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「……結構汗掻くようになってきたな」


 七月に入ってしばらく経つので暑くなるのは当然だが、これがまだ夏本番の暑さではないというのが戦慄ものである。去年はクーラーが壊れて扇風機でしばらく過ごしたものだが……思い出すだけでも地獄だった。


 さてさて、学校終わりの放課後だが今日は一人で街中をブラブラしていた。隣に柚希が居ないのを不思議に思われるかもしれないが、彼女は今日女子会というやつである。青葉さんと朝比奈さんの三人で遊びに出かけた。またいつぞやみたいに街中でひょっこり出会うこともあるかもしれないが……それはそれで彼女の顔を見れるなら嬉しいことだ。


「そういやあの漫画の新刊が発売日だったか。本屋でも行くか」


 よし、目的は決まった。背中が汗掻いて気持ち悪いし、涼む意味でも本屋に急ぐことにしよう。店に入り新刊が並べてあるのを確認し、特に続きを読むつもりもない名前も知らなかった漫画を手に取る。自分の見聞を広めるためでもあり、ただの気まぐれでもあるが、こうして特に興味のない本であっても触りだけ読んでみることは結構共感してもらえるのではなかろうか。


「……ほう」


 最近の文庫本は何というか……結構挿絵が際どいのが多いんだなと感想を持つ。台詞だけなら普通に男と女のアレを想像させるし、何ならカラーの付いた表紙のすぐ後ろの絵にしても完全に見えちゃってるし……最近の本は凄いんだな。

 ある程度本を読んで時間を潰し、買うつもりの本を持ってレジに向かった。


「ありがとうございました!」


 本を鞄に入れて店の外に出ると、むわっとした暑さが再び俺を襲う。一瞬にしても頭皮から汗が流れてくるような暑さに嫌気を感じながら、さっさと帰ろうとしたところで背中から声が掛けられた。


「あれ、三城じゃね?」

「うん?」


 いきなり名前を呼ばれたので振り返ってみると、見覚えのある顔が三つあった。というか中学の時の同級生だった。


「やっぱり三城じゃん。久しいな!」

「おぉ、全然変わってない!」

「それは失礼なんじゃないか?」


 上から前園、新田、千崎という名前だ。この三人は確か同じ高校に進学したはずだ。竜崎の時も言ったけどこうして中学の同級生と偶然とはいえ会うのは久しぶりだった。


「そんな二年程度で変わるかよ。久しぶりだな……あ~」

「……おい、俺たちの名前忘れたとか言わねえよな?」

「冗談だよ。前園、新田、千崎」


 そう名前を呼ぶと三人とも嬉しそうに笑った。男子に名前を呼ばれても普段は嬉しくも何ともないだろうに、やっぱり思い出補正というか久しぶりに出会ったら懐かしさが勝るんだろう。

 それからしばらく話し込んだ。それはもう盛大に話し込んだ。やっぱりかつての級友と会うと話が結構弾むもので、時間を忘れると言ったらオーバーだが本当にそれくらい長い時間話し込んだ。


「それにしても三人で遊んでたのか?」

「あぁ……つってもナンパして失敗したけどな」

「へぇ?」


 そう答えたのは前園で、他の二人も照れくさそうに頷いた。


「すっげえ可愛い子が三人連れ立って歩いてたんだよ。それでさ、これはチャンスと思って話しかけたんだが……どうもその内二人は彼氏が居るっぽくて、もう一人は全く興味ありませんって顔だった」

「そうなのか」


 まあでも、俺はナンパはしたことないからその度胸は凄いと思うけどな。今となってはする必要がないのもあるけど……ま、仮に柚希っていう彼女が居なかったとしてもナンパはする勇気はないかなぁ。

 前園の話を引き継ぐように新田が興奮した様子で口を開く。


「その内の一人がものすっごい美人なんだよ。見た感じ俺たちと同学年だとは思うんだが色々と凄かったわ。でも彼氏が居るって……世の中不公平だよな。あんな美人の彼氏ってなると超絶イケメンしか無理じゃねえか」


