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「二人でしゃぶしゃぶってちょっと豪華だね」
あれから家に帰った俺たちだが、まだ肉が結構残っていたのでしゃぶしゃぶをすることになった。別にそこまでの量を入れるわけじゃないし、二人でも十分食べられる量にするつもりだ。
「ちなみに乃愛ちゃんはしゃぶしゃぶって……」
「大好きだね。でも流石に今回は嗅ぎつけないと思うなぁ」
まあ前回のキムチ鍋の件があるにしても今日が火曜日ということは明日は水曜日で平日だ。なので乃愛ちゃんも学校だし……でも、俺たちは二人揃ってテーブルに置かれたスマホをしばらく見つめた。
「うん! 大丈夫そうだね」
「……はは、凄く嬉しそうだな」
そう言うと柚希は舌をペロッと出した。
「う~ん、乃愛もここに居ればそれは楽しいと思うよ? でもさ、せっかく二人なんだしアタシはそっちの方がいいなって」
二人なら他に目がないから色々と遠慮する必要もないからなぁ。その点に関しては俺も賛成ではあるけど、多くの人数で集まるのも楽しいから捨てがたいし、そこはまあその時々って感じだな。
「柚希、今日は先に風呂行ったらどうだ?」
「そう? それじゃあ行ってくるね」
昨日は俺が先だったからな。部屋に戻って荷物を置き、着替えを持って柚希は風呂に向かった。俺は柚希が上がる前に色々と準備をしようと思い、食材を冷蔵庫から取り出した。
「後は鍋と……うん?」
そのタイミングで俺のスマホが震えた。誰かからの電話らしく手に取ると、珍しいことに朝比奈さんから電話が掛かってきていた。遊びに行った時に全員と連絡先を交換したんだけど、実際にこうして電話が来るのは初めてだ。蓮ならともかく朝比奈さんからの電話か……何だろう、良く分からない威圧感を感じるのは気のせいか?
「……もしもし」
『こんばんは三城君。どうしてそんなに怯えた感じなのかな?』
「いやぁ……そんなつもりはないんだけど」
いや、普通に声に圧があるぞ……俺、何かやったかな。ビクビクする俺に朝比奈さんはクスクスと笑いながら言葉を続けた。
『確かに私は今ちょっと虫の居所が悪いけどさ。原因は三城君じゃないから安心してくれていいよ』
「そうなんだ」
機嫌が悪いのは間違ってなかったのか。それにしてもいつも聞く朝比奈さんの声って穏やかというかおっとりとした感じだけど、今は本当に鋭い声音というかあまり聞いたことのない声なのは確かだ。
機嫌が悪い朝比奈さんが今このタイミングで俺に電話してきた理由に全く見当が付かない。
『実はね。学校終わりに蓮君とブラブラしてたんだけどさ』
「うん」
『その時にさ。偶然デート中の三城君と柚希ちゃんを見たんだよ』
「うん」
『その時に荒木さん……中学の時の同級生が二人に絡んでいるのを見ちゃったの』
「そうだったんだ」
なるほど、その時を偶然見られてたのか……。電話の向こうで何かがバキっと音を立てた。まるで何かを圧し折るというか、叩き折ったような音が響いた。
『柚希ちゃんはきっと気にしないでって言うと思うから三城君に聞くんだけど、あれは私の見間違いでも何でもなくて、彼女は間違いなく二人にちょっかいを出したってことで合ってるよね?』
「……うん」
……何だろう、この言葉の矛先は俺じゃないのに凄く怖いんだけど。
『何を口にしたのかは聞こえてないけど、柚希ちゃんの髪の毛を引っ張って乱暴したのも間違いじゃないよね? 三城君がプレゼントしたリボンを踏みつけたのも間違いじゃないよね? 柚希ちゃんを泣かせたのも間違いじゃないよねえ!?』
「う、うん……あの……朝比奈さん?」
やべえ、冗談抜きでマジで怖い!
ふぅふぅと自分を落ち着けるように深呼吸をした朝比奈さんはいつもの落ち着いた様子に戻るのだった。
『……三城君が戻ってきてあいつは逃げたけど、もう少し遅かったら私が飛び出してたかもしれない。蓮君が言ったんだけどその時の私普通に人を殺しそうな目をしていたらしくてね、蓮君に必死に抑えられてたの』
「ほ~……」
うん、今さっきの声も何か狂った感じがして怖かったけどね。そこからは本当にいつもののほほんとした様子に戻ってくれて安心した。今日の夕飯はお互いに何を食べるのかを少し話し、そして電話が切れる直前に朝比奈さんはこんな言葉を残した。
『ま、柚希ちゃんと一緒に今日のことは忘れるといいよ。後のことは私に任せてくれていいからさ――絶対に許さない』
そこで電話は切れた。
俺はスマホの画面を何故か一度見つめ、そしてそっとテーブルに置くのだった。それから俺はボーっとしながら時間を潰し、風呂から上がった柚希は俺を見て首を傾げていた。
「どうしたの? まるで見たくないモノを見たような顔して」
「……ある意味間違ってないかもね」
「??」
首を傾げる柚希にハイタッチをして夕飯の準備を交代した。風呂を済ませ、改めて二人で鍋を囲んでのんびりとしゃぶしゃぶを突く。
「アタシはポン酢派だけどカズはゴマダレ派なんだね」
「あ~、昔はポン酢だったけどゴマダレに取り付かれちゃったかなぁ」
そう言えば昔は俺もしゃぶしゃぶは基本的にポン酢で食べていた。けどいつだったかゴマダレで食べてみたらこっちの方が美味しいじゃんってなったんだよね。まあどっちでも美味しいとは思うけど、俺はやっぱり今はゴマダレ派かな。
