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 人生において、決して楽しい事ばかりじゃないのは分かっている。人にとって悲しい事、辛い事、怒る事は千差万別だ。アタシにとってもそれは例外じゃなくて、カズと一緒に居られる喜びだけが人生ではない……そんなことは最初から分かっていた。


「……っ!」

「生意気なのよ!! アンタみたいにお高く留まってるのムカつくわ!!」


 久しぶりの級友との再会、でもそれは喜べるものではなかった。アタシにとってどうでもいいことでも、彼女――荒木さんにとってそうではなかったらしい。

 カズがトイレに行った時に再会した荒木さん、彼女は出会って早々にカズのことを馬鹿にした。カズのことになると怒りの沸点が低くなるのは理解しているけど、それで怒り狂っても結局荒木さんと同じだと思ったんだ。


『分かったからさ、とっとと消えてくんないかな』


 震える怒りを堪えて私は彼女にそう言った。あなたに対して怒りを露わにするよりも、アタシはカズと一緒に過ごす中で笑いながら幸せで在りたかった。昔の私なら問答無用で飛び蹴りの一発でもかましていたと思うけどね。

 挑発をのらりくらりと躱す私を見て逆上した彼女はアタシの髪を掴んだ。無理やりに強く引っ張られることで痛みが生じ、彼女から離れた時にはプチプチッと嫌な音を立てた。たぶん何本か髪が抜けてしまったんだと思う……痛いなぁって、そんな風に考えながら髪の毛に触れた時、アタシはリボンが外れていることに気づいた。


「……あれ?」


 どうして、一体どこに……そう思ったアタシの視線の先は荒木さんの手だった。彼女の手に握られているアタシの髪とリボンで、荒木さんはそれを地面に叩きつけた。


「やめ……やめて!」


 弱々しい声が私の口から漏れた。たかがリボンだってみんなそう言うかもしれない。でもそれはアタシにとって大切な人からのプレゼントなんだ。彼が……カズが似合うと思ったから、そう言って私にくれた大切な物なんだ!


 荒木さんは私の気持ちを知ってか知らずか、そのまま叩きつけられたリボンを靴底で踏みつけた。綺麗な純白が汚れてしまう、彼からのプレゼントが……そう思ったらもうアタシは我慢できなかった。


「ふざけんな。足を退けなさいよクソ女あああああああああ!!」


 どんな風に見られてもいい、野蛮だと言われてもいい。それでもこの怒りを抑えることは出来なかった。アタシの勢いに一歩退いた荒木さんだったけど、アタシは止まることなんて出来なかったんだ。


「……何よアンタ」


 それでも、荒木さんは逃げなかった。逃げずにその場に立ち止まり、ただただアタシを睨みつけた。このまま荒木さんに向かったらアタシは何をするんだろう……そんなことすらも怒りによって意識の外に投げ出されようとしたその時だった。


「……あ」

「え……」


 アタシよりも早く、荒木さんの傍に立った人が居た。その人は力強く荒木さんの体を押す。荒木さんの体は体勢を崩してそのまま地面にお尻を強打した。痛そうにする荒木さんは押した人物をこれでもかと睨みつけるけど、アタシは茫然とした……だってその人はカズだったから。


「何よアンタ……こんなことをしてタダで済むと思ってんの!?」

「……………」


 荒木さんの言葉に何も返すことなく、カズは汚れてしまったリボンを拾った。しばらくそのリボンを見つめて何を思ったのかは分からないけど、カズの纏う雰囲気はいつもと違って……怖かった。


「ごめんな。女の子に手を出すのは最低なことだ。怒ってくれてもいいし罵ってくれてもいい、けど……柚希を悲しませたことだけは許さない」

「……っ」


 静かな声だった。でも……アタシは少し分からなかった。今アタシは怒っているけど泣いたわけじゃない。……あれ、そう考えてアタシは頬に手を当てた。すると気づかないうちに涙が伝っていたんだ。

 カズに荒木さんは何かを言い返そうとしたけど、カズの視線に恐れを抱いたのか荒木さんは何も言い返せなかった。それに一部始終を周りの人は見ていて、それでどちらに非があるのかも分かっているらしい。


「……っ!!」


 荒木さんは立ち上がり、足早に走って行った。その背中に可能な限り思い付く罵声を浴びせてやりたかったけど……もういいんだ。アタシの代わりにカズがあんなに怒ってくれたから。