 うんうんと千崎が頷いた。


「本当だよなぁ。うちの高校もレベルが高い女子は多いけど、軒並み彼氏持ちだし他校もやっぱりそうなのかよって感じだわ。つうか、あの三人はうちの高校の女子じゃ太刀打ちできないくらいの美人揃いだったけど」

「そんなにか」


 この三人がそこまで言う美人ならちょっと見てみたいって気持ちもあるな。三人の様子から誇張でもなんでもなさそうだし……ま、見てみたいとは言ってもそこまで興味があるかって言われたらそうじゃないけどさ。


「三城、お前も一人で居るってことは彼女居ないんだろ? 仲間だな!」

「彼女居るだけが高校生活じゃねえよ。連れと一緒の方が楽しいってことも多い!」

「そうだそうだ。つうわけで三城、これからカラオケでも行かないか?」

「……まあいいけど」


 この空気の中で彼女居る、しかもとびっきり美人がとか言ったらどんな反応をされるのか逆に怖い気もするな。

 いつまでもジュースを片手に日陰に居るのはごめん被る、ということで急遽カラオケに向かうことが決まった。


「そういやその三人だけど三城の高校だったわ」

「そうなのか?」


 それは良い情報をもらった……でも、俺の高校に通う同学年っぽい美人な三人の女子か。一瞬柚希たちかなと思ったけど、そんなピンポイントに繋がるわけがないと俺は首を振った。


「こうやって中学の同級生に会ったのは竜崎以来かなぁ……あいつとも最近会ってないけどさ」

「へぇ……ていうかあいつめっちゃ変わってたよな。俺ビックリしたわ」


 あ、やっぱりその認識はみんなもなのか。竜崎を思い出すとあの子が頭に浮かぶけど何をしてるのやら。あの女の子はともかくとして、竜崎は普通に良い奴だしこの中に居ても楽しそうではある。


 それからかつての級友とはいえ男だけのカラオケパーティのようなものが幕を開けた。色はない暑苦しさが消えない面子だが、普通に楽しかった。歌うだけでなくお互いの近況なんかを話したりして、たとえ高校は違ったのだとしても中学の頃から続く繋がりは決して途切れてはないんだって再認識した。


「いやぁめっちゃ歌ったわ」

「だな。声が枯れそうだ」

「既に枯れてんだろ」


 ケラケラと笑う三人を眺めながら、俺も喉を潤すために買ったお茶を飲む。何曲歌ったのか覚えてないけど、順番に歌ったし合いの手を入れて盛り上がりもしたり、何なら昔の懐かしいアニソンをデュエットなんかもしたりして本当に楽しかった。


「……今日お前らに会えて良かったよ。すっげえ楽しかった」

「へへ、そいつは俺たちもだ。また時間が出来たら遊ぼうぜ?」

「おう」


 前園が嬉しそうに肩に腕を回して来たけど暑さを考えろ暑さを。ペシッと叩いて何とか接近は阻止した。そんなこんなで解散の時間になったんだが、そこであっと千崎が声を上げた。


「三城三城! あの三人だ俺たちがナンパしたのは」

「マジか……あ」


 千崎が指を向ける先に居たのは女子三人、確かにうちの高校の制服だ。……さて、不自然に言葉を止めたのか。おそらく察してくれる人なら察してくれるはず……そうだ。だってその三人、思いっきり俺の知り合いだし。


「……どうした三城」

「いや……」

「ふ~ん、それよりあの三人お前知ってんのか? 名前とかさ」

「……えっと」


 これはたぶん、色々とめんどくさいことになる流れだ。このまま向こうにも気づかれることなく、三人を誤魔化してこの場を収めることに全力を尽くそう……とした俺の決意も空しく、ビビッと何かを感じ取った柚希が凄い速度で振り返った。


