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「うわ~、降ってきたね」
放課後になり帰ろうとした矢先のことだった。通り雨なのか分からないが大粒の雨が降っていた。昼休みの時には綺麗に晴れていたのに、こうして帰る時間になった瞬間見計らったように大雨になってしまった。
「まあ梅雨だからなぁ。仕方ないさ」
梅雨になると雨は多くなるし、こんな風にいきなり土砂降りになることも少なくはない。この時期は本当に天気予報もあまり当てにならないからな。でも、こうやって実際に帰る時に雨がひどいのは久しぶりだ。
柚希の荷物を予め朝早い内に出て家に届けておいた。その時に傘も持っていたし雨が降っているからといっても問題はない。
「歩いてるうちに止むかな」
「どうだろ、とりあえず行こうか」
お互いに傘を広げて歩き出した。とはいえ大粒の雨ということもあり勢いも強くこうして傘をしていても足元は濡れてしまう。ズボンを穿いている俺はともかく、スカートの柚希は靴下が濡れて気持ち悪そうだ。
「……おのれ雨め、私とカズのラブラブを邪魔しおって」
確かにこんなに雨が強いとおちおち手を繋ぐことも出来ない。傘が面積を取ってしまう以上距離は一定以上離れないとだからな。空を見て恨めしそうにそう言った柚希に苦笑していると、ちょうど近くに田んぼが見えてきた。水が張ってある田んぼが近いということで、これでもかとカエルの大合唱が聞こえてきた。
「凄いねこの泣き声」
「……そうだね」
柚希の声に俺は少し返事が遅くなった。実を言うと、俺はあまりカエルが好きではない。見た目は可愛らしいと思うんだが、あのぴょんと跳ねる動作がイマイチ慣れないのだ。小学校の時、そんな俺を揶揄うようにカエルを近づけてきた友達が居て大喧嘩になった記憶がある。昔のことはあまり覚えてなくても、それを覚えているということはかなり強烈な記憶だったんだろう。
「? どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
そう言えば、柚希にはあまり苦手なモノとか話したことはなかったか。基本的に生き物とかだと、カエルを筆頭にそうだな……ミミズとかも無理だ。触るなんて絶対に無理だし……はぁ、家の庭で時々草むしりをする時に目にする時あるけどかなりビックリするんだよな。
「雨降るとやっぱりジメジメするよな。なあ柚希、ジュース買ってもいい?」
「いいよ。アタシも買う」
途中にあった販売機の前で足を止め、財布から小銭を出して入れた。そして欲しい飲み物のボタンを押そうとして……俺の目は奴を捉えてしまった。もう少しで指が触れる直前、まるで俺の指からボタンを守るように引っ付いている緑のそいつは居た。
「のわああああああっ!?」
……いや、人間誰しも予期しない瞬間に苦手なモノが目の前に現れた時こんな感じにビックリするだろう。今の俺が正にそれだった。
「カズ!? どうしたの!?」
悲鳴を上げた俺に何事かと柚希が声を掛けてきた。俺の指の向こう、奴は口元をプルプルと動かしながらそのつぶらな瞳で俺を見つめている。……全く動じてないその様子に俺は情けない悲鳴を出したのが恥ずかしくなった。
「カエル? ……あ、もしかして苦手なの?」
「……うん」
そうなんだと笑った柚希、別にこれでなくてもいいかと思って俺は別の買おうとしたのだが、柚希がカエルを手に乗せた。
「はい、それをアタシの彼が買いたいみたいだから退いてね?」
優しくカエルを手に乗せ、優しく撫でると気持ちよさそうに目を細めているようにも見えた。割と素直な感想として、カエルをそんな風に触れる柚希に尊敬の念を抱きつつ俺は目的のジュースを買った。
「それにしても意外かな。カズがカエルを苦手なのって」
「まあ言ってなかったからな。何でここまで苦手なのかは分からないけど」
本当に見た目は可愛いと思うんだけど、あの目の前で飛び跳ねるのを見ると肩がビクッと揺れてしまうくらいだから……うん、いつか慣れる日が来てくれると個人的には嬉しいんだが。
柚希はカエルを元居た場所に戻し、彼女もジュースを買った。丁度傍に屋根付きのバス停があるということで、休憩がてら雨宿りさせてもらおう。
「そう言えば凜に聞いちゃった。アタシの喋り方のやつ」
どうやらあの後青葉さんから聞いたみたいだ。柚希は腕を組みながら不思議そうな表情で言葉を続ける。
「あくまで自然に話してたし気づかなかったかなぁ……でもね、やっぱりみんなの前とカズの前じゃ違うんだよね。こう……どちらも大切なんだけど、想いを向ける重さというかそんなのがね」
「そっか。でも……俺も分かる気がする」
今柚希が言ったように俺も意識したつもりはない。けど特定の誰かに向ける想いの強さに関しては理解できる。ま、友人たちと恋人では想いの強さが変わるのは当たり前のことだろうけどさ。
