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「もうね、アタシは絶対にホラーゲームはやらないわ!」

「へぇ……ちょっと見たかったかも」

「そうですよね。あの柚希がどんな風に怖がったのか気になります」


 いつもと同じ昼の食事風景、珍しいのは洋介が居ることだった。どうやら食堂のメニューをあらかた制覇したらしく、新メニューが出るまでは弁当に変わるらしい。

 さて、そんな俺の視線が向く先では柚希が昨日の夜のことを話していた。流石に朝になると怖さは無くなっていたようだが、二度とホラーゲームはやらないと口にした。傍に俺が居ればある程度怖さは軽減されるらしいけど、それでも嫌だって力強く宣言した。


「なあ、もしかして柚希にやらせたゲームって……」

「……ご想像の通りです」


 実を言えば、ホラゲー初心者にあのゲームは少し鬼畜だったかなと後になって後悔した。もう少しマイルドなものがあったしそっちでも良かったんだよなぁ。空だけでなく蓮も何のゲームか分かったらしく、それはないぜって顔をしていた。


「そんなに怖いのか?」

「あぁ。俺も和人とやってる時お互い離れられなかったくらいだ」

「へぇ……」


 やばい、洋介が興味を持ったぞ。でもあれだな、何か機会があれば男だけで集まって遊ぶのとか良いかもしれない。


「今度家に来いよ。んで初見でやってみ」

「いいのか? それじゃ近い内に遊びに行くぜ!」


 って感じに洋介が空の家に遊びに行くことが決定した。この反応からして洋介は怖いモノが得意なのかなと思ったけど、そんなことは全然ないと蓮に耳打ちをされ、俺は昨日の柚希みたいになるんだろうなと気になるな。


「和人と蓮も来いよ。久しぶりに男子だけで遊ぼうぜ」

「お、いいね。邪魔するわ」

「いいのか? なら俺も行くよ」


 柚希との時間も大切だけど、こうやって友人たちとの時間も掛け替えのないモノだからな。お言葉に甘えることにしよう。

 いつになるか分からないが空の家に遊び行くことが決まった直後、後ろから誰かが抱き着いて来た。背中から感じる圧倒的な弾力、これで判断しているわけではないけど柚希しかあり得ないな。


「ご飯を食べた後はこうやってカズ成分を補給するのだぁ……幸せ♪」

「はは、それを言うなら俺もだな」


 後ろから柚希に抱きしめられるのも好きだし、逆に俺が柚希を後ろから抱きしめるのも凄く好きだ。……う~ん、何だろう。柚希と何かをすること全部に喜びというか嬉しさを感じるあたりかなり重症な気がしてしまう。


「いい笑顔だね柚希ちゃん……そうだよ、この笑顔を奪おうなんて絶対に許さないんだから」

「……雅?」


 ドスの利いた朝比奈さんの声に俺だけじゃなく、空たち男子勢みんなが背筋をピンと伸ばした。空と洋介はともかく、この朝比奈さんの様子に心当たりがある分あまり変なことはしてほしくないとも思うけど……俺はそこで蓮に視線を向けた。


「……(フルフル)


 諦めるように首を振った蓮を見て、俺も何か言うのは諦めた。それから改めて男女合流し雑談に花を咲かせるわけだけど、相変わらず柚希は俺の背中に引っ付いたままだった。そんな中で、俺は今になってあることに気づいたのだ。


「ふ~ん、空も空で成長してるのねぇ」

「何だよいきなり……」

「そんな空を見て凛も嬉しいんじゃないかしら」

「本当ですよ! でも……まだ空君は唐変木ですけど」

「それはこれからの頑張り次第よ。応援してるわ」

「はい!」


 気になったこと……何と言えばいいのかイマイチ分からないけど、柚希の話し方にあった。今のは柚希と空、青葉さんの会話だけど……そうだな、俺が話してみよう。


「なあ柚希、今日も帰りにデートする?」

「する! ねえねえ、あのウエディングドレスを着たお店の前通らない?」

「……あ、そうか。もしかしたら出てるかも」

「でしょ? ふふ、出てたらいいなぁ。凄く楽しみ♪」


 っと、放課後柚希とまたデートをすることが決まった。さて、そんな俺との会話だけどやっぱり微妙に違うことに今更気づいたのだ。あまり気づくことじゃないと思うけど、何となく違いがあることに。


 昼休みが終わりに近づき教室に戻る中、朝比奈さんがトイレに行くということで柚希を誘って離れることになった。一早く教室に戻った俺が次の授業の準備をしている時に青葉さんが声を掛けてきた。


「三城君、何か考え事してませんでしたか?」

「え? あ~」


 もしかして柚希の話し方に関して考えていたこと……かな。こうして聞かれたのなら別にいいか。俺が思っていたことを口にすると、青葉さんも今気づいたと言わんばかりにあぁっと声を漏らし、次いでクスクスと笑みを浮かべた。


「簡単ですよ。三城君に甘えたいんじゃないですか? もちろん私たちが今気づいたくらいなので柚希も意図してないと思いますけど、無意識に三城君の前では甘えたいって心が出ているんだと思います」

