70

 その再会は突然だった。


 学校終わりの放課後、和人たちが遊んでいるのと同じ時間帯に彼ら――蓮と雅の二人は放課後デートを楽しんでいた。和人と柚希の様子に感覚がマヒしてしまいそうになるものの、ラブラブっぷりで言ったらこの二人も相当である。


 学校ではあまり見ることの出来ない蓮の優し気な微笑み、それを一身に受けている雅の様子は幸せそのものだった。空ら友人たちと過ごすのもまた楽しいが、やはり愛する彼と一緒に居るのが何倍も雅にとっては充実した時間だった。


「ねえ蓮君、次はどうする?」

「う~ん、雅とならどこでもいいぜ」


 手を繋いで幸せオーラを振りまく二人に通行人はもはや嫉妬すらする気も起きない様子だ。そんな中、二人の背中に向けて一つの声が届いた。


「あれ、須藤君と朝比奈さんじゃん」


 明るい女の子の声、二人が振り返った先に居たのは派手な女だった。制服を着ているから高校生だろう。それに自分たちと年は近そうだと思われた。蓮と雅、二人の名字を口にしたということは当然あちらは知っているはず……だが、目の前の女に対して二人は全く記憶になかった。


「……あぁそっか。大分変わったもんね。荒木杏奈だよ」

「え?」

「……………」


 荒木杏奈、その言葉を聞いて思い返すのは中学時代のことだ。確かにその名前の女子生徒は居たが、こんな感じの派手な見た目ではなくもっと地味な感じだった。物静かという印象が先立つ子だった。時の流れは凄いなと、蓮は驚いていた。反対に雅は特にリアクションをしなかった。単純に二人の時間を邪魔されたことに対してとっとと行ってくれないかなと思っている。


「久しぶりだね。私たちデートなんだけどいいかな?」

「あぁそうだよね。本当に仲良いね二人とも。須藤君もイケメン度が上がってるし朝比奈さんももっと美人になって……羨ましい限りだねぇ」

「ありがと」


 言われていることは悪口などではなく褒められているものだ。しかし、雅が杏奈から感じるのは言いようのない悪意のようなものだ。ここまで変わっていることに少しの興味はあったが蓮と比べればどうでもいいこと、蓮も雅の気持ちを察してデートを再開するために歩き出そうとしたその時だった。


「そうそう、月島さんどうしたの? 随分と不釣り合いな彼を連れてるんだね?」


 その言葉に蓮と雅は足を止めた。杏奈が口にしたのが誰を指しているか、それが分からないわけがない。蓮はいきなり何だと文句を口にしようとしたが、蓮よりも先に口を開いたのは雅だった。


「何が言いたいの?」


 静かな声だった。しかしその声に秘められた静かな怒りを蓮は明確に感じた。間違いなく杏奈は雅の地雷を綺麗に踏み抜いてしまった。


「いやさ、一昨日……土曜日の夜ちょっとブラブラしてたんだよね。そうしたら月島さんと男が外を歩いてたんだよ。二人の様子から付き合っているのは分かったけど何というか変な組み合わせだと思ってさ。月島さんは“憎らしい”くらい綺麗になってるのに相手の男は普通すぎない? それをおかしいと思ったんだよ」


 ケラケラと悪意を滲ませてそう言った杏奈の様子に蓮は眉を顰めた。柚希のことはともかくとして、和人を馬鹿にしたようなその言葉は不快だった。久しぶりに会ったかつての級友、相手が女であっても許せない。


「お前、いい加減に――」


 蓮が一歩前に出ようとしたが、それを制するように手を出したのは雅だった。雅と蓮の様子に気づかないのか杏奈は次から次へと口を開く。


「私がもっと良い人紹介してあげるから二人からも月島さんに言ってくれない? こっちの先輩で月島さんを気に入った人が居るんだよ。結構ヤリチンだけど、まあ私みたいな見た目だし月島さんとお似合い――」