「それにしても、こうやってカズと二人で夜を過ごすのは明日で終わりかぁ……これが当たり前じゃないのに凄く寂しいね」
「……そうだな。でも、またいつでも泊まりに来るといいよ」
「うん。ありがと♪」
柚希が言ったように寂しい……寂しいけど仕方ないことだ。でもこの先夏休みもあるし藍華さんや康生さんが許してくれるなら、それこそどこかに出かけるのもいいかもしれない。
まだまだ先のことだし今から考えても仕方のないことだけど、夏休みみたいな長期休暇を恋人と一緒に過ごせる……そんなワクワクを感じるのも俺がまだまだ子供の証なのかもな。
「ふふ、乃愛に黙っているのが申し訳なくなる美味しさだね」
「あはは、もしかしたら今ビビッと何か感じ取ったりしてな」
「あはは! まさか――」
ブーンと、柚希のスマホが震えた。俺と柚希はえっと顔を見合わせ、誰かからのメッセージなのか確認すると柚希が咽るように咳をした。大丈夫かと背中を擦ると柚希はスマホを俺に見せてくる。
「……おぉ」
メッセージの送り主は乃愛ちゃんで、内容は今何を食べているのかというものだ。
「……はい。見なかったことにしよう!」
サッとスマホを鞄に仕舞って柚希はそう言った。それにしても乃愛ちゃんの嗅覚は凄まじいな……たぶんこれで返事を返さなかったらしゃぶしゃぶを食べていることまで当ててくるんじゃないか? いやいやまさか、俺も一体何を考えているんだろう。
ブーンと、また柚希のスマホが震えた。
「ほら、食べてしまおう」
「おう」
柚希にそう言われて俺も一旦乃愛ちゃんのことは忘れることにした。それから俺たちは綺麗に用意した分を平らげ、仲良く二人で食器などを洗い終え俺の部屋に向かうのだった。
部屋に向かう際に裁縫道具を貸してほしいと言われたので、俺は母さんが使っていた道具を渡した。
「そんなに大切にしてくれるのを見ると本当に嬉しいよ」
「うん……本当に大切なの」
本当に大切そうにしながら柚希はリボンの修繕をする。そんな風に作業をする柚希を見つめる中、ふと柚希がこんなことを口にした。
「もしかしたらさ、あんな風にどちらかが原因を担うことによって責任を感じちゃって……相手から離れるようなこともあるのかもしれない。でもね、アタシはそんなの絶対に嫌……嫌なの」
「柚希……」
……確かに、そんな選択を取る人も中には居るんだろう。相手に迷惑を掛けたくないからと、自分が原因でこれ以上苦しんでほしくないからと、身を切る思いでその道を選ぶ人も居るはずだ。
「理屈とか抜きにして、アタシは心からカズの傍に居たい。あなたから離れたくないしそんな考えには絶対にならないと思う。それっていけないことなのかな、迷惑なことなのかな」
手を止めて見つめてきた柚希に、俺はそんなことないと背後に回って背中から彼女を抱きしめた。
「俺だって同じだよ。何があっても君から離れたくない、この温もりを絶対に手放したくない……だからそれでいいんじゃないか? 俺と柚希がこう思ってる、ならどんな外的要因があろうとも関係ない。馬鹿の一つ覚えみたいに、お互いをずっと好きで傍に居るのでいいんじゃないかな」
……その、なんだ。空の影響もあるし俺自身が漫画とかネット小説とかよく読むってのもあるんだけど、今柚希が口にしたみたいにそうやって別れようとする男女を物語として見ていた。その度にどうしてそうなるんだって思うことも少なくはなかった。結局それで自分が得るのは自己満足で、自分が離れることで一番守りたい人がもっと悲しむことにどうして気づかないんだって……はは、それを言ってしまうと物語の根幹を壊すことになっちゃうんだけどね。
「……ふふ、そうだよね。アタシはカズのことが好き、カズもアタシが好き。ならそれでいいんだもんね。あ~あ、全然悩むことなんてないじゃん!」
「んだんだ」
「うふふ~♪ ねえカズ、しばらくこのままでいい? こうやって背中からカズに抱きしめられているのも好きだから」
「分かった」
柚希の表情を見れないのは少し残念だけど、俺もこうして君に触れているのが好きなんだよ。
「……………」
あ~こほん、とはいえこの体勢だと俺の手の位置はちょっと危ない。柚希もたぶん気づいていると思うけど、自然と俺の手は柚希の胸の場所だったんだ。少し悪戯をするように手を動かしたい気持ちもあったけど、それじゃあ盛った猿じゃないかと自分を律した……のだが。
「悪戯、してもいいんだよ? カズの好きなことを……ほら」
……我慢した。
まだまだ夜は長く、リボンを修繕したとしても寝るまでは結構あった。なので二人で寝転がって漫画を読んだりしていたのだが、ふと柚希がゲーム機に目を向けた。
「あ、そうだ。そういえばホラーゲームやるって言ったじゃん」
「あったね」
「今から出来るの?」
「やろうと思えば出来るけど……やりますか」
「うん!」
ワクワクする柚希を見てしまってはやろう以外の選択はなかった。どれをやろうか迷ったけど、まあそこそこ怖いのでいいかと思いソフトを起動した。
「ねえねえカズ、怖くなって泣かないようにさっきみたいに後ろから抱きしめてくれるかな?」
「了解」
俺の体に背中を預けるようにして柚希が座った。ガシっと手を回して俺も柚希の体を抱きしめ、そうしてゲームは始まった……のだけど、ある意味柚希にとって地獄の始まりだった。
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