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 柚希が家に居たというサプライズを受けて本当にビックリした。帰ったら一人だと思っていただけに、本当に涙が出そうだった。ただ柚希にお風呂に行っておいでと言われ、俺はそれに従うように風呂へと直行した。


 空と青葉さんの二人と遊んだ疲れを癒すように体を温め、風呂から出た俺を出迎えてくれたのは美味しそうな柚希の手料理だった。


「今日はビーフシチューを作ってみました!」

「おぉ……」


 匂いから何となくビーフシチューかなとは思っていたけど、実際に目にすると思わず感嘆の声が漏れて出た。


「メインのシチューに合うかなと思ってあさりを使ったピラフに、大根を生ハムで巻いたサラダ、後はシンプルに味噌汁かなぁ。流石に味噌汁まではいらないかなって思ったけど作っちゃった」


 確かに二人しかいない分にしては豪華すぎる気もするけど、この料理を前にしているととてつもなくお腹が空いてくる。その証拠にぐぅっと腹の虫が鳴った。


「ふふ、さあ食べよっか」

「うん」


 俺は飯の前に風呂を済ませたけど柚希は食べてから行くらしい。っと、その前に俺は思い出したことがあった。鞄から夕方に買ったものを手に取った。本来なら明日学校で渡すつもりだったけど、今目の前に居るなら渡してしまおう。


「柚希、実はこれ買ったんだ」

「わ、なになに?」


 嬉しそうに俺の手元を見る柚希に包みを渡した。正直、この柚希の献身に見合うほどのプレゼントではないと思う。けど俺はこれを早く柚希に渡したかった。


「あ、リボン?」

「そう……その、あまり凝ったものとかじゃなくてごめん」

「そんなことないよ!」


 白色のリボンを手に取って、柚希は嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。


「ありがとうカズ。大事にするよ……というか、明日からこれしか付けない!」


 いやそれは流石に……けど、柚希が嬉しそうにしてくれて良かった。大切そうにリボンを仕舞った柚希と共に椅子に座り、俺たちは手を合わせた。


「いただきます」

「いただきます」


 俺はまずスプーンを持ってビーフシチューに手を伸ばした。程よい熱さのシチューをジャガイモを掬い上げるようにして口に運ぶ……うん、美味い!


「美味しい!」


 普通のビーフシチューではあるが、俺はこのシチューに柚希の愛情がたっぷり込められていることが分かっている。食べる手は止まることはなく、ピラフもサラダもしっかり味わうように食べていくのだった。


「……ふふ♪」


 柚希も食べながらではあったが、俺を見て嬉しそうに頬を緩めている。そんな風に柚希に見つめられることは恥ずかしくもあり幸せでもあり……そして、やっぱり俺はそのどの感情よりも嬉しいという気持ちが上回った。


「……今日さ、帰ったらずっと一人って思ってたから。だから今凄く嬉しいんだ。柚希、本当にありがとう」

「どういたしまして、カズの嬉しそうにする顔が見たかったの。えへへ、文句なしに大成功だね♪」


 大成功なんてものじゃない。大大大大大大成功ってやつだ。思えば柚希の手料理を本格的に食べたのは何気に初じゃないか? 料理が上手だとは聞いていたけど本当のその通りだ。絶対に俺一人だとここまでのモノは作らないし、改めて柚希の凄さを知った気がする。


「美人で可愛くて、料理も出来て思いやりがあって、傍に居ると楽しくて、幸せになれて……はは、どうしよう柚希。俺、今自分の気持ちを抑えられないくらい柚希が大好きで仕方ないんだけど」

「あはは、それはアタシも一緒だよ。カズがアタシの作った料理を凄く美味しそうに食べてくれて、今みたいに嬉しいことを言ってくれて、それにプレゼントまでくれてさ……ふふ、ねえねえ」

「うん?」

「アタシたち、どれだけお互いのこと好きなんだろうね」


 ……どれだけか。きっと途轍もなく好きなんだと思うよ。本当にこればかりは言葉だけで説明するのは無理かもしれない。実際に今飯を食ってなかったら俺は柚希を思いっきり抱きしめていると思う。それでそのまましばらく動かなくなってしまうかもしれない。


 目の前に柚希が居る。それこそ手を伸ばせば届く……まあでも、今は柚希の作ってくれた愛情たっぷりの料理を楽しむことにしよう。この愛おしい人の料理を今味わえるのは世界でただ一人、俺だけなのだから。


「……っ」

「……お腹いっぱい食べてね」


 あぁ、本当にありがとう柚希。

 少しだけしんみりとしてしまった空気を払拭するように、俺は目の前に並んだ料理を平らげた。量としてはやっぱりそこそこあったけれど、全部食べきるまで手が止まることはなかった。


「ごちそうさま!」

「お粗末様でした♪」


 空になった皿を見て満足そうに柚希が頷き、それからしばらくゴールデンタイムのテレビを見ながら時間を潰した。そして皿を洗おうと柚希が立ち上がろうとした時に俺はこう言った。


「柚希、皿洗いは俺にやらせてくれ。その間に風呂に行ってきなよ」

「え、でも……」

「せめてこれくらいはさせてくれないと俺自身が困るって」


 あんな美味しい料理を作ってもらってその後片付けをさせるのはダメだろう。もちろん一緒にやってもいいんだが、前みたいに柚希は俺にゆっくりしていてと言うと思うし、それならこうやって理由を付けて先手を取ればいいんだ……って、先手って俺は一体何と戦っているのやら。


