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「へぇ、そんなことがあったんだね」

「あぁ……それにしても洋介があんなにホラーがダメとはなぁ」

「……アタシは洋介を馬鹿に出来ないわ」


 洋介がホラーゲームを知った翌日、俺は柚希の家に遊びに来ていた。一日会わなかっただけなのに、家に来た瞬間柚希に抱き着かれてそれはもう大変だった。一応こんな暑い日だからこそ、ここまで来るのに汗を掻いていたのであまり変な臭いがすると嫌だなと思ったのだ。


『アタシ、カズの汗の味好き……ペロッ』


 爪先で立つようにして、柚希は俺の首を舐めた。くすぐったさと共に感じるのはゾクゾクとした感覚、これが二人っきりならこのままもっと汗を掻くことになったんだろうけど、ここは柚希の家の玄関である。すぐに我に返った柚希に手を引かれてリビングまで通された。


「ねえカズ、痛くない?」

「大丈夫だよ。気持ちいいくらいだ」

「良かった」


 さて、そんな風に柚希の家にお邪魔した俺なわけだが……今は柚希に膝枕されながら耳かきをしてもらっていた。別に耳にゴミが溜まっているわけでもなかったが、柚希が俺にしてあげたかったことの一つだとしてこのようなことに。もちろん俺も大好きな彼女にこういうことをされるのは憧れの一つでもあったため、こうしてされるがままになっているというわけだ。


「大好きな彼女に膝枕をされて、耳かきをしてもらって……見つめる先が花の咲いている庭ってのは贅沢だなぁ」

「あはは、なんだかお年寄りみたいだよ」


 いや、誰でもこんな感想を抱くと思うんだ。それだけ幸せでのんびりした空間だということだ。そう俺が呟き柚希が笑うと、すぐに後ろから別の声が聞こえた。


「でもこうして二人を見ると熟年の夫婦みたいだわ」

「そうだな。思えば俺たちもこんなことをしたことがあったか」


 ちなみに、この空間に柚希のご両親である藍華さんと康生さんも居るのだ。少しを話を戻すけど、柚希に連れられた先には既に二人が居た。夫婦二人で今日はゆっくり家で過ごしているとのことだ。乃愛ちゃんは昨日の今日ということで洋介の家に突撃したらしい。


 最初は四人で話をしていたのだが、こうして柚希が耳かきの提案をしたということでこうなっているのである。


「熟年夫婦って酷くない? アタシとカズはまだピチピチの高校生なんだけど」

「あら、でも凄く嬉しそうじゃない柚希。熟年はともかく夫婦って言われて」


 そうだな、こうして柚希に触れていると彼女の心の機微が伝わるような気がする。藍華さんの言葉を聞いて嬉しそうに柚希が反応したのが分かった。というか声音がルンルンって感じだし。


「えへへ、カズと夫婦っていつも思い浮かべることだけど……あ~あ、早くお互いに結婚出来る時期にならないかなぁ」

「そうだなぁ……その時は改めてご挨拶に来ないと」


 娘さんをください、凄く緊張しそうだ。でもそれだけの覚悟を示さないといけないのは百も承知だ。藍華さんと康生さんが慈しんで大切に育てた柚希を……その時二人はどんな顔をするのだろうか。


「ふふ、正直なことを言えば全然もらってくださいって感じだけどね」

「あぁ……」


 ノリノリの藍華さんと違い、康生さんは少し不満……ではなさそうだけど少し寂しそうだ。


「認めないつもりはない……が、やはり娘が傍から居なくなるというのは寂しいものだ。もちろんいつでも会えるとは思うんだがね」


 ……だろうな、っと俺は素直にそう思えた。ただ、柚希はクスクスと笑いながらこんなことを言うのだった。


「アタシはそこまで寂しくないけどね」


 ガタンと、後ろから音が聞こえた。柚希に耳かきをされているので振り向けないが康生さんどうしたんだろう。藍華さんの笑い声がここまで聞こえるくらいなので泣いたりしてるわけではないと思うんだけど……。

 俺を見つめる柚希はペロッと舌を出し、そしてチラッと振り返って口を開いた。


「なんてね。お父さんが傍に居ないのは寂しいに決まってるでしょ。大好きだよお父さん♪」

「ゆ、柚希ぃ!!」


 あ、これは本当に泣いたな。


「ちょっとあなた鼻水まで垂らさないの! 普段の凛々しい顔が台無しよ?」

「お父さん流石にそれはどうなの?」

「だって……だってなぁ!」


 やばいすっごく気になるんだけど!!