「……おい、こっち向いたぞ」


 新田がそう声を漏らす中、俺と柚希の視線はガッチリ絡み合った。ニコッと笑みを浮かべた柚希は大きく手を振っている。それに気づいた青葉さんと朝比奈さんも振り向いて俺に気づいた。


「やっぱりお前知り合いなのか!?」


 ガクガクと肩を掴んでくる前園、そんな彼の後ろから三人が歩いて来た。俺たちがどんな会話をしていたのか全く気にすることもなく、先に声を掛けてきたのはやっぱり柚希だった。


「やっほカズ! そっちの三人は先ほどはどうも」


 俺から視線を外した時に少し表情が怖くなったが、すぐに笑みを浮かべた柚希。前園たちは何故か信じられないように俺を見つめていたが、こうして目の前に三人の女子が居るとなると俺にだけ意識を向けることは出来ないらしい。


「どうしてこの人たちがって思いましたけど……もしかして中学の時の同級生とかでしょうか」


 全くヒントがない状態なのにそう察してくれたのは流石青葉さんだ。頷くと三人ともそうなんだと表情が柔らかくなった。少し警戒していた顔だったけど、俺の知り合いということもあって若干ではあるが警戒を解いてくれたらしい。


「そっか。それで遊んでたの?」

「あぁ。久しぶりに会ったのもあってね」


 さてと、こうして出会ってしまったわけだが……俺たちはもう解散だし流れに任せて行ってしまうことにしよう。


「それじゃあ前園、新田に千崎も今日はありがとな。また機会があったら遊ぼう」


 そう言って離れようとすると、柚希がギュッと手を握ってきた。


「それならアタシたちももう解散なんだよね。一緒に帰ろ?」


 無邪気にそう言って来た柚希に俺は頷いた。


「ふふ、ちょうど良かったね柚希ちゃん」

「うん♪」


 手を繋いだと思ったら、今度は俺の腕を組むように身を寄せてくる。衣替えを終えたことで上着が一枚減っただけだが、柚希の大きな膨らみをダイレクトに腕に感じるかのようだ。そして、俺と柚希の接し方は友人同士のものでは当然ないことに前園たちも気づいたんだろう。


「……ちなみに二人はどういう関係で?」


 その言葉に答えたのは柚希だった。


「だってアタシの彼氏だもん。言ったでしょ? アタシには素敵な彼氏が居るって」

「っ!?」

「な、ななななななな」

「……………」


 呆然と俺たちを見る三人、柚希は首を傾げたままだが青葉さんと朝比奈さんは肩を震わせて笑っていた。それから俺は柚希を連れてその場から離れたわけだけど、たぶんあの三人に誘われることはないんだろうなって思ってしまった。


「どうしたの?」

「いいや、何でもないよ」

「そっか……えへへ♪ やっぱりカズと一緒に居るのが一番だよぉ」


 昼間とかならこうして引っ付くことはないんだろうけど、夕方になると冷え込んでくるのでちょうどいいと言えばちょうど良かった。あんな出来事があった後とはいえこうやって柚希と出会って一緒に歩いていることに喜びを感じているのはきっと、俺も柚希と同様に彼女に出会えることをやっぱり望んでいたんだろう。


『お兄さん、お姉ちゃん私のベッドでお漏らししたんですけどどう思いますぅ?』


 ……って俺の馬鹿野郎、こんないい雰囲気の時にいつぞやの大事件を思い出すんじゃない! 隣を見れば本当に可愛くて美人な自慢の彼女、でも時にはお漏らししてしまう愛らしさ……って乃愛ちゃん凄い揶揄ってたんだよな。あの時の柚希を慰めるのにどれだけ頑張ったことか。


『腰の方が徐々に温かくなっていくあの感触、私は絶対に忘れられないんだけど』

『……ごめんなさい』

『お姉ちゃん、その謝罪はうんこを拭いて水に流したトイレットペーパーくらい価値がない謝罪だから』


 ……うん、あの時の乃愛ちゃんはキレッキレだったなぁ。流石にもうお互いに文字通り水に流して仲のいい姉妹に戻ったけどね。

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