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「……ふぅ、暑かったねぇ」

「あぁ……これで部活をやってる連中は尊敬するわ」


 あの後、学校から俺たちは近くのコンビニによってアイスを買った。それから柚希の家にお邪魔をしたのである。溶けてはないだろうが、一応少し冷やしてから食べようということで冷凍庫に入れておいた。


「はいタオル」

「ありがとう」


 汗を掻いたとは言ってもシャワーを浴びるほどでもない。お互いにタオルで汗を拭きつつ、冷房の効いたリビングでゆっくりしていた。


「……涼しい」

「うん、最高ぉ」


 冷房が効いていると引っ付いていてもあまり暑さは感じない。肩を抱いたりするのは流石に暑いとは思うので、肩がピッタリ触れ合っているくらいだ。そうしてしばらく二人でゆっくりしていると、玄関のドアが開いて大きな声が響いた。


「ただいま~!」


 どうやら乃愛ちゃんも真っ直ぐに帰って来たみたいだ。そのままパタパタと足音を立てながらリビングに彼女は姿を現わし、冷房が効いていることに歓喜の声が上げるのだった。


「あぁ涼しい! 生き返るぅ!!」

「オーバーね乃愛……」

「あ、お姉ちゃん……それにお兄さんもいらっしゃい」

「お邪魔してるよ」


 乃愛ちゃんも俺や柚希と同じようにタオルで汗を拭いた。そこで柚希があっと声を出した。


「アイス食べよっか」


 のんびりとした空気のせいでアイスのことを忘れていた。ピクピクと耳を揺らしたかのような乃愛ちゃんに、柚希は苦笑しながら口を開く。


「ちゃんと乃愛の分も買ってるから大丈夫よ」

「ほんと!? お姉ちゃん大好き!」

「……都合のいい時だけ大好きって言うわよねアンタは」


 ニシシと笑みを浮かべる乃愛ちゃんに柚希はそう言ったけど、乃愛ちゃんは基本的に柚希大好きオーラが溢れてるからなぁ。都合の良い時はもちろんだけど、それ以外の時もちゃんと全身で大好きと伝えているようなもんだ。


「はい」

「ありがとうございます!」


 柚希からアイスを受け取った乃愛ちゃんはササッと俺の隣に腰を下ろす。そしてそのまま蓋を開けてパクパクと食べ始めた。


「おいしぃ♪」

「幸せそうに食べるね乃愛ちゃん」

「うん。この世の至福だよぉ!」


 俺も柚希からアイスを受け取って食べ始めるが、隣で勢いよく食べるからこそ冷たいものを食べた時になる頭がキーンとした感覚、それを感じる度に乃愛ちゃんは頭を振っていた。


「ゆっくり食べなさいよ乃愛」

「……だって美味しいんだもん」


 その気持ちは分かる。この暑さだからこそ、アイスってものはいつもより美味しく感じてしまう。乃愛ちゃんのように急いで食べることはないけど、俺もそれなりのペースで平らげた。

 そして――柚希は俺の肩に頭を乗せるように、乃愛ちゃんは俺の膝に頭を乗せるような姿勢になっていた。


「美人姉妹に引っ付かれて、お兄さんは幸せ者だねぇ」


 ニヤリと笑う乃愛ちゃんだが、そんなわけあるかと言えないくらいにその通りなんだよな。柚希は言わずもがな、乃愛ちゃんも柚希に似て美少女である。


「アタシの前なんだからアンタはもう少し遠慮しなさいよ」

「聞こえないも~ん、私だってお兄さんと一緒に居たいんだから」

「……全くアンタは」


 困った子を見るような顔をして柚希は溜息を吐いた。そんな柚希の顔を見た乃愛ちゃんは何を思ったのか、まるで天啓が降りてきたような表情を浮かべてこんなアホなことを口にするのだった。


「ねえお姉ちゃん」

「なに?」

「お兄さんとどんな風にキスをするの?」

「……は?」


 ごめん、俺も柚希と同じような反応になりかけたよ。どうしてそんなことを言いだしたのか乃愛ちゃんは言葉を続けた。


「……いやね? やっぱり私もようちゃんといずれそういうことをするじゃん? その時の見本っていうかさ……まだ高校生のお姉ちゃんたちはどんなキスをするのかなって」

「気になるの?」

「うん」

「……そうね」


 あれ、なんで柚希さんは真面目に考えているんだ? 少しだけ嫌な予感がする俺とガッチリ視線が合わさった柚希、彼女はそうねと力強く頷いて俺に顔を近づけた。


「乃愛、キスの仕方なんて人それぞれよ。だからその時の雰囲気に従うように、或いは自分の気持ちが示すようにすればいいの」

「ふむふむ!」

「だから見本になるかは分からないけど、見せてあげる」

「ほんと!?」


 えっと……マジですか柚希さん。


「ほら、カズ。キスしよ」

「……………」


 柚希にそう言われたが、俺は何となく柚希の内心が理解できた。乃愛ちゃんの見本になればいい、そう思ったのも本当だろうし一番はイチャイチャしたいことが本命だと思われる。こうして乃愛ちゃんが帰って来た以上、絶対に俺たちから離れることはないだろうから……それなら、こうやって乃愛ちゃんの言葉が好都合だと言う風に思ったのだろう。


