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「……今更なんだが、俺たち居る意味ある?」

「あるよ!」

「あるに決まってるでしょうが」


 俺の隣でそう呟いた洋介に、目の前の女の子二人が同時に振り向いてそんな言葉を返した。振り向いた女の子二人、柚希と乃愛ちゃんの姉妹が手に持っているのは水着である。


 そう、そろそろ夏が来るということで今年着るための水着を買いに来たというわけだ。俺自身こうやって女の子の水着選びに付き添ったのは初めてだし、洋介は乃愛ちゃん関係で初めてではないようだが、やはり少しだけ居心地の悪さを感じているらしい。


 まあ確かにこうやってレディース関係の場所に来るのは男としては居心地は若干悪いよな。最初は他の利用客からジロジロと見られたものの、お互いに柚希と乃愛ちゃんの二人が手を繋いでくれていたのでそこまで気にされることはなかった。


「どれにしようかなぁ」

「……カズを悩殺する水着、妥協は出来ないわ」


 純粋に水着選びをする乃愛ちゃんと違い、柚希はまるでこれから戦地へ赴く戦士のような面構えだった。

 色んな水着を見ている二人を眺めながら、俺と洋介は疲れたように溜息を吐く。


「お互い災難だな?」

「そうだなぁ……でも」


 別に男としての欲望というか、願望のようなものを口にするつもりはない。それでもこうやって自分の彼女が水着を選ぶ姿、俺のためにどんな水着を選んでくれるのかっていう期待と共に一種の感動のようなものを覚えていた。


「……色んな水着があるんだな」

「下着と一緒だよな。男なら一瞬で決まるようなもんだけど」


 色んな形……という言い方はおかしいか、普通のビキニであったりフリルの付いたタイプであったり……模様に関しても途方もない量がある。女の子なのだからファッション性もあるのだとは思うけど、本当に凄いなと素直な感想を持った。


「ねえようくん、これはどうかな?」


 そう言って乃愛ちゃんが水色のビキニを手に取って体の前で付けるような仕草をした。洋介は一瞬考え込むように顎に手を当てた後、一つ頷いて返事をした。


「似合ってると思うぞ」

「……その似合うに嬉しさを感じる自分と物足りなさを感じる自分が居るんだけど」

「物足りないのは胸じゃ――」

「そいやあああああああっ!!」

「ぐはあああああああっ!?」


 乃愛ちゃんの見事なアッパーが洋介に決まった。小柄な乃愛ちゃんよりもずっと体が大きい洋介だが、今の一撃が綺麗に決まったのか思いっきり尻もちを付いた。


「洋介……流石に言って良いことと悪いことがあるぞ」


 あれだぞ? 暗に俺も乃愛ちゃんは胸がないと言っているわけではない。乃愛ちゃんのことを考えれば、柚希と比べて自分の胸にコンプレックスのようなものを抱いていることはすぐに分かる。だからこそ、それはどんな理由があるにせよ容易に触れてはいけない領域なんだよ。


「……いってぇ」


 いきなり何するんだと洋介は文句を口にするが、乃愛ちゃんは手を差し伸べることすらせずにふんとそっぽを向いた。ついでに周りに居た客もあれは仕方ないねという顔をして洋介を見つめていた。


「……またやっちまったか」

「自覚はやっぱりあるんだな」


 でも、乃愛ちゃんはそんな洋介を見て嬉しそうに笑っていた。他の人にはどういう風に見えているのかは分からない。だが乃愛ちゃんからすれば、洋介とのこんなやり取りもやっぱり大切で大好きな時間なんだろうなと思う。


「ほらようくん、試着するからこっち来て♪」

「ちょ、ちょっと待てって。わざわざ試着する必要があるのか!?」

「ありますぅ! その上でようくんからの感想が欲しいんですぅ!」


 ……俺が言えることではないと思うけど、あの二人本当に付き合ってないのかって感じだな。手を引く乃愛ちゃん、そんな乃愛ちゃんに言葉では困ったようにしながらもやれやれと大人しく付いていく洋介の二人はまるで仲の良い兄妹みたいだ。見ているこっちまで笑顔になるような、そんな仲の良さを思わせる。


「あんな感じだけど、乃愛も結構恥ずかしがってるんだよ」

「へぇ」


 いつの間にか隣に来ていた柚希がそう口にした。さて、柚希も柚希で手に水着を持っていた。黒の……フリルが付いた感じのビキニかな。これを持って俺の元に来たということはつまり……そういうことなのだろう。


「ほら、アタシたちもいこっか♪」

「……うん」


 ここは大人しく付いていくことにしよう。水着を持って試着室に入った柚希、中からしゅるしゅると服を脱ぐ音が聞こえ、ある程度の時間が経って控えめにカーテンが開かれた。


「……おぉ」


 思えばこうして柚希の水着を見たのは初めてだ。色は黒、二段フリルの付いたビキニは可愛らしさを感じるさせるものの、包んでいる凶悪なボリュームのある胸からはとてつもない色気を感じさせる。

