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「いらっしゃい和人君、もうみんな来てるからどうぞ上がって」
「こんにちはおばさん。お邪魔しますね」
ついに終業式を来週に控えた土曜日、俺は空の家に訪れていた。以前に約束した洋介のホラーゲームデビューの日である。休みの日に友達の家に遊びに向かい、こうして玄関に靴がいっぱい置いてあるとまだまだ学生だなって気持ちになれるなぁ。
空のお母さんに挨拶をして俺は靴を脱いで家に上がった。そのまま二階に向かうとおばさんが言っていたように俺以外の面子は既に集まっていた。
「よう和人」
「遅かったな」
まあちょっと家でやることがあったからな。洋介は……こいつ、なんで寝てるんだと思ったけどそういや朝はジムに行くって言ってたか。それで疲れて今寝てるのかもしれん。
「……懐かしいなそれ」
さて、起きている空と蓮が何をしているかというと昔に流行ったカードゲームをしていた。そこそこ流行っていたのだが、あまりにカードの能力がインフレしすぎて早くに廃れてしまった伝説のゲームである。
「じゃあ俺のターンでこいつを発動する。増幅する力、このカードの効果で俺のモンスターは全て攻撃力五倍だ」
「……マジかよ」
攻撃力5倍とかふざけている数値だ。そんな意味の分からないカードを発動させた空はそのまま攻撃へ。すると蓮が伏せていたカードを発動させた。
「無敵の反射バリアを発動するぜ。このカードは相手の攻撃を無効にし、その時の相手の場に存在する全てのモンスターの攻撃力を合計した数値を相手に与える」
ちなみに、このゲームは相手の体力を削り切った方の勝ちになる。基本的にお互いの持ち点は一万からスタートするのだが……空の場のモンスターの攻撃力を合計すると普通に二十万を超えている。そりゃ五倍したらそうなるって話だ。
昔はどんなに打点が高くても二千とかだったのにどうしてこうなったんだろうか。とはいえ、このままこのカードの発動が許されれば空の負けは確実、だが空の場にはもう一枚カードが残されていた。
「なら俺は伏せていた最後のカードを発動する。絶対無効、このカードは相手が発動する全てのカードの効果を三ターンの間無効にする」
……もう何も言うまい。
そのまま空の攻撃は決まり、蓮は一万の持ち点を失って空の勝ちになった。二人は何とも言えない表情でカードを仕舞い、こんな一言を残すのだった。
「やっぱクソゲーだな」
「んだな」
じゃあなんでやったんだ、そう聞くと暇つぶしだったらしい。それからテレビゲームの準備をしていると、部屋のドアが開いておばさんが菓子とジュースを持って入ってきた。
「はい、お菓子とジュースね」
「ありがとうございます」
お礼を言うのは当然だ。そして菓子の匂いに釣られるように洋介は目を覚まして一番最初に手を伸ばした。
「よし、準備できたぞ。ほら洋介」
「あいよ」
コントローラーを受け取った洋介は早速ゲームを開始した。プレイしているゲームは柚希がやったものと同じで、こうして昼時の明るさではあってもそこそこ怖いと思うけど果たして、洋介はどんな反応を見せることやら。
「そこを押して歩いて、んでこのボタンで走る」
「なるほど……」
操作を教える空、教わる洋介を見ていると蓮が口を開いた。
「柚希は知ってるのか? 今日ここに来ること」
「あぁ」
一応昨日の夜に電話で話していた時に伝えておいた。柚希としては一緒に居たかったみたいだけど、こうして友達との時間を大切にしてほしいとのことだ。明日は柚希の家に行くことになったけどね。久しぶりに藍華さんと康生さんの二人に顔を合わせることになりそうだ。ちなみに、柚希は今日乃愛ちゃんとのデートらしい。デートって言いだしたのは乃愛ちゃんだけど。
「朝比奈さんは?」
「寝てるんじゃない?」
「……なるほど」
汚い部屋でな、そう最後に付け加える蓮なのだった。
さて、ようやく洋介の準備は出来たようだ。空が立ち上がって離れようとすると洋介はガシっと空の手を掴んだ。
「なんで離れるんだよ。そこに座ってろよ」
「いやいいじゃん」
「……座っててくれ」
いやもう怖いのかよ。
どうにか怖がらないようにキッと表情を険しくしながらも、空が離れようとすると心細そうに不安の表情を見せる洋介。この一連の変化を動画にでも撮って乃愛ちゃんに見せたらどんな反応するんだろう。
ちょっと勿体ないことをしたか、そう思ったら蓮がスマホを構えていた。
「……フッ」
「おぉ……」
どうやら今のを全て映像に収めたみたいだ。そのまま操作をしてスマホを置くと、今度は俺のスマホが震えて柚希からメッセージが届いた。
『乃愛がいきなり奇声を上げたけど蓮は何を送ったの?』
「……乃愛ちゃん」
何だろう、その瞬間が容易に想像出来てしまった。どんなものを送ったかを説明するとそりゃそうなるよねと返事が帰って来た。最後に今日は楽しんでねと送られてきたので俺も柚希に乃愛ちゃんと楽しんでと送っておいた。
さて、洋介はどんな様子なのか……。
「……………」
絶句してらっしゃる。隣で空が心底面白そうに肩を震わせて笑っているくらいだしなぁ。あ、そこ進んでいくとあの時柚希が驚いた強制イベントシーンだ。
画面いっぱいに広がる様に幽霊が呻き声を出しながら現れ、洋介が胡坐を掻いたままぴょんと跳ねたぞ。
「……は、くっだらねえ。全然怖くねえし」
「声震えてるぞ~」
隣で空同様に面白くて仕方なさそうな蓮がそう野次を飛ばすように声を掛けた。一瞬こっちを振り向いた洋介は涙目でキッと睨んできたが全然怖くない……いや泣いてるってことは怖いんじゃねえか!