 結局、それから耳かきが終わる頃には康生さんは元通りに……ちょっと残念だと思ったのはここだけの話である。


「和人君、柚希もこちらにいらっしゃいな。イチゴのタルトを作ったから」

「おぉ」

「美味しそう!」


 手作りとは凄いな。柚希と一緒に椅子に座り、お言葉に甘えていただくことに。イチゴもそうだけど生クリームにクッキーも美味しかった。


「小学校の時に給食でイチゴのタルトがデザートで出る時があったんですけど、その時はクラスのみんなで取り合いになってましたっけ」

「あ、アタシんとこもそうだった。みんなで立ち上がってじゃんけんするの」


 やっぱりどこも給食にデザートが出てくるとそうなるよなぁ。柚希と笑いながら当時のことを話していると、藍華さんが柚希を見つめてこう口を挟んだ。


「柚希、でも時々あなたがじゃんけんで勝った男の子を脅迫して、デザートを奪い取ったなんて話を空ちゃんから聞いたこともあるんだけど?」

「……ほう」


 思わず柚希を見てみた。すると柚希は覚えがあるのか、汗をダラダラと……は流石に言い過ぎだけど、すぅっと視線を逸らした。


「……空のやつ許さん」

「……………」


 空、俺には止められそうにないすまない。タルトを頂いた後は柚希が俺に寄り添うようにソファで眠っていた。気持ちよさそうに眠っているその姿を見ていると、俺まで眠くなるかのようだった。


「あらあら、気持ちよさそうに眠っちゃって」

「……可愛い寝顔です本当に」


 藍華さんもそうねと言って柚希の頭を撫でた。すると柚希は俺から離れ、藍華さん元へ体を傾けた。藍華さんを俺と思っているのか、ギュッとしがみつくかのようである。


「あらあら、和人君から取ってしまったわね」

「あはは……」


 流石に藍華さんに嫉妬はしませんが……さて、こうなると少し手持無沙汰になってしまった。そんな時だった、康生さんが俺にこんな提案をしたのは。


「和人君、少しキャッチボールでもしないかい?」

「キャッチボール……ですか」


 いきなりの提案に驚いたが、俺自身別に嫌ではなかったので頷き康生さんに続くように外に出た。庭はそこそこ広いため、俺は貸してもらったグローブを付けて康生さんのボールを受けた。


「ほう、もしかして野球の経験が?」

「あぁいえ、昔に体育の時間とかでやったことがあるくらいです」


 そうしてボールを投げた。特にブレることなく胸元に投げられた。そのまま俺たちは少しだけ暑いの空の下でキャッチボールを続けた。


「柚希や乃愛とは出来なくてね。こうやってキャッチボールをするのが夢のように思っていたよ」

「あぁ。確かに柚希たちはそんな感じしませんもんね」


 ボールと取り方、投げ方……もしかしたら康生さんは昔に野球をやっていたのかもしれないな。でもこうやってグローブを付けてキャッチボールなんて普段はすることはないし、少し新鮮な気持ちがして楽しい気分にさせてくれる。


『いっくよ~お父さん!』

『おう、投げ込んで来い和人!!』

「っ!!」


 ボールを投げる瞬間、見たことがない何かを俺は見た。でも、今の光景が何なのか俺にはすぐに理解できた。


「……はは」

「和人君?」

「すみません、何でもないです。ささ、いいですよ康生さん」


 返って来たボールを受ける。パシッと音を立てて受けるのは気持ちがよく、そうしてまたボールを投げ返す。

 ……それを続けながら俺はずっと父さんのことを考えていた。全然記憶になかったけど、それこそ物凄く小さい頃に俺は父さんとこういうことをしたことがあるのかもしれない。


「……………」


 少しだけ安心した。俺はあまり父さんのことを覚えてないし、どんな人だったかも知らないことの方が多い。でも確かに父さんは俺の思い出の中に生きている、それが実感出来ただけでも良かった。


「柚希を会わせてあげたかったな」


 それだけが唯一の心残り、どんな反応をしてどんな言葉をくれるのか……母さんのように凄く喜んでくれて、康生さんと藍華さんのように俺たち二人を見守ってくれるんだろうなと思った。


「お父さんにカズが取られた……」

「あらあら、でも……こうして見てみると親子みたいね二人とも」


 どうやら柚希が起きたみたいだ。康生さんに向けて頬を膨らませているものの、キャッチボールをしている俺たち二人を見る彼女はとても嬉しそうだった。それから俺と康生さんは柚希と藍華さんの二人に見守られながら、満足するまでキャッチボールを続けるのだった。







『和人はどんな子と結婚するんだろうなぁ』

『けっこん?』

『あなた、まだ和人には早いでしょ?』

『それはそうだけどさ。きっと俺が母さんを見つけたみたいに、母さんに似た素敵な子をガールフレンドにするんだろうなぁ』

『う~ん……良く分からないけど頑張る!』

『おう、頑張れ和人!』

『全くもう……』




【あとがき】

自分ももう子供ではないので、昔に親とキャッチボールをしていた……とかを思い出すとじんわり温かいものが目から出そうになります。


さて、そろそろ夏休みに突入ですが……はい。結構柚希との間で過激は言い過ぎかもしれないですが匂わせシーンが多くありそうです。海に行くのもそうですし、夏祭りで浴衣姿で……とか。

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