72

「柚希!」

「あ、おはよう和人!」


 目の前で現れた大好きな人、でも……何かが違う気がするのは気のせいだろうか。柚希の様子はいつもと変わってないのに、どこか彼女の俺を見つめる視線が違うような気がするんだ。


「どうしたの?」

「……いや、なんかいつもと柚希の様子が違う気がして」

「えぇ~? ちょっといきなりどうしたの?」

「……ごめん」


 何だろうこの違和感は……でも、柚希の笑顔を見ているとそれもどうでもよくはならないけど、気にならなくなるのは確かだった。


「……ふわふわしてんだよななんか」


 何となくここが現実じゃないような、そんな良く分からない感覚だ。俺と柚希は互いに学校に向かうために歩みを進め、そして話す話題は蓮と朝比奈さんのことだ。


「本当にいつもいつも他人を胸焼けさせる甘さっていうかさぁ」

「だな。俺たちも良く言われるけど」


 自分たちの様子がどのように見えているかは分からないもんだ。でも周りの反応を見ていたら俺たちもそんな感じなのかなって言うのは分かってしまう。朝比奈さんの家に遊びに行った時、青葉さんが息をするようにイチャイチャすると口にしていたし間違ってはないんだろう。


「アタシたちが? どうして?」

「……え、どうしてって」

「はは~ん、もしかして和人ったらアタシのこと気になってるの~?」

「そりゃそうだろ……」

「あははは! まあ確かにアタシたちは男女の中では珍しいくらい仲良いけど、お互いにちょっと近すぎないかな? “幼馴染”なんだし」


 柚希の言葉に俺は思わず立ち止まった。幼馴染ってなんだ……え? 俺と柚希が幼馴染って言いたいのか? 新手のドッキリかと思ったけど、柚希は全く持って本気で口にしているようだった。


「ちょっと和人、本当にどうしたの? 何かあったの?」

「……………」


 心配そうにしてくれる柚希に俺はどうすればいいのか分からなかった。でも、そんな俺の不安から解き放たれるように、目の前が光で染まるのだった。


「っ……」


 目を開けた俺を迎えたのはカーテンの隙間から差す光だった。まだ覚醒していない頭で色々と考えていると、俺の隣から可愛らしい声が響いた。


「……あれ……朝なの?」


 ゆっくりと目を開けた柚希は俺の顔を見上げ、そして寝ぼけたように甘い声を出しながら俺に抱き着いて来た。


「ふへへ、目を覚ましたらカズが居るよぉ……幸せだぁ♪」

「……あ、そっか」


 そこで俺の意識は完全に覚醒し、昨日の出来事の全てを思い出した。母さんが居ない代わりにと柚希が家に来てくれたこと、美味しいご飯を作ってくれたし昨日もそうだし今日も泊ってくれることになったんだ。


「寝起きの柚希も可愛いなやっぱり」

「アタシはぁ、カズの前だと無限に可愛くなれるんだよ~♪」


 完全に寝ぼけている様子だけど、スリスリと頬を当ててくるのはいつもと変わらない気もするな。まあそれすらも愛おしくて可愛いんだけど。

 それにしてもと俺は柚希の頭を優しく撫でながら記憶を漁る。寝ている時に見ていた何かしらの夢、楽しいものではあったけどどこか物足りないような、そんな感じの夢を見ていた気がする。


「まだ6時前か……柚希ぃ」

「ふみゅ!?」


 ふみゅって何だよおい可愛いな。俺がしたことは至って単純、俺も柚希に甘えたくて首元に顔を寄せただけだ。柚希は擽ったそうに身を捩るが逃げ出すことは出来そうになかった。

 そうやってお互いに朝から身を寄せ合って色々していると、お互いにスッキリ目を覚ますのは当然だった。


「おはようカズ」

「おはよう柚希」


 チュっと一つキスをして……舌を入れようとする柚希を何とか躱し、不満そうに頬を膨らませる柚希に苦笑して俺は立ち上がった。


「だってさ、たぶん我慢できなくなるじゃん?」

「むぅ! まあ仕方ないか……でも、朝のは苦しくないの?」

「生理現象なので大丈夫です」


 それにトドメを刺そうとしたのはあなたなんですがね……。可愛くて美人でエッチな恋人に困りながらも俺の一日は始まった。まずはお互いに身だしなみを整え、それから二人でキッチンに立って朝食の用意をする。


「ふんふんふ~ん♪」


 鼻歌を歌いながら綺麗な目玉焼きを作る柚希、昨日みたいにご飯を用意されるのもそれはそれで凄く嬉しいけど、こうして二人でご飯を作るのもまた楽しいことだ。パンを焼き、昨日の残りの味噌汁を温め、そして簡単にサラダを作って完成した。


