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あれから乃愛ちゃんとも一緒の時間を過ごし俺は帰ってきた。どうやらまだ母さんは帰ってないらしく当然だけど明かりは点いてなくてちょっと寂しかった。玄関を開けた時に柚希がおかえりと言ってくれたあの瞬間、あれが如何に幸せなことだったのかと噛みしめる。
「……ったく、俺ってこんなに寂しがり屋だったか?」
そんなことを呟きながら俺は玄関を潜った。
母さんが帰ってくるまでに風呂の掃除と、それからリビングもちょっと掃除しておくか。そうやって時間を潰していると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~!」
どうやら母さんが帰ってきたみたいだ。リビングの扉を開けて入ってきた母さんはどこか疲れたような顔をしながらも、俺の姿を見て笑みを浮かべた。
「二日ぶりの息子の顔だわぁ。ほらほら息子よ、母の胸に飛び込んできなさい」
「遠慮する」
「なんでよケチ」
ケチってなんだよケチって……母さんは荷物をテーブルに置いて俺の元に駆け寄ってきた。そのまま抱きしめるようにギュッと背中に腕を回してくる。こう言っては何だが柚希が抱きしめてくるよりも遥かに力が強く、正直早く離してくれと思ってしまうくらいには苦しかった。
「よし、息子成分摂取終わり!」
「……そいつは良かったよ」
満足そうな顔をしている母さんが見れればまあ……それにしても苦しかったけど。
それから風呂を済ませ、母さんが持って帰った弁当を夕飯として食べる。そんな中酒の入った母さんに俺は柚希との二日間を根掘り葉掘り聞かれることになった。
「そうなの。それは随分とラブラブな二日間を過ごしたようで……いいわねぇ青春じゃない」
「……自分の母とこういう話をするのは恥ずかしいんだが」
俺は弁当の中の刺身を食べながらそう呟く。まあ母さんの立場からすれば気になって仕方ないのかもしれないけど、それを話す俺の身にもなってほしい。それなら話さなければいいじゃないかって話ではあるのだが、母さんが悲しそうな顔をするのが分かるからだ。とはいっても振りだけど、それで俺が仕方なく話すことも母さんからすれば分かっていることだ。
「でもそっか。あの時ね、柚希ちゃんからサプライズだからって提案を受けた時は何というか、この子らしいなって思ったのよね。柚希ちゃんらしい優しさ、和人を心から想っていることが分かったもの」
「……なんで母さんがあの時笑ってたのかは分からなかったけど、そうだったのかってビックリしたよ」
ビックリしたと同時に、凄く嬉しかった。それだけは何度言葉にしても言い表せないほどの感謝を感じている。
それからも母さんから柚希とどんな風に過ごしたかを聞かれながら、俺は相も変わらず弁当を突いていた。すると母さんが何かを思い出したように、柚希のことと関連して別の話題を口にした。
「今思い出したんだけど、高校の時にあなたたち二人みたいなクラスメイトが居た気がするわねぇ」
ビールをぐびぐびと飲みながら母さんがそう言った。ふ~ん、俺と柚希を客観的に見るとそれはまあ……恥ずかしいとは思うけど、そんな二人が母さんの時代にも居たんだな。ってそうか、蓮と朝比奈さんみたいな感じと思えばいいのか。
「男の子は凄い真面目そうな子で、女の子の方はぽわっとしてたかしら。でも当時凄く仲が良いカップルだったというのは覚えてるわ」
「へぇ」
「そうそう! 和人が風邪をひいたときに柚希ちゃんがお見舞いに来たようにね? その男の子も学校を飛び出して女の子の家にお見舞いに行ったこともあったのよぉ……そうだわそうだわ思い出してきた」
柚希にも思ったけど、行動力が凄いなぁ。今となっては俺も似たようなことはするかもしれないけど、学校を飛び出すって結構凄いことだと思うんだよ。
「当時の写真はもう残ってないでしょうし……私は仕事が忙しくて同窓会とかも行けなかったからね。もう同級生にはそうそう会うこともないから」
「そうなんだ」
写真も残ってないし母さんからすればそれこそ20年くらい昔のことになるわけだ。少し覚えているだけでも凄いと思うけど、やっぱり詳しくは覚えてはないみたいだ。
「う~ん、あいちゃんとこうちゃんって呼ばれてたのは覚えてるんだけど……それくらいかしらねぇ。あぁビールが美味い」
って母さんもう何本目? 三本目か? 大丈夫か?
