85

 空の家に遊びに行き、その翌日に柚希の家に行った日から数日が経ちついに終業式の日がやってきた。基本的にこういった日は昼で終わる日が多いだろうが、部活に入ってない俺もその例に漏れない。


 明日からは長い長い夏休み、それに喜ぶ者も居ればあまりの部活の練習日の多さに憂鬱になっている者、宿題の多さに嘆く者と様々だ。休みが長い以上、学生としてそれは仕方のないことだけどな。


「カズ、帰ろ?」

「あぁ」


 鞄を手に取った柚希にそう言われ俺は立ち上がった。今日はこのまま柚希の家にお邪魔する約束をしている。柚希だけでなく色んな予定が空たちとの間にも会ったりするとは思うんだけど、ずっと遊んでばかりも居られない。一週間に一度くらいは宿題をやったり、或いは休み明けのテストのために勉強もどうかと意見が出ていた。


「ふふ、長い長い夏休みかぁ。本当に楽しみ、今年はカズと出来るだけ一緒に過ごしたいかなぁ」

「そうだな。俺も同じ気持ちだよ」


 去年まではずっと一人で冷房の効いた部屋に居たようなもんだし、遊びに出ても空の家に行ったり逆に向こうが来たくらいだったからな。今年は柚希と付き合うことになってから初めての夏休み、彼女との思い出を沢山作っていこう。

 柚希と並んで廊下を歩いていると、向こうから栗田先生が歩いてきた。


「お、三城に月島か。これから帰りか?」

「はい。栗田先生は?」

「まだまだ先生にはやることがあるんだよなぁ……ったくめんどくせえ」

「……あはは、先生くれぐれも他の先生方に聞かれないでくださいよ?」


 図書委員の担当でもある栗田先生とは本当に話す機会が多い。こんな性格だから話しやすくもあるし、生徒目線に立って色々と相談に乗ってくれるから人気の先生でもある。だが少しめんどくさがりというか、そういった部分もあってそこを気に入らない他の先生も少しは居るらしい。それでも仕事はちゃんとやるし、生徒からの評判も良いので何も言えないらしい。


「分かってるよ。まあこれから長い夏休みになるわけだが……二人とも、あまり羽目を外し過ぎるなよ? キッチリと守ることは守って、学生に許される範囲内で楽しむことだ。それともし何か問題に巻き込まれたりしたら遠慮なく先生を頼れ、必ず力になってやる」

「……はい、ありがとうございます」

「ありがとう栗ちゃん先生!」


 栗ちゃん先生って……そんなこと言ったら怒られるんじゃ?


「安藤みたいに呼ぶんじゃねえよむず痒い」


 あ、安藤先輩あんな厳しそうな見た目して先生のことそう呼んでるんだ。まあでも確かに安藤先輩は栗田先生にはやけに話しかけている場面を見るからなぁ……以前に委員会の時に見せたあの照れ顔……まさかな。


「子供が大人に迷惑を掛けれるのは子供の時だけだからな。もちろん常識の範囲内ではあるがしっかり頼れ。んで、その頼った分をお前らが大人になった時に大変さを理解して相談に乗ってやれ。自分たちの子供とかな」


 そう言ってヒラヒラと手を振って栗田先生は歩いて行った。やっぱり、何というかカッコいい先生ではあると思う。余裕のある……いや、ありすぎる大人みたいな感じはするけど、ああいったところが慕われる理由なんだろうか。

 ……しかし、しかしだ。俺は一つ、今この場面で気づいたことがあった。これはこのまま黙っていた方がいいのか、それとも注意した方がいいのだろうか……いやこれは伝えるべきだ。同じ男として、誰にも見られることがなかったとしても気づいた時にその恥ずかしさに悶える気持ちは良く分かるから!


「先生――」


 すぐに走って栗田先生にそれを伝えようとしたその時だった。俺の隣から、元気な声で柚希が栗田先生の背中に向かって声を上げた。


「栗田先生!」

「なんだ?」


 振り向いた栗田先生、柚希は一応周りを確認して誰も居ないことに頷いた。そして俺が伝えようとしたことを隠すことなく言い放つのだった。


「ズボンのチャック空いてますよ~?」

「……っ!?」

「……………」


 栗田先生はそう言われてハッとするようにズボンに目を向けた。すると半分ではあったが開いた社会の窓、さっと顔を赤くしてチャックを閉めた先生はそのままそそくさと歩いていくのだった。


「アタシさ、ずっと笑い堪えるのに必死だったの」

「鬼だね」

「うん。正直申し訳なさを感じてるよ……」


 まあでも、ああいうのって女子から指摘はしずらいよなぁ。それから俺と柚希は今見たことはすぐに忘れるのが先生のためだと思い、記憶の奥底に封印して玄関に向かった。いつもとは違い、明日から休みになるので上履きも全て持って帰ることに。