 言葉を失うように顔を赤くした俺を見て、柚希は成功だねとピースサインを作った。


「普段付けるブラとかはサイズが合わなくなったりしたら大変だけど、水着だとある程度の変化はカバーしてくれるんだよね」

「そうなんだ」

「うん。カズと付き合ってから1カップ大きくなったけど大丈夫そう」


 そう言えば少し胸が大きくなったって言ってたような……FだったからつまりはGになったということか。やばいな、こんなことを考えてしまうと必然的に俺の目は柚希の胸に吸い寄せられてしまいそうになる。

 必死に目を逸らすように頑張っていると柚希が耳元でこう囁いて来た。


「二人きりになったらいいよ? どれだけ見てもいいし、触ってもいいから。だから今は我慢してね?」

「……いや、流石に時と場所は考えるって」


 そんな盛りの付いた猿じゃないんだから……。それもそっかと柚希は笑い、俺の反応もあって水着は一発で今着たモノに決めたようだ。それから乃愛ちゃんと洋介も戻ってきて二人とも会計を終えた。

 それからまだ一緒に過ごそうということで、ダブルデートのような感じで時間を潰すことに。デパート内ということもあり色んなお店が出ているので、柚希たちに連れられるように俺たちは買い物を楽しんだ。


「カズ、ちょっと来て?」

「え?」

「アタシたちちょっと二人であっちの方行くから」


 それだけ言って俺は柚希に手を引かれてその場から離れ……ることはなかった。ある程度離れた位置まで歩き、再び乃愛ちゃんと洋介の声が聞こえるような場所まで隠れるように戻った。


「どうしたんだ?」

「ううん、何となく……乃愛が何かに悩んでる気がしてさ」

「……そうなのか」


 今日俺たちと一緒に居る時にはずっと笑顔だったから俺は気づけなかった。でも姉として柚希は何かを感じたのかもしれない。何か悩みがある、それを聞いて俺も柚希と一緒に残された二人の姿を眺めることにした。


「今日は楽しかったねぇ!」

「そうだな……俺は疲れたけど」

「あはは、私たちと一緒だといつものことじゃん」


 楽しそうな雰囲気はさっきまでと変わらない。それでもやっぱり、柚希は乃愛ちゃんの小さな変化を感じたようだ。


「……たぶん、乃愛はアタシの前だと誤魔化しちゃうからね。それで無理やり聞こうとしても結局喧嘩になるかもしれない。だから、こういう時は洋介を頼ることにしているの」

「洋介を……」


 柚希の言葉を聞いて俺はジッと二人の様子を窺う。すると、少しだけ表情を真剣なモノへと変えた洋介が口を開いた。


「何か……あったか?」

「……何のこと?」


 その間は何かあると言っているようなものだけど……凄いな。洋介は乃愛ちゃんのことに気づいていたみたいだ。


「なあ乃愛、俺は正直女心は良く分からん。余計なことを言うし、その度にお前や凛たちに殴られることも多いし」

「今日もそうだったね」

「……だな。でもな、そんな俺でも……分かることがある」

「え?」


 見つめ合う二人の姿、乃愛ちゃんは真剣な表情の洋介に顔を赤くしている。俺も柚希もそんな乃愛ちゃんを見て照れてるなんて笑える雰囲気ではなかった。洋介はどんな言葉を口にするのか、いつにない真剣な様子でこう言葉を続けた。


「そんな俺でも乃愛、お前の変化には気づけるんだ。何か悩んでるんじゃないかってな。何年一緒に居たと思ってる、何年お前を見ていたと思ってる……って、確証があるわけじゃないんだが」

「……もう、そこまで言ったら言い切ろうよようくん」


 ガクッと肩を落とした乃愛ちゃんだが、ゆっくりと体を傾けて洋介に身を預けた。洋介は少し焦りながらも乃愛ちゃんの体を受け止めた。


「ふふ、ねえカズ。私たちは先に帰ろっか」

「そうだな。気になると言えば嘘になるけど、後は洋介に任せよう」


 もし乃愛ちゃんが何かを話してくれるなら最大限力になりたい、でも今彼女が頼りたいと思っているのは洋介のはずだ。それなら、今は洋介が乃愛ちゃんの傍に居てあげるべきだろう。


「あの察しの良さを普段も発揮してくれるといいんだけどね」

「はは、そうだな」

「でも、あれで一番大切なことに気づけてないんだから」

「……何となく答えが分かるな。


 ずばり乃愛ちゃんの洋介に向ける気持ちってところか。俺の考えていることが分かったのか柚希は頷いた。あんな雰囲気だしもしかしたら進展もあるかもしれない、でもあまりそれが期待できないのも洋介らしい信頼感のようなものだ。


「ま、アタシも家でそれとなく聞いては見るけどね」

「そっか。もし差し支えなかったら俺にも教えてくれると嬉しい」

「分かった」


 ここからは別々に過ごそう、そんなメッセージを柚希は乃愛ちゃんに送った。しばらくして返事が帰って来たのだが、やっぱり洋介は洋介だったとの返事……俺と柚希はやっぱりかと残念に思うと同時に、何故か安心したのは秘密だ。

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