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 以前から言っていると思うのだが、俺と柚希を含め、他の幼馴染たち全員で行く海への旅行の日程が決定した。一日泊まることが決まり、場所は朝比奈さんが言っていた別荘である。

 別荘とは言ってもプライベートビーチとまでは行かないらしく、少し離れた場所にホテルなどもあるそうなので利用客は結構居るとのことだ。そんな予定が決まった俺はというと……今日も今日とて柚希の家にお邪魔していた。


「……可愛いなぁ」


 二人でスマホに映る猫の動画をのんびりと見ていた。朝から来ているのだが、さっきまで二人で宿題を少し終わらせ、休憩も兼ねて猫動画を見ているのだ。あまりこういった動画を俺個人としては見ることがなかったが、柚希がよく見るとのことで一緒に見ている。……はぁすっごく癒される。


「こういうの見ると猫飼いたいなって思うけど、大変なんだろうね」

「そうだなぁ。しっかり面倒を見ないといけないし」


 このご時世ペットは簡単に飼うことが出来るけど、同時に捨ててしまう事例も凄く多いと思っている。やっぱりペットも俺たちと同じ一つの命なのだ。故に育てるのは簡単に見えてとても大変なものなんだろう。


 今動画で見ているのは一匹の猫を飼っている飼い主の動画だ。仕事から帰って来た飼い主をジッと見つめておかえりと言っているような仕草、ご飯を持っていけば嬉しそうに機敏に動いたり、もふもふするように撫でれば気持ちよさそうに目を細める可愛い仕草……なるほど、こういう動画を見て心が癒されると言っている人の気持ちが良く分かるというものだ。


「ふふ、こんな風に可愛がってもらえるならアタシも猫になりたいなぁ」


 そう呟いた柚希を俺を見て言葉を続けた。


「それで、飼い主はカズなの。きっとアタシはカズにメロメロだし、カズもアタシにメロメロだと思うな」

「それは……そうなりそうだな」


 柚希の言葉に俺は素直に頷いた。当たり前の意見として柚希の見た目そのもので猫になるわけではない、でも柚希のような性格の猫が本当に居たとしたら……それはとても可愛いくて……少し嫉妬深い猫なんじゃないかと思う。


「ねえカズ、猫と飼い主ごっこしよ?」

「……また突然だな」

「いいじゃん、ずっと宿題してるのも息が詰まるでしょ?」


 ……それもそうか、っと俺は柚希の提案に頷いた。でも猫と飼い主ごっこって何をやるんだろう。以前に一回柚希がふざけて猫みたいに俺を揶揄って来たことがあったけどあんな感じか? それならそれで結構大変そうだ。


「アタシが猫ね。にゃん♪」

「……可愛い」


 ただ猫の鳴き真似をしただけなのにこの溢れる出る可愛さ、ええい柚希の可愛さは化け物か! ってどこぞの大佐みたいなツッコミは置いておいて、本当に仕草の一つ一つが可愛いんだが。たぶん猫になり切るような感じで頬を掻くような仕草をしているけど……猫耳とかあると似合いそうだ。


「……いかんいかん」


 流石にそれ以上はダメだろうと俺は頭を振った。以前隠れた場所で朝比奈さんのコスプレでするのも色々と新鮮だよとか教わったが……いやいや、だからその考えを捨てろっての。


「……カズぅ」


 ……う~ん、とりあえずさっき動画で見たことと似たようなことをしよう。俺は膝をトントンと叩くようにして柚希を呼んだ。すると柚希は猫のように手と足を使いながら歩き、俺の傍まで近寄ってきた。


「にゃ……にゃ~ん♪」


 俺の手に頭を擦りつけるようにしながら好意を伝えてくる。そうして満足したのか胡坐をかく俺の膝の上に座り、抱き合う体勢になって首筋をチロチロと舐めてくる。


「これだといつもと変わらない気もするけど」

「にゃああ!!」


 そうかもしれないけど今は猫なの! そんな意思を感じさせるような力強い鳴き声でした。取り合えず少しご不満のようなのでもふって宥めることにしよう。


「よしよし、柚希は可愛いなぁ」

「ふ……ふみゅぅ……」


 頬であったり顎であったり、頭であったり……とにかく優しく撫で続けると柚希が蕩けたように気の抜けた声を上げた。そのまま全ての体重を俺に掛けるようにして寄り掛かってきた。

