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「……後少しだね……! 頑張ろカズ!」
「あぁ……あぁ!!」
俺の隣で一緒に走る柚希がそう応援してくれた。いつか柚希と約束したことなのだが、最近お互いに少しお腹周りのお肉が気になるということで、夏休みの早朝を利用してのランニングをしていた。
早朝は昼間に比べて涼しいといえば涼しいが、夏なので暑いのは暑い。だから俺も柚希もシャツが透けて見えそうになるくらいには汗をダラダラ搔いていた。やりすぎにも注意してしっかりと水分補給を取りながらのランニング、疲れはするものの何だろうか……凄く楽しいのだ。
「見えた。あそこがゴール……っ!」
「よし……だあああああああああああっ!!」
「あ、アタシも負けないもん!!」
人の出が多くあるそこそこ広い公園の自販機、そこをゴールにしていたので目と鼻の先だ。よく体育とかで持久走をやる時に、物凄く体が疲れているのにゴールが見えた途端ラストスパートを掛ける人が居ると思うけど、どうやら俺はそれだったらしく一気にスピードに乗った。
なんでこんな無駄なことをするんだろうか、終わった後にぜえぜえと息をしてしんどくなるのは分かっているのに、でも無理をしちゃう……学生だもの。お互いに最後の最後に力を振り絞るようにして自販機に辿り着くのだった。
「……はぁ……はぁ……っ!」
「……ふぅ……あぁ疲れたぁ!」
あまり無理をしない程度にしているつもりだけど、こうやって汗を掻くのは別に悪いことではないだろう。流石に今日はこれ以上走ろうって気にはならないが、この心臓の苦しさもしっかり走った結果なのだろう。
「はい柚希、ジュース」
「あ、ありがと!」
自販機で缶ジュースを柚希に渡す。二人で近くのベンチに座り、ほぼ同時に蓋を開けて飲み始めた。暑い体の中に染み渡る冷たさ、運動した後はこの瞬間が本当に最高だと思っている。
「……ぷはぁ! 美味しいね!」
男みたいな清々しい飲みっぷりに俺は思わず苦笑する。俺と同じように動きやすい半袖半ズボンというスタイルだが、髪型は初めて見たかもしれないポニーテールだ。普段見たことがなかったのもあるのか、スポーツ少女みたいに見えてきて新鮮な感じがした。
それからジュースを飲みながら息を整え、ある程度楽になってきたので改めて公園を見渡してみると、俺たちのようにランニングをしている人をそこそこ見かける。やはり朝早くに走る人ってのは多いらしいな。
「去年までこんなことしなかったけど、いいもんだね運動するのも」
「そうだなぁ。絶対めんどくさいって思ってたけど楽しかったよ」
「アタシもアタシも。きっと隣にカズが居たからかな」
「それを言うなら俺もだよ」
そう言うと柚希は嬉しそうにしながら顔を近づけ……たのだが、何かに気づいたようにハッと距離を取る。
「別に抱き着くつもりじゃなくてキスくらいなら暑くないよねって思ったけどアタシ今汗びっしゃなの思い出しちゃった……」
たぶん臭いとかが気になったんだろう。まあ汗びっしょりなのは俺もだし自分では気づかない臭いなんてのもある。以前に柚希は俺の汗が好きとか言って首筋を舐めたりしたことあるけど、流石にこの状態はちょっと嫌かなぁ。
というか、キスとかしたらそれで不要な疲れが蓄積しそうだけども。
「まあイチャイチャするのは帰ってからにするとして、ちょっとのんびりしよう。風も吹いて気持ちが良いし」
「そうだね。イチャイチャするのは帰ってからにしよ……はふぅ、涼しい♪」
二人でのんびり、公園の景色を見ながらゆっくりしていると……不意に俺の鼓膜を揺らす声があった。
「あれ、もしかして三城君?」
「うん?」
「??」
声が聞こえた方に視線を向けると、柚希と似たような恰好をした女子が居た。どうやら犬の散歩をしているようだが……って、よくよく見たら俺はこの子を知っているじゃないか。
「涼月か? 久しぶりじゃん」
「うん久しぶり! 中学の卒業以来だから結構経つね」
「三城君背が伸びたね」
「育ち盛りだしな」
「それにかっこよくなった?」
「それは……どうなんだ?」
おい、どうしてそこでクスクス笑うんだ。っと、そこで俺の肩を柚希が指先でツンツンと突いて来た。涼月は柚希を見て目を丸くしていたが、俺としては柚希が何を考えているのか分かったため素直に謝った。
「ごめん、久しぶりだったからついな」
「……ううん、大丈夫。アタシが勝手に嫉妬したのが悪いもん」
実を言うとさっきの不満そうな顔で肩を突かれた時、そこで見えた柚希の顔は本当に可愛かった。素直に嫉妬したと口にした柚希の頭を撫で、俺は涼月に柚希を紹介した。
