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「……うん?」
「だから、好きって言ったら負けの勝負しよ?」
時は放課後、段々と夕焼けが差して来た図書室にて柚希がそんな言葉を口にした。どうして図書室なのかについてだが、無事に天井の補修整備は終わったらしく使用は可能になった。
そんな中で、久しぶりとはいえないかもしれないが、ある程度期間が空いてからの委員としての仕事は新鮮だった。
「……うん?」
「だから、好きって言ったら負けの勝負……しよ?」
ごめん、意味は分かるんだけど意図が理解できなかったんだ。いつものようにそこまで人が居ない図書室、目に見える人でも二人から三人程度だ。なので俺と柚希はお互いに暇を持て余していたんだが、そんな時に柚希のこの言葉である。
……ふむ、好きと言ったら負けの勝負……か。つまりどういうことだってばよって感じなんだが。首を傾げる俺に柚希がルールを説明してくれた。
「えっとね、お互いに相手に色んな嬉しくなるようなことをするの。それでどんなことをされても好きって言ったらダメ、耐えないとダメって勝負」
「なるほど……」
つまり、お互いに相手に対して凄く嬉しいと思わせるような行動をするわけだ。例を出せば柚希が俺に対して嬉しいことをしてくれる、そうなると俺は柚希のことがもちろん大好きなので好きと口に出すのは当然だ。なのでこの勝負は敢えてその好きという言葉を封印してやり過ごすという解釈でいいのかな?
そう確認すると柚希は頷いた。
「それじゃあ始めるよ。スタート!」
「……来い!」
勝負となれば気合を入れねばなるまいて……ただ、柚希からの勝負を受けるとは言ったが具体的にどういう風に進めるのかはイマイチ分かっていない。すると早速柚希が行動してきた。
「行くよカズ、アタシのターン!」
かつて流行ったカードゲームの主人公みたいな台詞を口にして柚希が引っ付くように身を寄せてきた。人の利用が少ないとはいえ冷房が効いている図書室内において夏なのにちょうどいい温もりだ。
一応人の目を気にしながら、手をスリスリと撫でてきたり、徐々に接触する面積を増やすように腕も抱いてきた。こうして二人でイチャイチャしていても、やはりこのカウンター席というのは見えづらいので色々と助かる。
「……好き」
「え?」
おや、今すぐ近くから敗北の言葉が聞こえたような気がするけど。隣を見ると俺の腕を幸せそうに抱いてふにゃっと表情を崩している柚希が居る。俺と目が合うと柚希は嬉しそうにえへへと笑い、また敗北の言葉を口にするのだった。
「好き……はっ!?」
っと、流石に二回目は気づいたらしい。柚希は口元を抑えたがもう遅い、どうやら一回目は気づいてないみたいなので指摘するのはやめておこう。でもこのルールの勝負をして俺は気づいたことがある。この子、めっちゃ弱いってことだ。
「……まだよ。まだアタシは負けないもん!」
「そうだね。それじゃあ俺のターン」
とは言ったけどどう攻めてみるか、とりあえずこうして柚希が傍に居るんだし肩を抱いて引き寄せてみよう。
「……あ」
嬉しそうな可愛い声を聞けてそれだけで満足だ。けど……普段なら好きだよとか口にするんだろうけど、意図して我慢しようと思えば出来るもんだな。やっぱり柚希が弱いだけなんじゃ、そう思って隣を見て俺は思わず吹き出しそうになった。
「す……すすすすすすすす……すぅ!!」
めっちゃ口元がプルプルしている!! というか声が漏れてる!!
