渡辺さんと霧島さんが既にパラソルや椅子を用意してくれていた。というかいつの間に二人は水着に着替えたんだろう……二人とも一般的なビキニだけど、子供にでは出せない圧倒的な大人の色気を感じさせる。
「三城様、あまりこちらを見られては可愛い彼女様に嫉妬されますよ?」
「あ、はい……」
霧島さんにそう言われ俺は素直に頷くのだった。
そして――この浜辺、他にも利用客がたくさん居る中に美しい天使が舞い降りた。
「お待たせ!」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには着替えを終えて水着になった柚希たちが居た。柚希は買い物に行った時に見て破壊力が凄まじいとは思っていたけど、実際にこうして改めて見ると色々と凄かった。
「バイーン! バン、ストン、ストンって感じだな」
「――殺す」
水色の水着に身を包んだ青葉さんが目を赤く光らせて飛び上がった。そのまま空中で体勢を整えるように一回転し、小さな声で呟いたはずの蓮に向かって強烈なキックをお見舞いするのだった。
「ぐはああああああああああっ!?」
熱砂の上を滑るように転がる蓮、止まったと思ったらピクリともしなかった。
「悪は滅びました」
よくあるゲームのカットイン、横顔からこちらを睨みつけるようにしてそう口にした青葉さん……正直かっこよかった。ちなみにストン仲間の乃愛ちゃんはというと洋介が可愛いと言ってくれたのが嬉しいのかくねくねと妙な舞を踊っていた。
「朝比奈さんいいのあれ」
「いいんだよあれは蓮君が悪いから。どんなに小さい声でも、凜ちゃんは胸のことに関しては地獄耳だからね。……まあ、私もちょっと笑っちゃったんだけど――」
「何か言いましたか?」
「な、何でもないよ凛ちゃん……」
ビクッと体を震わせた朝比奈さんは小さくでしょ? っと俺に囁いた。確かにあれは以前見た柚希の鬼神振りが可愛く見えるレベルだった。正にかつて三国時代に活躍したとされる呂布を思わせるような怖さだったようにも思える。
っと、こんな感じにバカ騒ぎしていたわけだが……やっぱり女子たちはみんなそれぞれタイプの違う美女の集まりだ。周りには俺たちと同じくらいの年齢、大人も結構居るけどかなり視線を集めていた。
「カズ、こっちに来て」
そんな集まる視線の主たちに見せつけるように、柚希は俺の腕を取ってパラソルの下へと連れてきた。羨ましいというような視線を感じる俺だったが、渡辺さんたちが追い払うかのように眼光で黙らせる……あ、この人たちもやっぱりヤバそうだ。
「はい、日焼け止め。塗ってくれる?」
「……おう」
「あはは、照れてるの?」
海に来た以上、自分の彼女に日焼け止めを塗るイベントがあることは予想していたけどまさか本当に来るとは……ええい、今更日焼け止めを塗るくらいで動揺するような付き合いをしてないだろうが和人!
目の前で柚希が胸を守る水着の紐を外すと、支えを失った胸がプルンと音を立てるようにシートの上に寝かされる。ここから見えるのは所謂横乳というやつだが……やばいテンションがおかしくなっている。
「カズ、念入りに塗ってね? 隅から隅までお願い♪」
取り合えず、学生だからこそ彼女と海に来たテンションの高さを分かってほしい。
海って最高だと、俺は改めて思ったよ。
【あとがき】
90話目です、ここまで頑張れたのも皆さんのおかげです感謝!!
さて、夏休みということでみなさんの中には現役の学生であったり既に終えた方も居るとは思うんですが、夏休みとなるとお約束のようにあった宿題の一つ、読書感想文を覚えていますでしょうか。
当時は作文用紙の一枚400文字を書くのに困っていたのに、今こういう小説を書いているとどうしてあの時あんなに苦戦していたんだと言いたくなりますね。最低2枚は書くのがルールだったので……600文字から800文字くらいでしょうか、今ならめっちゃ余裕だと断言出来ます(笑)
それではこれからも頑張りますのでよろしくお願いします!
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