「こちら、彼女の柚希」
「えっと……月島柚希です。よろしく?」
「……彼女さんなんだ。あぁうん、私は涼月美和、よろしくね?」
信じられない、とはいかないが少し呆気に取られたような表情が印象的だった。変な空気ではなく、どちらもどのような言葉を選べばいいのか分からないって感じなのかもしれない。
「……ワン!」
「あ!」
「きゃっ!?」
突然、涼月の連れていた犬が柚希に飛びついた。飛びついたとは言ってもそこまで大げさなものではなく、柚希の体の匂いを嗅ぐようにすんすんと鼻を鳴らしていた。
「こら竜神丸! 迷惑をかけないの!」
竜神丸て……昔に流行ったアニメに出てくるような名前をしてるんだな。
犬……竜神丸は涼月の声を聞かず、ずっと柚希の匂いを嗅いでいた。そんな柚希はというと、手を伸ばして頭を撫でてみた。すると気持ちよさそうに目を細めていた。
「可愛いねこの子、竜神丸って言うの?」
「……うん。あ、でも付けたのは私じゃなくて弟なの! 決して私じゃないんだからね!?」
必死すぎるでしょ……まあでも、確かに柚希が言ったみたいに人懐っこそうで可愛いなぁ。どれどれ、俺も手を伸ばしてみた。すると柚希から視線を外し、今度は俺の手の匂いを嗅いできた。そのままペロペロと舐められくすぐったい。
「全くこの子は……人懐っこいのは良いんだけどなぁ」
「ふふ、可愛いね竜神丸!」
「わん!!」
今度は柚希の胸元に飛び込んだ。散歩の途中だったので少し足が汚れているのは当たり前だけど、柚希は全く気にせずによしよしと撫で続けていた。
「……お願いだから竜神丸って連呼しないで恥ずかしいから」
「やっぱり名前を付けたのは涼月か」
「別にいいじゃん!? カッコいいじゃん竜神丸!!」
「お、おう……」
今思い出したけど、そう言えば涼月って結構漫画とかアニメとか大好きだったような……直接聞いたわけではないけど、誰かから聞いたような気がする。
「……それにしても、三城君にこんな綺麗な彼女さんが出来るなんて」
「意外だったか?」
「ううん、全然。とてもお似合いだと思うよ」
正直、俺を知っている人からすれば意外に思われると思っていただけに涼月の言葉には驚いた。涼月は竜神丸と戯れる柚希を見つめながら言葉を続けた。
「私はあまり三城君と親しかったわけじゃないけど、それでも三城君が凄く優しい人だってのは知ってたよ。みんなの手伝いとか、クラスの出し物とか率先してやってたじゃん」
「あ~……」
「実を言うと私も一度助けられたことがあるし……そんな風に三城君はとても優しかった。だから彼女みたいな素敵な人が恋人になっても別におかしなことじゃないよ」
そう言ってくれた涼月の言葉を引き継ぐように、竜神丸を胸に抱いた柚希が口を開いた。
「そうだよ、カズは凄く優しいんだから! アタシはカズの色んな所を知って好きになったの……ってごめんね、アタシったらいきなり大きな声で」
「わん!!」
「……ふふっ」
柚希を慰めるように鳴いた竜神丸に涼月は吹き出すように笑った。
「高校生らしく素敵な恋をしてるんだねぇ……羨ましいな」
「そういう涼月は――」
「先月別れたの……はぁ」
「ごめん」
まあ……恋ってのは色んなことがあるよなうん。
それからしばらく話をして涼月は竜神丸を連れて元来た道を帰って行った。俺と柚希は二人で彼女を見送り、暑さから逃げるように家へと帰るのだった。
「涼月さんかぁ、良い人だったね。それに竜神丸も可愛かった」
「そうだな。結構物静かな印象だったけど、少し明るくなった気がするよ」
「そうなんだ。でも最近カズの昔の友達に良く会うね」
本当にそうだと思う。
みんながみんな涼月みたいな反応だと嬉しいんだけど……ま、心配しても仕方がない。柚希を連れて家へと戻り、一緒にシャワーを浴びて綺麗に汗を流した。すると待ってましたと言わんばかりに柚希が抱き着いて来た。
「……やっぱりこれがすきぃ。カズが大好きなの♪」
「よし、それじゃあ俺も思いっきり――」
外でお互いに言ったように、しばらくの間思う存分イチャイチャするのだった。
そして、待ちに待ったみんなで泊りがけで朝比奈さんの別荘に行く日がやってきた。
「泳ぐだけじゃないよ? 夜はバーベキューで、それで寝る前はみんなでホラーゲームをやるの」
「は!?」
「ひ!?」
無邪気な朝比奈さんの言葉に、約二人がこの世の終わりみたいな顔をしていたのはちょっと面白かった。誰と誰かは言わないけどね!
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