「……っと、柚希大丈夫か!?」


 怖かった雰囲気を抑えながらカズはアタシの傍に駆け寄ってきた。いつもの雰囲気にアタシも緊張が解けて、大好きな彼の胸元に飛び込んだ。……本当に嫌な出来事だったけど、これだけでアタシの怒りは静まってしまう。


「ごめん、ずっと傍に居れば良かった」

「ううんアタシこそごめんね……リボンが」


 せっかくのプレゼントを汚してしまった……それだけが悲しかった。少しクシャクシャに破れてしまった部分はあるけど、まだ縫えば全然使える。新品のように綺麗にすることだってできるはず。カズと一緒に帰ったら早速裁縫道具を借りて直そうと考えた。


「……一つ、謝らないといけない別のことで」

「え?」


 カズはリボンに付いた泥を落としながらこう言葉を続けた。


「また新しいのを買えばいいかってそう思ったんだ。でも……柚希の涙を見てそれは違うじゃないかって思った。俺が昨日柚希にプレゼントして、君が嬉しそうに付けたリボンは後にも先にも今手元にあるこれだけなんだよな」

「……うん」


 そうだ……買い直せば、そう思う人の方が多いと思う。でも、カズの言った通りこのリボンには想いが詰まっているんだ。だからこそ、このリボンはこれだけしかないんだよ……ふふ、聞く人が聞けば笑うんだろうなぁ。


「ねえカズ、汚れは落ちたかな」

「うん? あぁ……でもちょっと解れてるけど」


 流石に汚れはほんの少し残っているし、やっぱり解れは見れば目立つ。でもアタシは頭の左側で髪を一部手に取った。


「付けてもらえるかな?」

「……分かった」


 汚れててもいいじゃん、そんなものはカズの想いが打ち消してくれる。アタシの髪を手に取ったカズはそのまま結んでくれて、左右しっかりとツーサイドアップの形になった。


「えへへ、どう?」

「可愛いよ凄く」

「うん! 分かってる!」


 だってアタシだよ? それにカズの選んでくれたリボンを付けてるんだよ? 可愛くないはずがない! 自意識過剰? ふっふーん、カズを思えば無限に可愛くなれるアタシには今更の言葉だね!

 ささ、嫌なことはあったけどデートを再開しよう。


「ほらカズ、まだまだデートの途中だよ?」

「そうだな。よし、カラオケにでも行こうぜ」

「賛成!」


 ……でも、今度会った時はそうだな……流石に罵声の一つでも浴びせてもいいしなんなら飛び蹴りの一発でも……う~ん、色々考えたけど気にしない方がいいかな。あんな人に振り回されるのも嫌だし、荒木さんのことを考えるよりカズのことを考えていた方が全然いいからね。


「……ふふ」


 どんなにアタシを敵視したとしても、アタシにはあなたに興味はない。だからそれをどうか悔しがってほしい、アタシは今が凄く充実している。誰かを貶める、そんなことをするよりもっと今を楽しく生きている。


 だから荒木さん、あなたはそんな私を見てもっと悔しがるといいよ。


「カズ、大好きだよ♪」


 こんな素敵な人を捕まえることが出来たアタシをみて、せいぜい爪でも噛んでそれはもう盛大に悔しがりやがれ――ざまあみろ。

 もしかしたら二度と会うことはないかもしれない、それでも……このざまあみろに関しては面と向かって言ってやりたいと思ったのはまだまだアタシが子供の証なのかもしれない。


「うん。やっぱり柚希は笑っている方がいいな。泣いてる顔は似合わないよ」

「えへへ、カズが傍に居るならアタシはいつだって笑えるよ!」

「分かってるよ。だからずっと傍に居るさ」

「約束だからね? もしも嘘付いたら無理やりにでもカズのお嫁さんの座を手にしてやるんだから」


 お互いの同意ではなく無理矢理にね……ふふ、そんな心配ないんだろうけど。

 今日思わず泣いてしまったけど、アタシは強い女の子……だから泣かないように強く心を持たないとね!


 って、そんな風に心意気を新たにしたんだけど……まさか今日の夜、色んな意味で大泣きする羽目になるなんてアタシは思いもしなかった。




「ちょっと!? なんでこいつこんなに足遅いの!? 後ろ来てるんだからもっと速く走れよこの鈍足がああああああああ!!」

「これ、見てる方は最高に楽しいな」






【あとがき】


星が500を超えました。

みなさん本当にありがとうございます!

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