「……蓮、和人も傍に来てくれよぉ」
「やだよ気持ち悪い」
容赦のない蓮の言葉が泣いている洋介を襲う! いやでも分かるぞ洋介、俺も最初の時は空とそんな感じだったからな。俺は洋介に呼ばれたのでそのまま隣に座り、蓮も仕方ないと言わんばかりに俺との隣に座った。
「ほら洋介、来てやったぞ」
「ありがとよ……ありがとよぉ!」
……これは重傷だな。
それから洋介はイケメンらしからぬ悲鳴を上げながらもゲームを進めていき、俺は鼻水が垂れてきたので拭いてあげたりしていた。すると――
「お邪魔しま~す」
「え?」
入ってきたのは青葉さんだった。涼し気なワンピース姿の彼女の登場に俺は驚いたが、よくよく考えれば家が近いしこうして空の家に突然現れることも今までに何回かあったことだ。
「この暑い夏にいいゲームをやってますねぇ。洋介君気持ち悪いですけど」
容赦ないな青葉さん。でも以前にゲーセンに行った時に無類の強さを誇っていたけどやっぱりこういうゲームにも強そうだ。洋介は画面に夢中になってるあまり青葉さんの登場には気づいてない。
「……ふふふ♪」
青葉さんはニヤリと笑って洋介の背中に回った。
「……おい」
「いいぞいいぞ」
止めようとする空、やれやれと乗り気の蓮……ただ青葉さんはすぐには動かない。洋介がプレイしている画面を見ながら最高の驚かし場所を探しているようだ。画面は小さな人形の部屋に映り、ここがあの時柚希がギブアップしたところだ。
「洋介、そこにも怖い仕掛けがあるからな」
「……おうよ。でも甘いなこのゲーム、どうせ人形が倒れたりするんだろ分かってるんだ俺は」
あ、これデジャヴだ。
洋介は大きくを深呼吸をして人形に近づくと、当然人形は何も起こらない。洋介は肩透かしを食らったように、或いは安心したようにホッと息を吐いたその時だった。
『ヌアアアアアアアアアアアアッッ!!』
「ぎゃああああああああああああっ!?」
首が飛んで何かが画面に向かってきた。コントローラーを投げ出しそうになった洋介だがどうにか踏み止まり、歯を食いしばるように耐えた。しかし、洋介の背後には鬼が控えていた。
「わっ!!」
「っ!?!?!?!?!?!?!?」
洋介の耳元で青葉さんが大きな声を出し、洋介は物凄いスピードでテレビの前から空のベッドまで逃げた。そして布団を被るように丸まってしまった。
「……ちょっとやりすぎましたかね」
「そうだね」
「だから言っただろ」
「あははははははははっ!!」
ちょっと洋介が可哀想だけど済まない、俺もちょっと面白かったわ。けどこうして空の家にみんなが集まったけど新鮮だな。青葉さんは普通にぬるっと入って来たし、学校では見ることがあまりない遠慮のない悪戯も始めて見た気がする。
「洋介君、ほらゲームの続きをしましょうよ」
「いやだ! 俺はもうやらない!」
掛け布団を奪い取るようにしながら、笑顔でコントローラーを差し出す青葉さんがとんでもない鬼畜に見えてしまった。それから俺たちは洋介を応援するようにちゃんと隣に並んで、しっかりとそれからも洋介にプレイさせるのだった。
「? どうしたの乃愛」
「きゃ……」
「きゃ?」
「きゃあああああああああああああっ!? 可愛いんだけどもう最高かよ!!」
「っ!?」
的なやり取りがあったとか。
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