「ちゅ……あむ……」

「おぉ……っ!」


 目を閉じて触れるだけのキス、そして少しだけ啄むようなキスだ。俺の膝に頭を置いた状態なので乃愛ちゃんからすれば下から見るような形だ。俺としても物凄く恥ずかしいが……乃愛ちゃんからすればこれ以上ない特等席だろう。

 さて、俺はこんな風に触れ合うだけのキスで終わるかと思ったのだが……パッと目を開けた柚希の瞳は燃えていた。それこそ、こんなもので満足できるかと言わんばかりの焔が見えたのだ。


「……れろ……じゅる……」

「っ!?!?!?!?」


 乃愛ちゃんの声にならない悲鳴が聞こえた気がする。簡単だ、柚希が俺の口の中に舌を入れたのだ。そのまま柚希は俺の口内をくまなく舌で攻めるように、そして唾液を交換するかのように荒々しく深いキスをする。


「……お姉ちゃん?」

「ぅん……はぁ……かずぅ……」


 乃愛ちゃんの声が聞こえてないのか、さっきとは打って変わってキスに夢中な柚希の様子だ。俺の首に腕を回すようにして、一心不乱にキスをすることを楽しみながらもっともっとと求めてくる。

 柚希のキスに応えながら、チラチラと視線を下に向けると相変わらず乃愛ちゃんは顔を手で覆いながら、それでも指と指の間からバッチリ見つめていた。


「……っと、柚希」

「あん……かずぅ、キス……キスしてぇ」

「……柚希さん」

「……っ!?」


 顔を寄せてくる柚希を見て、俺自身も少し可哀想かなと思いながら膝に向かって指を向ける。そこには顔を真っ赤にして見つめている乃愛ちゃん、柚希はようやく我に返ったように俺から離れた……ものすご~く名残惜しそうにしながら。


「っていう感じでするといいわよ」

「わ、分かった……」


 コクコクと頷く乃愛ちゃん、そんな乃愛ちゃんを見て柚希はトイレに行ってくると言って立ち上がった。リビングから出て行った彼女の背中を見送ると、乃愛ちゃんがボソッと呟いた。


「……凄かった。あんな風になるんだねお姉ちゃん」

「……ごめん。俺はどう答えればいいのか難しいんだが」


 それにしても……っと俺は乃愛ちゃんを見つめてみる。相変わらずまだ顔は赤いままだけど、ああいった提案をする乃愛ちゃんにそれに応える柚希……何というかやっぱり似たモノ姉妹って感じがするのが不思議だ。


「お兄さん?」

「いや、何というか似たモノ姉妹だなって思ったんだよ」

「??」


 可愛く首を傾げる乃愛ちゃんに俺は声を上げて笑った。すると乃愛ちゃんはぷくっと頬を膨らませて軽く俺の胸を叩いてくる。


「それにしても乃愛ちゃん」

「なに~?」

「いつまで俺は君に膝枕をすればいいのかな」

「もう少ししてよ。何だかさぁ……凄く落ち着くんだよね。流石お兄さん」


 落ち着くって言われて悪い気はしない。こうやって信頼してくれている証はやっぱり俺を本当の兄のように想ってくれているということなのかな。ま、俺も乃愛ちゃんのことは大切な妹のように想っているけど。


「お兄さん……お兄ちゃん……兄さん……あはは、やっぱりどれも捨てがたいね」


 俺からすればどれも嬉しい呼び方だったりする。それから乃愛ちゃんとお菓子を食べながら柚希を待っていると、ある程度して彼女は戻ってきた。


「ただいま~……そしてドン!」

「わわっ!?」


 柚希が俺の膝の上に寝ている乃愛ちゃんを引きずり下ろし、その場に柚希が入れ替わるように横になった。


「ずるいお姉ちゃん!」

「アタシは彼女なんだからいいの!」

「私は妹だもん! 妹なんだから優しくしてよ、んでお兄さんを貸してよ!」

「嫌だもん!!」

「むぅ!!」


 やっぱり二人は似ているなぁと、俺は取り合いをされながら苦笑するのだった。

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