 柚希はどうしようか迷ったようだが、俺の言葉に頷いて風呂に向かってくれた。さて、女の子の入浴は長いだろうしどんなに遅くても柚希が上がるまでには洗い終えるだろう。

 一人で炊事場に立って皿洗いをする中、俺は改めて柚希が作ってくれた料理のことを思い返す。本当に美味しかった、ただただそれだけしか言葉が出てこない。けど俺も柚希の隣に並んで料理を作ってみたい、そんな気持ちもあった。


「明日は何か手伝えるといいな。……ってそうか、明日も柚希は居てくれるのか」


 彼女が傍に居てくれる、それだけでこんなに喜ぶ俺って……いやいや普通だろう。誰でも彼女がここまで尽くしてくれて喜ばない奴なんて絶対に居ないはずだ。


「これを普通と思うな。彼女に最大限の感謝をして同じだけ俺も返していきたい。決して一方通行ではなく、お互いに対等な存在としてこれからも寄り添うために」


 誓いのように口にすると決意のように心に刻まれる気がする。ただ……皿洗いをしている時に別のことは考えるべきではなかったようだ。


「……あ!?」


 ツルっと手元が滑って皿が落下……しかけたが何とかキャッチすることが出来た。柚希への感謝も大事だが、まずは目の前のことに集中しないとな。

 それから使った食器全てを洗い終え、乾燥機に入れて一息吐く。すると丁度柚希がお風呂から上がってきた。


「おまたせ」

「……おう」


 相変わらず風呂上りの色気が凄まじいな……っていかんいかん、こういうことを考えるから変に意識してしまうんだよ。


「良いんだよ? もっと意識して、何ならお風呂上がりのアタシをさ」


 くっ、この誘惑は凄まじい……ってそうか、別に我慢する必要はないんだ。ってそこまで考えて自分に喝を入れる。明日が休みならまだしも普通に平日だ……ちょっと残念だけど我慢せねば!


「あはは、カズったら可愛い!!」


 ギュッと抱き着いて来た柚希から感じるのは脳を溶かすような甘い香りと至福の柔らかさだ。柚希の表情を見るとペロッと舌を出していることから、たぶん完全にねらってやっている……くっそ可愛いなおい!

 何とか我慢しつつ、柚希に抱き着かれながら自室へと戻った。確かに恋人である以上それも大事かもしれないが、俺たちは学生なのでやることがあるのだ。


「……さてと、やりますか」

「うん。ちゃちゃっと済ませちゃお」


 そう、宿題である。

 いつもは家だと一人なので時間が掛かることはあるものの、今日に限っては柚希が傍に居てくれるので早く終わりそうだ。分からない部分があったら答えをそのまま教えるのではなく、どういう風に答えを導き出すのかをまず教えてくれた。中間テスト前もそうだけど、柚希は本当に勉強を教えるのが上手なのだ。


「そうそう、そこはその公式を使うの。すると……うんうん、やってみて」

「……だから……こうなって……こうだ!」

「正解! それじゃあ次はこっちをやろっか。同じように公式を使って――」


 柚希が傍に居るだけで宿題すらも楽しく感じるあたり相当だなこれは。柚希と共に向かい合って進めた結果、割と早く宿題は済ますことが出来た。疲れたように体を伸ばしていると、ちょうど手を伸ばした場所にあったのは分厚い本だ。


「……あれ、落ちたのか」

「あ、それ中三の頃のやつ?」


 そこにあったのは中学校三年の時に使った数学の問題集だった。ていうかまだ捨ててなかったのか……もう使わないし今度捨てることにしよう。ただ、こうして久しぶりに見つけてしまうと意味はなくてもパラパラと捲ってしまう。

 隣に来た柚希も懐かしいねと問題集を眺めていた。


「あ、図形の証明もこれくらいの時期だっけ」

「そうだなぁ……あ、そう言えばクラスに居たんだよ。なんで数学なのにこんなに大量に文章書かないといけないんだって言った奴が」

「アタシのクラスにも居たかなぁ。テストの回答用紙で証明用に結構枠があるんだけど、何人か白紙で出して先生に怒られたの覚えてる」


 あ、言われてみるとうちの中学でもそんなことがあったような。

 それから互いの中学のことで話が盛り上がり、気づけば寝てもおかしくない時間になっていた。明日の用意を済ませ、俺と柚希は一緒のベッドに横になる。


「えへへ、もうカズのベッドで寝るのが当たり前だね」

「そうだなぁ……なあ柚希、思いっきり抱きしめて良い?」

「もちのロン! ギュッてして?」


 では遠慮なく、俺は柚希の体を抱きしめた。さっきの夕食の時に考えたこととか、色々なものが頭に浮かんでしまったのでついこんな提案をしてしまったのだ。抱き枕のように思うわけじゃないけど、そこに人としての温もりと柔らかさがあるのってとてもクセになる感覚だやっぱり。


「……ちゅ……あむ」


 そうやって抱きしめ合えば口付けを交わすのもまた必然、俺と柚希はこれじゃあいつまで経っても寝れないねと笑い合う。こうして予想外ではあったけど、確かな素敵な夜は過ぎていくのだった。

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