「明日はお休みだから大丈夫よ~ん♪」
あぁそれなら大丈夫か。だけど二日酔いに悩まされそうな量だし程々にしておいてとは伝えておいた。
夕飯を終えて歯を磨き部屋に戻るとスマホが丁度震えていた。誰かと思って手に取るとそこには柚希の名前があった。
「……はは、もしかして心配させたのかな」
俺と柚希はそれぞれの家に居て傍にはいない、でもこうやって俺たちは繋がっている。どんなに離れていても話そうと思えばいくらでも話せるし、会おうと思えばいつでも会える。
俺はそんな幸せを噛みしめつつ、通話ボタンを押すのだった。
夜は静かで寂しさは感じるもの、けれどこうやって柚希の声を聞いているだけで寂しさは薄れてくる。彼女の存在を今一度俺は大きなものとして心に刻んだ。基本的に柚希との電話は長電話になることも結構あって、今日にしても実は長電話をする羽目になった。
『……うわっ!? もうこんな時間じゃん!』
「はは、本当だな。つい夢中になったよ」
お互いに困ったもんだと苦笑し、今日はこれで終わろうかと電話を切ろうとして柚希がこう口にするのだった。
『……ねえカズ、アタシ……ちょっとマズいかも』
「どうしたんだ?」
いきなりシリアスな空気を醸し出した柚希に俺はどうしたことかと気になった。少しの間を置いて柚希はこう言葉を続けるのだった。
『今になってホラーゲームのこと思い出しちゃった……』
「あ……あ~」
それは……この時間帯はかなりマズいのでは。俺の傍に居る時も一人でトイレに行けないくらいに怖がっていたのにこれは……今俺は傍に居ないわけだし、ここは恥を忍んであの子の傍に居てはどうかと提案した。
「乃愛ちゃんと一緒に寝たら? それでトイレとかも何かしら理由を付けてさ」
『……うぅ……分かった』
乃愛ちゃんは……もしかしたら柚希を揶揄うかもしれないけど、あの柚希大好きな乃愛ちゃんのことだ。一緒に寝ようって提案されたら絶対に断ることはないだろう。
『恥ずかしいけど今から乃愛の部屋に行くね……おやすみカズ、また明日ね』
「あぁ。おやすみ柚希」
でも……柚希の気持ちも分かる気がするなぁ。俺も怖いゲームとかテレビ番組を見た時は結構気になるのだ。たとえば風呂に入っている時、頭を洗う際にシャワーを頭に掛けるんだけどその時目を瞑るんだが、次に目を開ける時が怖いわけだ。後は洗面台で顔を洗う時、水で顔を洗って顔を上げる時が最高に怖く感じる時がある。高校生になってからそれも少なくなったけどさ。
「明日の朝寝不足になったりしてないといいけど」
そう苦笑して俺もベッドに横になった。もうすぐ七月に入って梅雨も明けると本格的に夏が始まることになる。毎年暑いのは苦手だから夏ってそこまで好きではないんだけど、今年は例年と違ってきっと楽しい夏になると思っている。
「……柚希」
頭に浮かんだのは笑顔の柚希だ。彼女が傍に居るだけでどんなことも楽しく、幸せに感じられる瞬間は多い。夏となると色んなイベントがあって、それこそ柚希とその楽しみを共有することは増えるはずだ。もう高校生っていういい歳なのに、そのことを想像して今からとてもワクワクしていた。
「さてと、寝るか」
電気を消して眠ろうと目を閉じた時、スマホが再び震えてメッセージが届く。送ってきたのは乃愛ちゃんだ。
『なんかいきなりお姉ちゃんが一緒に寝ようって言って来たんだけど! なんですか今のお姉ちゃん凄い可愛いんだけど!? 取り合えず、今日はお姉ちゃんのおっぱいに包まれて寝ることにします! 羨ましい?』
「……こいつめ」
文面が既に色々と暴走しているけど、ちゃっかり最後に余計なことを書き添えて送りやがったみたいだ。俺は少し……本当にすこ~し羨ましいなと思いながら、変なことはするなよと送っておいた。
「夏を前に……本当に濃い学生生活だったなぁ」
そんな風に思い出を語るようなことを呟きながら、俺は眠りに就くのだった。
「……乃愛? 寝てる?」
「……すぅ……すぅ……すぅ」
「寝てるの……? あ、おトイレどうしよう」
「……ふふ……すぅ」
「……正直さ、既に入口付近なんだけど……ヤバいんだけど」
「……っ~……!!!」
「漏れる……あ、でもそうよね。人間生まれた時はみんなお漏らしが普通だったし別に漏らすことは変ではない? そうよね、全然おかしなことじゃないじゃん」
「!?!?!?!?!?!?!?」
「カズとする時も気持ちよすぎて……いやあれはおしっこじゃなかったけど漏らしたし……ねえ乃愛? 本当に寝てる? お姉ちゃん防波堤決壊しちゃうけどいい?」
「……………」
「何もないところでこれほどの水遁をみたいな感じになるけどいい?」
「お姉ちゃん!? 所々変なネタをぶち込むのをやめて! 分かったよおトイレに行くよほら!」
「……………」
「……?」
「……ごめんなさい」
「っ!?」
その日、月島邸で乃愛の悲鳴が響き渡ったそうな。そして和人は幸せそうな顔で寝ているのでした。
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