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「柚希さんや」
「何かな和人きゅん……」
きゅんってあなた……俺は柚希を背中から抱きしめながらモニターを見た。モニターの中には一人の女の子が映っており、画面の向こうの彼女も怖いのか身を震わせて怖がっていた。
「……………」
そして今、俺の腕の中にも怖くなって操作をやめた子がいる……そうだね、意外と怖がりだった柚希ちゃんです。
柚希がやっているホラーゲームは今の日本で一番売れていると言っても過言ではないゲームだ。有名な会社が出しているゲームで、ナンバリングタイトルとして前編だけでも結構な数がある。
もちろん売れているからこそゲーム性は抜群であり、プレイヤーに対して容赦ない戦慄と恐ろしさを浴びせるゲームなのだ。柚希も最初は意気揚々と楽しそうにゲームを開始したのだが、プロローグのムービーが終わった時点でかなりビビっていた。
「やめる?」
「……やめない!」
一瞬考えて柚希はそう宣言した。それなら俺は何も言うまい、怖がる彼女が少しでも気分を落ち着けられるように優しく抱きしめ続けようじゃないか。……でもこうやって自分の彼女がホラーゲームをやっているのをさ、こんな風に抱きしめて見守るのは色んな人に羨ましがられそうだ。
モニターの中で女の子が舞台となる屋敷に足を踏み入れた。持っている装備は懐中電灯一つだけで、屋敷の中は当然明かりは全くない。
「ね、ねえカズ……この主人公の子ちょっとおかしくない? そりゃ家族が行方不明になったから探しに来たのは理解できるけどまずは警察に言うべきじゃないの? この子はそんなことも分からないくらいに馬鹿なの?」
凄い早口で柚希は喋り切った。このゲームの物語としては、主人公の女の子の肉親がこの屋敷で行方不明になったというものだ。それを探しに主人公が屋敷に足を踏み入れ色んな謎を解いて真実に辿り着くのが本筋だ。
「まあそれを言っちゃうとゲームとして終わるからなぁ」
「うぅ……馬鹿だよこの子大馬鹿だよ」
ビクビクしながら操作する柚希はともかく、俺はこのゲームを既にクリアしたことがあるのでどんな仕掛けがあるのかも熟知している。クリアまでは確実に無理なのでキリがいいところか、柚希がギブアップしたところで終わりにしよう。
さて、今チュートリアルなのだがいきなりホラーゲームらしく分かりやすいイベントは起きない。まずは探索が始まるのだが、よくある仕掛けとしてまずは机の上に置かれている瓶が落ちるんだけど……。
――パリンッ!――
「きゃああああああああああああっ!?!?!?」
こ、鼓膜が……!
柚希の甲高い叫びに思わず鼓膜が逝ってしまうところだった……。チラッと後ろを向いた柚希は涙目だった。でも抱きしめている俺を見てキッと目付きを変えた柚希は前を向いた。なるほど、まだ君はこの恐怖を前にしても歩みを止めないんだな!
【なに? 一体何が……っ!】
「……っ!!!!!!」
画面の中でついに幽霊が現れた。声にならない悲鳴を上げる柚希だが、画面の向こうで這い出てきた幽霊は足を止めてはくれない。基本的にこのゲームは逃げることがメインになるので、こうやって遭遇したらとにかく距離を取ることが大事だ。
プレイヤーがキャラの目となる一人称視点ではなく、キャラと周りの景色を一緒に見ながら動く三人称視点がこのゲームだ。なので視界が広い分そこまで怖くはないがまあ初心者からしたら結構怖いんじゃないかって思う。
「逃げないと……ってなんで開かないの!? さっきここ開いたじゃん!! ふざけんなカス!!」
「……ふっ」
普段絶対に聞くことのない柚希の罵声に笑いが零れそうになってしまった。今の現象だけどホラーゲームあるあるの一つ、入ってきた扉が開かなくなるのはお約束である。後ろから迫る幽霊を躱し、そのまま距離を取るように廊下に出た。
幽霊の呻き声、不気味なBGMが流れる中とにかく走る。
「ちょっと!? なんでこいつこんなに足遅いの!? 後ろ来てるんだからもっと速く走れよこの鈍足がああああああああ!!」