もうこれは確信だ。このルールでは柚希に勝ち目は絶対にないと思う。好きって言葉を素直に表現する柚希だからこその弱点みたいなものだ。けど、よくこんな勝負を持ち掛けたなとは思う。
「……なあ柚希」
「な、なに?」
もしかして、そう思ったけど聞いてみることにしよう。
「あのさ、柚希はこの勝負に最初から弱いのは分かってて……とにかく俺から何かされることを期待しての勝負だった?」
「……そ、そんなことないよぉ!? アタシ、勝てる自信あったし!?」
目を逸らしながら、でも決して俺から離れることはしない柚希の言葉だ。凄く分かりやすいその言動と仕草に思わず苦笑が漏れて出てしまう。そんな俺の様子に柚希が頬を膨らませ、何かを言い出そうとしたその時だった。俺はそんな声を遮るように再び彼女の体を抱きしめ、額を隠す髪の毛を持ち上げるようにし……そして周りからこちらに目が向いてないのを確認して額にキスをした。
普段ならこんな気障なことはしない、というかキスするなら唇にする。これは勝負だからこそ、こんな行動を俺はした。すると柚希は茫然とするように額に指を当て、そしてふみゃ~っと猫のように俺の方へしな垂れかかってきた。
「すきぃ!」
速攻で負けを認めた柚希なのであった。それにしても、さっきのどうにか好きと言わないように口元をプルプルとさせていた柚希は可愛かった。笑顔、照れた顔、他にも色んな表情を見てきたけどあんな風に必死に我慢する表情もやっぱり可愛い、そんな風に思うあたり今回は勝負だったから口にしなかったけど、俺も柚希に好きって気持ちをこれでもかと伝えたかった。
「……なんか本当に猫みたいな感じがするなぁ」
「じゃあカズぅ。アタシを猫みたいに可愛がってよぉ」
ということをご要望としてもらったので応えることにしよう。取り合えず無難に頭を撫でたり、顎の下を撫でてみると気持ちよさそうに柚希は目を細めた。たぶんもう柚希にはここが図書室だという考えはないんだろう。完全に俺のことしか目に入ってないようだ。
「人の少なさに感謝しないとな……」
こんな風に柚希と過ごしていても全く誰もこちらを見るようなことはない。読書か勉強に夢中になっているようだ。いつもここを利用してくれている後輩の女の子も何かを必死に書き連ねている……凄いな。あんなに早く一体何を書いてるんだろうか。
「……むぅ!」
「うおっ!?」
そんな風に後輩の子をジッと見ていたからか、柚希が少し強めに俺の両頬に手を当ててクイっと向きを変えさせた。頬を膨らませる柚希に向けて視線を向けさせられたかと思えば、彼女はそのまま顔を近づけて俺にキス……ではなく、頬をその綺麗な舌でペロッと舐めてきた。
「猫はこんな風に飼い主を舐めるもんね♪」
それからペロペロと舐めてくる柚希……だが、俺はそんな柚希を前にしても常に冷静を保っていた! ガラガラっと椅子を引く音が聞こえ、俺は柚希の肩を叩いてやめるように合図をした。すると柚希は最初首を傾げていたが、あっとここがどこか思い出したかのようにサッと元居た場所に座り直す。
利用客の一人が外に出て行き、特にこちらを向いたりしなかったことから何も気づいてなかったらしい。それから一人、去って行き、そして例の女の子が一つの本を持って歩いて来た。
「これ、お願いします」
「はい。それじゃあ貸出カードを出してください」
柚希がカードを受け取り作業をする中、その女の子はやけに俺と柚希を交互に見てくる。俺の視線に気づいた彼女はハッとするように顔を伏せるが、すぐに作業を終えた柚希から本を受け取った。
「あ、あの!」
大切そうに本を抱えた彼女は顔を上げた。あまり大きな声を出すような雰囲気ではないので俺と柚希は少し驚く。そんな俺たちに彼女はこんなことを口にするのだった。
「あ、ありがとうございました! 色々と捗りました! それでは失礼します!!」
それだけ言って彼女はサッと図書室を出て行くのだった。今の彼女の言葉、当然俺と柚希は何のことか全く分からないままだった。
さて、こうして最後の利用客が居なくなったことで、まだ少し早いけどもういいかと俺たちも帰ることにした。鍵を閉めて職員室に向かい、鍵を返却して俺たちは帰路に就くのだった。
「……アタシ、まさかあんなに弱いとは思わなかったよ」
「あはは、瞬殺だったもんな」
さっきは強がるように負けないって言ってたけど、どうやら自分が弱いことを認めたようだ。でも、俺個人としてはあんな風に百面相のように表情をコロコロ変える柚希を見るのは楽しくて好きかな。
「……カズが何か変なことを考えてる気がする!」
「残念外れ、俺は今柚希のことを好きと思いました」
間違ってはない、そう口にすると柚希はもう仕方ないなぁと笑みを浮かべた。
「アタシも好き、あ~これなら弱くてもいいや」
でもまた少し経った時に俺からも提案してみよう、あの可愛い柚希を見たいがためにね。
【あとがき】
息抜き用に頭を空っぽにして書こうと思った作品として、
“隣の部屋に住むお姉さんがエッチすぎる件”という新作を投稿しました。基本的にこう書こうと思ったことを素直に書いていく作品にしようと思っているので、年上のお姉さんが好きって方は是非読んでくださると嬉しいです。
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