「……あ」


 そこで柚希が小さく声を漏らした。どうしたのかと思って俺も見てみると、柚希の靴の上に一枚の手紙が置いてあった。

 なるほど、この終業式の日にラブレターか。というか凄く久しぶりな気がする。柚希は特に何も言葉を発することなく、手紙を開いて中身を読んだ。


「……はぁ」

「……ラブレター?」

「うん……彼氏居るのは分かってるって書いてるんだけど、こいつ頭から脳みそ取られてるんじゃないの?」


 ……結構柚希がお怒りである。まあ気分が良くないのは俺もだけど、けどこんな柚希の様子を見てしまったらそんなものも吹き飛んでしまう。柚希はそのままクシャっと手紙をグチャグチャにし、近くのゴミ箱に捨てた。


「最低なことかもしれないけど別にいいよ。これで何を言われようが気にしないからねアタシは」

「そっか。よし、じゃあ帰りにアイスでも買って食べようか」

「うん! それで早く帰ってイチャイチャしよう♪」


 そうして俺と柚希は並んで校門を出たのだが……その瞬間、パタパタと走ってくる足音が後ろから聞こえた。振り返ると特に見たことはない顔……後輩だというのは分かるけどそれくらいだ。


「待ってくれ月島先輩!」

「……ふ~ん、アンタがそう」


 あ、察し……ってふざけてる場合ではなさそうだ。どこかで見ていたのかもしれないし、或いは手紙を通じてどこかに呼び出そうとしたけど帰って行くのを見たから慌てて走ってきたって感じか。

 柚希は一歩踏み出し、俺に向ける声とは全然違うような声で後輩に答えた。


「あの手紙、アンタが?」

「……はい」

「じゃあ返事はごめんなさい、それでいいわね?」

「っ……」


 んで、俺を睨んでくるのもテンプレみたいな流れか。内心で溜息を吐きつつ、俺も後輩に対して言葉を口にしようとしたのだが……それよりも早く、柚希の鋭い声が響き渡った。


「カズにそんな目を向けるな!」


 後輩だけでなく、俺もビックリするように柚希を見た。俺からは後ろ姿しか見えないけど、今の声で分かったけどかなり怒っている。


「いい加減ウンザリ、あの時の先輩もそうだしアンタもそう……用があるのはアタシでしょう? なのに自分の気に入らない答えをもらったからって次に目の敵にするのがアタシの大切な人……ふざけるなよ」

「う……先輩?」

「何か言いたいことがあるなら、何か文句があるならアタシの目を見て言いなさい。アタシは全部受け止めてあげる、その上で言い返してやるわ」


 後輩は俺から視線を外し、柚希に目を向けたがすぐに下を向いてしまい背を向けて走って行ってしまった。柚希は大きく溜息を吐き振り返った。


「さ、帰ろ?」

「あ、あぁ……」


 切り替えの早さに驚いてしまうくらい、柚希はもう笑顔だった。俺は最後にもう一度小さくなっていく後輩の背を見て、そして柚希と一緒に歩き出すのだった。


「……凄かったな、さっきの柚希は」

「あはは、カズが何か言おうとしたけど出張っちゃった。ごめんね」

「そんなことないよ。寧ろ俺も彼と同じで呆然としたくらいだし」


 そう言うと柚希は照れたように舌を出し、そしてこんなことを口にするのだった。


「告白してくれようとしたことは嬉しい……くはないし鬱陶しいだけなんだけど、アタシちょっとスッキリしたかも」

「スッキリ?」

「うん。考えていたことを全部表に出せた感じがしてさ。あの子がカズを睨んだ時に思わずぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、その後の少し怯えた表情は何というか爽快だったね!」


 ニシシと笑うようにそう言った柚希を見て、俺は素直に強い子だなと思った。以前みたいに俺が彼女を守ることもあれば、今みたいに柚希が自分でしっかりと守ることも出来る強さがある……本当に、俺の彼女は強いな。


「恋する乙女は強いんです。それこそ、カズと愛し合うアタシは最強だよ? アタシに勝てることが出来るのはカズだけなんです♪」


 もしも、もしもここが暑い中の道端でなかったら人目を気にせずイチャイチャしてしまう自信があった。よし、早くアイスを買って柚希の家に行こう。それで涼しい中でたくさん柚希を抱きしめたい。


「普段でも、ベッドの上でも、カズはアタシより強いからね♪」

「……………」


 ただ、柚希の可愛さには常々俺は敗北記録を更新中でありますがな。






【あとがき】

85話の読了ありがとうございます。

忘れるかもしれないのでこの場で伝えておきたいと思います。


7月30日に自分、コロナワクチンの二回目の接種があります。1回目は肩が痛い程度だったのですが、どうも2回目は高い確率で高熱が出ると聞きました。人によって程度は様々ですが、もし熱が出てしまって布団の住人になった場合もしかしたら二日程度更新が止まるかもしれません。

決してエタるつもりはないので、更新が止まってしまってもあぁ熱が出たんだなと笑ってくださると嬉しいです。それでは失礼します。

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