「こうやって朝を二人で迎えるの本当に夫婦みたいだね」

「……そうだなぁ」

「あ、照れてるなぁカズったら」


 違うんだ。俺も思ったことを一言一句違わずに言われてしまったから不意を突かれるように恥ずかしくなったんだ。でも、俺に照れてるなって言ったけど柚希も同じように頬を赤くしてるけど。


「でも、アタシも照れちゃってる。凄く嬉しくて、幸せで、最高の気分♪」


 ……はは、そうやって素直に気持ちを表現するのも柚希の魅力の一つだ。朝からこんな彼女を見れたのだから今日一日また頑張れるぞきっと。

 朝食を済ませて片づけをし、部屋に戻って最後の準備だ。そんな中、柚希は俺がプレゼントしたリボンを付けた。明るい色の中に咲く白い花のようにそのリボンは柚希に良く似合っていた。


「どうかな?」

「可愛いよ凄く」

「えへへ、改めてありがとね。ずっと大事にするから」


 付けられたリボンに触れながら柚希はそう言った。


「さ、いこっか」

「あぁ」


 しっかりと戸締りをして俺たちは二人揃って家を出た。するとちょうど家を出た辺りで近所のおばさんがこちらに視線を向けていた。近所ということもあって顔を合わせることも少なくないが、こうして二人で家から出たところを見たおばさんはまあまあと口元に手を当てていた。

 果たしてあれは何を思ったのか、また母さんと何か世間話をした際に色々と聞かれそうだな。


「付き合っている風には絶対見られたよね」

「カズ坊ったらすんごい美人を娶っちゃって、なんて思ってるんじゃないか?」

「娶るって……まだ少し早いけどいいねそれ!」


 そうだな、少し早いけどそのうち……そう思いたいものだ。しかし、こうして柚希と一緒に歩いているとなんで今日に限って妙な既視感を感じるんだ。


『おはよう和人!』


 そんな幻聴にも似た何かが聞こえる、しかも柚希の声でだ。まるで恋人としてのやり取りではなく、ただの仲のいい……それこそ幼馴染みたいな感じだ。昨日青葉さんが俺も幼馴染だったらどんな感じなのだろうと言っていたけど、何となく俺は一つだけ理解できることがある。


「……………」


 たぶん幼馴染だとしたら、ここまでの特別な関係にはなれないのではないかと俺はそう思うんだ。ま、蓮や朝比奈さんを見ていたらその限りではないとは思うけどね。


「?」


 そんな時だった。スマホが震えたので画面を見ると母さんからメッセージが届いていた。開いて見てみると昨日はどうだったかと、そして母さんの居ない日常は寂しいかって書いてあった。


「あ、雪菜さんから?」

「うん」


 俺は思ったことをパパっと文字を打ち、そして柚希に母さんに送るための写真を撮ろうと伝えると彼女は嬉しそうに頷いた。


「どうせなら凄いの送っちゃおうよ」

「凄いのって?」

「ふっふっふ、カズはそのままカメラを構えててよ」


 柚希にそう言われ、俺たち二人が写るようにスマホを構えた。そしてボタンを押す直前、何かが頬に触れた。パシャっと音を立てて撮られた写真には俺にキスをする柚希と、そんな感触を一瞬感じて驚く俺が写っていた。


「良いの撮れたね」

「……これを送るのかぁ、まあいいか」


 そのまま写真を添付して母さんに送った。返事を見るのは学校終わりでいいやと思い電源を切って鞄にしまった。さてと、それじゃあ改めて学校に行くとしようか。

 いつものように手を握り、俺と柚希は歩き出した。

 そして学校に着いた時、何やら朝比奈さんの様子がおかしかったけど……蓮が言うにはちょっと嫌な出会いがあったとのことだ。詳しくは教えてくれなかったけど知らなくていいと言われたのでそれ以降聞くようなことはしなかった。


 ただ、その日の放課後にそれは起きてしまった。


「……………」


 デートの最中、トイレから戻った俺を待っていたのは茫然とする柚希だった。柚希が視線を向ける先には白いリボン、俺がプレゼントした物のはずだ。片方が外れているのでほぼ間違いないみたいだ。そしてそのリボンを踏みつけるように一人の女が足を乗せていた。


「……けんな」

「はあ?」


 その時のことはたぶんずっと忘れられないだろう、俺の目があったとしても自分を抑えきれなかった柚希の姿を。







「ふざけんな。足を退けなさいよクソ女あああああああああ!!」


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