柚希の疑問ももっともだと思う。こういうゲームって結構主人公の走る速度が遅いんだよね。背後から命の危険が迫っているのにジョギングしているようなペースで俺もイラついたことは少なくない。
「……これ、見てる側は最高に面白いな」
俺も初見なら柚希と一緒に怖がるんだろうけど、内容を知っていると全然怖くはない。こういう時、背後から大きな声を出してリアルに驚かせたりするのも定番だけど流石にやらない。いくらこういう空気とはいえ、関係ない部分で怖がらせたりするのは優しくないと思っているから。
「柚希、まだやる?」
「……もう少し頑張る」
分かった、付き合おう。
心なしか頑張ろうとする彼女の体を強く抱きしめる。そうすると柚希がゲームを始めてから初めて笑った。
「あはは、ありがとねカズ。アタシ頑張れるよ!」
「そっか。頑張れ」
「うん!」
あ、そこを曲がるとイベントで幽霊の顔がドアップに映るんだけど――
【ヌウウアアアアアアアアアっ!!】
「いやあああああああああああああっ!?!?!?!?」
コントローラーを置いて柚希は素早く反転して俺に抱き着いた。画面の向こうでは操作を失った女の子が幽霊に襲われ、そのままゲームオーバーになった。真っ赤に染まった画面だけど柚希は一度もそちらを見ることはなく、俺に抱き着いたままだ。
「ホラーゲームってこんなに怖いの?」
「ものに寄りけりかなぁ……これより怖いのもあるかもしれないな」
「あ、あり得ないし……」
ま、俺も空とこのゲームを初見でやっていた時はお互いに抱き合っていたけど。男同士で何やってんだって思うけどさ、こういうゲームをやる時に傍に誰かが居るってとてつもない力と安心感があるんだよ。
「も、もう少しやる!」
「頑張れ!!」
怖いもの見たさというのもあるのか柚希は再びコントローラーを持った。ビックリしながらも一度見たイベントだからか難なく幽霊ドアップを通過し、一つの部屋に辿り着く。今まで明かりはなかったのに、不自然に蝋燭の火が灯っていた。
「……………」
「……………」
俺と柚希、お互いに一言も発することはなかった。柚希が近づいたのは一体の人形だった。あまりに不自然すぎる配置に柚希は口を開いた。
「あ、分かった。これあれでしょ、近づいたら人形が落ちるんでしょ分かってるもん出直してきなさい!」
……ふ~ん。
そう言って柚希は人形に近づいた。するとその人形に関して起こることはなく、柚希は肩透かしを食らったように、しかし安心するようにホッと息を吐いた。だがそんな柚希の隙を付くように人形の首が外れて画面に向かって飛んできた。
「もういやああああああああ!! やめる!!」
「よし、よく頑張ったぞ」
ピトッと抱き着いて来た柚希の頭を撫でて俺はゲームの電源を切った。夜ではなくて外が明るい昼とかならまだ良かったのかな。でも、柚希の泣き顔は見たくないしホラーゲームに関してはこの先機会があったとしてもやめておこう。
「……乃愛はこういうの得意なんだけどなぁ。アタシには無理だわ……」
「そうなんだ」
「うん。たぶん笑いながら楽しいってプレイすると思うよ」
そいつは意外……でもないか。確かに乃愛ちゃんはこういうゲームが好きそうっていう印象がある。それからゲームをやめた俺たちだが、柚希は明日には帰るので荷物を纏めることに。忘れ物がないように確認をして、後は寝るだけになったのだがそこで柚希がモジモジとしていた。
「……はは」
何となく、その様子を見て察せてしまった。俺は立ち上がって大げさに身振り手振りを加えながらこう口にした。
「俺さ、実を言うとホラゲーとか怖い映画見たら怖くなってトイレに行けなくなる癖があるんだ。だから良かったら付いてきてくれないか?」
「あ……う、うん! しょ、しょうがないなぁ……付いて行ってあげる!」
「ありがとう」
それから二人揃ってトイレを済まし、また明日も学校なので早めにベッドに横になった。
「……カズ」
「うん?」
「トイレ、ありがとね」
「何のこと?」
「……ふふ」
柚希が胸元に額をグリグリと擦りつけるように身を寄せてきた。さて、この夜を柚希が安心して眠れるようにいつもよりも強く抱きしめて眠るとしますかね。
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