「……なるほど」

「私たちと話す時はこう……お姉さん言葉みたいな感じですけど、三城君と話す時は女の子って感じの話し方ですもんね。よくよく考えたら違いが分かりますねぇ」


 そうそう、言葉にするとそんな感じが適切かもしれない。でもそうか、甘えてくれるんだな柚希は。まあ言葉だけじゃなくて、態度からもそれは分かっているから今更ではあるけど。けど、そんな僅かな違いでも柚希から向けられる特別な気持ちだとするならとても嬉しいことだ。


「ふふ、でも話し方とか言葉選びなら私も三城君の柚希に対する思いやりを感じている部分はありますよ?」

「へぇ、たとえば?」


 それは一体何だろう。自分では特に気を遣ったりした覚えはないし、考えても分からなかったので単純に気になった。


「三城君は柚希のことを名前で呼びますよね?」

「え? うん」

「名前で呼ばない時もありますけど、その時は“君”って言いますよね?」

「うん……えっと?」


 ごめん、何が言いたいのかよく分からなかった。そんな俺を青葉さんは無意識ですかと嬉しそうに笑い、そうしてやっと教えてくれた。


「三城君は絶対に柚希のことを“お前”って呼ばないですよね」

「……あ」


 ……確かに、そう言われてハッとするように俺は気づいた。お前、そう俺は柚希を呼んだことは記憶している限りではなかったと思う。俺が柚希を呼ぶ時は基本的に名前か、或いは君……なのかな。確かにお前とは呼んだことはなかったか。


「所詮呼び方ですけど、それって凄い事だと思います。今の反応を見るに三城君は無意識でしょうけど、それだけ心の底から柚希のことを大切に想っている証ではないでしょうか」

「……そんなものなのか」


 呼び方に関しては初めて名前を呼んだ時に緊張を覚えたくらいで、それ以外ではあまり気にしたことはなかった。なるほど……でも、改めてこう指摘されたわけだけどそれが分かったからと言って柚希をお前呼びは……うん、出来ないな。なんかお前って呼びのは違う気がするんだよね。


「お前呼びは少し違う気がしてさ……あはは、不思議だなこの感覚」

「それが優しさみたいなものでしょう。空君もそれくらいの心遣いをしてくれればいいのに……もう!」

「あいたっ!?」


 バシッとそれなりに強く空を叩いた青葉さん、そんな青葉さんにいきなり何するんだと怒る空を見てこの二人はやっぱり仲が良いなと思う。でも今回青葉さんと話したことは一つの発見だ。無意識のことではあっても大切なこと、そう胸に刻むことにしよう。


 それから時間は流れて放課後だ。

 柚希と約束したように俺たちはあの時の店に向かっていた。特に何も変わってなければそのまま帰るつもりだし、もしあの時のが貼られていたら少し眺めてみるつもりだ。


「……あ!」


 店に近づくと、ちょうど俺たちがあの時見たウエディングドレスが飾られている窓にポスターが貼られていた。タキシードを着た俺とドレスを着た柚希、一応俺たちも一枚もらっているけど……確かにこうやって正面を向いているものじゃないと店側からすれば貼れないよな。


「ふふ、アタシたちがもらった写真の方がいいね」

「そうだなぁ……なんか俺が俺じゃないみたいだ」


 メイクしているから当然だけど、本当にぱっと見自分の顔ではないような気がする。そんな風に写真を眺めていると、店の中からスーツを着た男性が出てきた。以前ここに来た時に見た顔ではないので……誰だ?

 俺と柚希が疑問に思う中、その男性は俺たちの前に立った。


「こんにちは。その節はありがとうございました。おかげで素晴らしい写真が撮れてスタッフ一同喜んでいましたよ」


 ……あぁ、もしかしてあの時電話していた相手の上司の人かな。それから名刺をくれたのだが、この人は安西さんという人らしい。ただお礼に来ただけなのか、そう思ったが柚希に用があるようだ。


「月島さん、実はこのポスターを出す時にこの女の子は誰だって話になったんですよ。モデルでもなく通りすがった学生ですと伝えたら、是非モデルにスカウトしたいって言われたんですよ」

「……はぁ」

「かなり大きな会社の人からなんですけど……いかがですか?」


 つまり、柚希にモデルをやらないかって話だ。俺は純粋に凄いなと思ったけど柚希は特に何も思ってはないような返事だった。モデルの誘い、柚希の返事は早かった。


「ごめんなさい、特に興味がありませんので……」

「はは、そうですか、分かりました」


 それから少し話をして安西さんは店に戻って行った。


「モデルねぇ……本当に興味ないんだよね。カズがアタシを見てくれたらそれでいいもん、だからどうでもいいや」

「そっか」


 実を言えば、もし柚希がモデルになったらそれこそ離れてしまうような不安があったのは確かだ。でも、この言葉を聞いて俺は心底安心した。


「大丈夫だよ♪ アタシはずっとカズの隣に居るもんね」


 そしてそんな俺の不安もこの子は分かっていたらしい。別に気を遣われているわけでもなく、モデルに関しては本当に嫌そうに断っていたので興味がないのは本当のようだった。


「ほらカズ、まだ時間はあるからデートに行くよ!」

「あぁ」


 手を引く彼女の笑顔に、胸に渦巻いた小さな不安は跡形もなく消えるのだった。





【あとがき】

15万PVありがとうございます。

みなさんにヒロインである柚希のことをたくさん可愛いと言っていただき本当に嬉しい限りです。書いてる自分が和人のことを羨ましいなと思いながら書いてるので、それくらいのパワーがあるんだなとヒシヒシ感じております。

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