しばらくジュースを飲んで時間を潰したが、相変わらず雨は止まず強く降り続いている。
「止まないねぇ」
「そうだなぁ」
年寄りのように間延びした喋り方をしながら、俺たちは地面に叩きつけられる雨を見つめる。こんな風に雨が強いとデートどころではなくなり、非常に残念だが柚希を家に送り届けて解散ということになった。
再び傘を広げて二人で歩く中、向こうから走ってくるのは大型トラックだ。俺が道路側なので万が一があっても大丈夫だけど、ちょうど大きな水溜りが目の前にあったのだ。
「柚希」
「え? わわっ!?」
傘を上手く壁にしながら、柚希の前に立つことで彼女に水が掛かるのを防ぐ。しかしそうすると当然俺の背中にバシャっと水が掛かった。首の上からも滴るように水が背中に入り気持ち悪さを感じるが、少し我慢すればすぐに着替えることが出来る。
「……は……は……はっくしょん!」
大きなくしゃみが出たことで、いつぞやのまた風をひいてしまうんじゃないかって思ってしまう。夏だからと油断しているとあっという間に体を冷やしてしまうし、これは本当に急いで帰った方が良さそうだ。
っと、そんな風に思っていたのだが柚希が家でシャワーを浴びてほしいと提案してきた。
「いいのか?」
「もちろんだよ。というかアタシを庇って濡れちゃったんだもん。それくらいはさせてほしいな」
「……分かった」
少し考えたけど、こう口にした柚希は譲らないだろうことが分かっているので素直にその提案に乗ることにした。それから俺は柚希と共に彼女の家に向かった。まだ乃愛ちゃんは帰ってないし、当然康生さんと藍華さんも帰って来てはいなかった。
玄関で柚希にバスタオルをもらって出来るだけ体を拭き、そのまま脱衣所へ向かった。着替えがないからどうしようかと思っていたけど、康生さんの服を貸してくれるようだ。
「……え?」
「どうしたの?」
着替えをもらい、俺は服を脱いでシャワーを浴びようとしたのだが柚希も服を脱ぎ出したのだ。ひらりとスカートが落ち、シャツを脱いだことで黒いブラが露わになった。
「一緒に入るの?」
「うん。そのつもりだけど」
そう言って柚希は背中に腕を回し、パチンとブラを外した。守られていた二つの大きな胸が解放感を感じさせるように、プルンと目の前で揺れる……不思議そうに首を傾げる柚希に、今更別々になんて言える空気でもない。
「一緒に入ろっか」
「うん♪」
目の前で生まれたばかりの姿になった柚希の体を見て、本当に綺麗な体だなと思いつつ俺も服を脱いだ。若干の恥ずかしさはやっぱりあるものの、お互いに慣れてきたんだなと感慨深いものを感じる。
「なんてね、実はカズと一緒に洗いっこがしたいだけなのでした♪」
可愛くそう言いながらシャワーから温かいお湯を出す柚希、俺は柚希に促されるように腰を下ろした。それから流れるように頭を洗われ、前も後ろも体を洗われたことで俺の番は終わり……つまり、次は俺が柚希を洗う番になった。
「はい、よろしくお願いします」
「……任された」
手の中でしっかりと石鹸を泡立てて柚希の体を洗っていく。触れる場所によっては悩まし気に吐息を漏らす柚希に、俺はとある部分が反応してしまわないように必死に我慢をするが……そんな我慢も無駄だった。
「苦しそうだよ。アタシが楽にしてあげるね」
その場に屈み、柚希は胸を持ち上げて体を近づけてきた……その瞬間、バタンと大きな音を立てて脱衣所の扉が開くのだった。
「っ!?」
「え!?」
驚く俺と柚希、そんな俺たちに一つの声が届く。
「お姉ちゃん入ってるの? 私も濡れちゃったから一緒に入るね? ……って、なんでお父さんの服がここに」
この声は間違いなく乃愛ちゃんだ。どうして俺も居るのに……っと思ったが靴は乾かすために玄関に置いてはいない。鞄もリビングに置いているから……もし乃愛ちゃんが真っ直ぐに風呂に向かってきたのなら気づいてなくてもおかしくはない。
「ま、待って乃愛! 今は……っ!?」
「あ!」
泡に足を取られるように、柚希は俺に向かって体勢を崩した。その衝撃で大きな音が出てしまい、何事かと思った乃愛ちゃんが浴室に繋がる戸を開けてしまうのだった。
「お姉ちゃ……」
「……………」
「……………」
柚希を受け止める俺、俺に受け止められる柚希……俺たち二人は泡塗れの裸だ。そんな俺たちを見た乃愛ちゃんは……。
「お、お邪魔しました……」
あの常に余裕を浮かべる笑顔の乃愛ちゃんが顔を真っ赤にして戸を閉めた。俺と柚希は互いに顔を見合わせ、何とも言えない時間が過ぎてしまう。
「……あはは、見られちゃったね♪」
柚希さん、どうしてそんなに楽しそうなんですかね。笑顔の柚希とは裏腹に俺は胃が痛くなるのだった。
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