 こうなってしまうといつもの柚希である。頭を撫でながら背中も撫でてあげると嬉しそうに頬をスリスリと当ててくる。完全にマーキングする行動のそれだけど、本当に柚希からはいい匂いがする。


「……ふぁ」


 俺も逆に柚希の首元に顔を近づけ、その匂いを嗅ぐように押し付けた。擽ったそうに身を捩ろうとするが観念するがいい柚希よ、君がさっきしたことと同じなんだからいいでしょう? そんな視線を向けると、恥ずかしながらも柚希は嬉しそうに頷いて身を任せた。


 それからしばらく俺と柚希は離れずにずっと引っ付いていた。やはり冷房が効いているおかげなのか、こうして密着していると丁度いい温もりなのだ。お互いに薄い生地の服を着ているからか、肌から感じる体温を遮るものはあまりない。それに柔らかな感触も結構感じ取ることが出来る。


「……柚希、好きだよ」

「アタシも……コホン、にゃ! にゃ~!!」


 アタシもだよ、そう言うように柚希は鳴いた。一瞬元に戻りかけたんだけど、まだこれを柚希は続けたいようだ。よし、それなら柚希が満足するまで付き合うことにしよう。


「俺は柚希が大好きだけど、柚希も俺を好きで居てくれるかな?」

「にゃん!!」

「そっかそっか。凄く嬉しいな。可愛いく応えてくれたので何かご褒美はいる?」

「……ん」


 そう聞くと柚希は唇を突き出した。俺は苦笑しながらも顔を近づけ、柚希とキスをするのだった。さて、ずっとこれを続けるのも別にいいんだけど……柚希はこれ以上続けると流石にマズいと思ったのだろう。あははと笑いながら俺の膝から降りるのだった。


「これヤバいね。アタシたぶんずっとカズの猫で居られる自信があるもん。頭を撫でるだけじゃダメ、顎を触るだけじゃダメ、全身もくまなく撫でてってもっと甘えちゃいそうだし」

「それは……困るな確かに」

「でしょう?」


 そうなると止まれないのは確実だ。宿題どころじゃないし、たくさん汗を掻いてしまうことになりそうだ。


「……でもそれもいいと思ったりしてる柚希ちゃんです」


 えへへと舌を出して素直な気持ちを言った柚希に、俺もだよと返してお互いにまたテーブルを囲むのだった。さて、今日のノルマは後少しだ。それからさっきまでの空気はどこに行ったのか、俺たちは真剣にペンをノートに走らせて今日の予定分を終わらせるのだった。


「う~ん! 終わったぁ!」


 大きく伸びをして柚希は背中から寝転んだ。その拍子に大きな胸がぷるんと揺れたが、ドキッとするのはするけど最初の頃に比べてそうでもなく、俺も柚希と一緒に過ごす中でやっぱり色々と成長しているんだなと実感するのだった。


「今日は乃愛が居ないから静かだね。あの時もそうだけど、乃愛は本当にカズが大好きみたいだから部屋にも突撃してくるし」


 俺と柚希が二人で居てもお構いなしに突撃してくるのが乃愛ちゃんだ。乃愛ちゃんのある意味空気を読まない行動に柚希は怒ろうとするも、やっぱり妹である乃愛ちゃんが可愛くて仕方ないのか何も言わなくなるんだよな。

 ちなみに、乃愛ちゃんは学友と一緒に遊びに出ているらしい。洋介? 洋介はアイスの食べ過ぎで腹をくだしたと柚希から聞いたよ。


「夏かぁ……」

「夏だねぇ……」


 二人して寝転がりながら、暇な時間を過ごす。特に何もすることはなくても、好きな人とこうして同じ部屋に居るだけで幸せになれる。本当に、大切な存在が出来ると人間はこんなにも変わることが出来るんだと知った。

 隣を見れば柚希もまた俺を見ていて、不意に視線が合っただけで笑顔が溢れる。寝転がったままの状態で柚希は俺に身を寄せ、そのまま腕を枕にするようにして眠たそうに欠伸をした。


「カズ……少し寝ても良い?」

「いいよ。俺も少し眠たいし」


 勉強に疲れたからなのか、それとも猫柚希の相手に疲れたのかは分からない。少しすると隣から可愛い寝息が聞こえてきたので、俺もそれに続くように瞳を閉じるとすぐに強烈な眠気が襲ってくる。


 それじゃあ少しだけ、おやすみなさい。

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