「黙ってくれないかな?」


 杏奈の目の前に立った雅はただそれだけを口にした。普段の雅……いや、中学時代の雅からは考えられない様子に流石に杏奈も口を閉じた。


「さっきさ、柚希ちゃんにみし……彼が不釣り合いって言ったけどそんなことないと思うな。正直言ってあれほどお似合いなカップルを私は知らないよ。ねえ蓮君」

「あぁ、そうだな」


 雅の言葉に蓮は頷いた。お似合いがどのようなことを指すのか分からないが、少なくとも柚希と和人の二人じゃないと納得できないくらいにはお似合いだと思っているのだ。傍であの二人を見ていたらそれこそ、その間に割って入るのがどれだけ無粋なことか理解できるはずである。


 まあとはいえ、その様子を杏奈が見ているわけもないので理解できるはずもない。ただいくら知らないからとは言っても、あの二人のことをそんな風に言われることを雅は許せなかった。


「そもそも誰に誰がお似合いか、それを他人がどうこう言うのは違うよね? 誰を好きになるか、誰を愛するか、誰の恋人になりたいか、誰と一緒に居たいのか、それを決めるのは当人たちの意思だよ」

「……ちょっと、何マジになってんのよ」


 瞬き一つせず、真っ直ぐに射抜くのその瞳に杏奈は一歩退いた。先ほど地雷を踏み抜いたと言ったが、雅は本当に親友という存在を大切にしている。かつて暗かった自分を気に掛けてくれた柚希、守ってくれた柚希を雅は本当に大切に想っている。たとえ先ほどの言葉が冗談でも、柚希のことを何も分かっていないような言葉に雅は我慢が出来なかったのだ。


「マジになるよ。だって柚希ちゃんもそうだし、彼も私たちにとって大切な友人なんだ。だからこそ、そんな彼を馬鹿にしたあなたを正直不快に思ってる。今あなたから漂う臭い香水くらい不快に思ってる」

「っ!!」


 杏奈は一瞬ポカンとしたものの、顔を真っ赤にしながら雅から離れた。雅と杏奈の様子は遠巻きからかなり注目を集めており、表情を変えない雅と違って杏奈は妙な恥ずかしさに居心地が悪くなった。


「……フン、ウザいわアンタたち。本当に!!」


 こんなはずじゃなかった、そんな考えが透けて見えるような表情だ。雅と蓮に背中を向けた杏奈に声が届く。


「荒木さんさ、誰かを下に見る生き方やめた方がいいよ。今は通用するかもしれないけどこの先大変だよ?」

「うるさい!!」


 もう話したくもない、そう歩き出した杏奈の肩をガシっと雅が掴む。


「最後に一つ、もし二人に何かちょっかいを掛けようとしたら絶対に許さない。どんなことをしてでも追い詰めて後悔させるから。それだけ覚えておいて」

「ひっ!?」


 冗談ではない、絶対にそうしてやると雅の目が語っていた。杏奈はたまらず走り去るように雅と蓮の前から去って行った。

 人並みの中に消えて行ったその背中を眺めた雅はふぅと息を吐いた。


「やだねああいうの。みっともない」


 色々と口にはしたが、和人に対する言葉に隠された柚希への嫉妬は分かっていた。どうしてあんな風に思っているのか見当は付かないものの、そんなものは雅からすればどうでもいいことで、そんなものよりも柚希や和人の方がずっと大事だった。


「言いたいこと全部言われちまったな」

「あはは、いいじゃん。蓮君もアレと関わりたくないでしょ?」

「まあな」


 近くに寄ったら分かるけど本当に臭かったよ、そんな言葉を口にした雅に蓮は吹き出すように笑った。


「そっか。けど、和人のことも大切に想ってるんだな」

「当然だよ。柚希ちゃんの彼というのももちろんあるけど、三城君と話してると本当に良い人だって分かるもん」


 最初は全く知らなかったが、柚希を通して和人を知り、実際に交流を重ねて友人になった。だからこそ和人の柚希に向ける想いの強さを知っているし、周りを大切にする優しさも知っている。


「三城君のことを何も知らないのにあんな風に言われたらさ、たぶんみんな私みたいになると思うよ。蓮君もそうだし、そーちゃんも大分怒るんじゃないかな」

「だろうな。柚希や乃愛が知ったらそれこそどえらいことになりそうだ」


 そもそもあの二人の前で直接言うような馬鹿は居ないとは思うが、もしそうなったらきっと凄まじいことになるだろう。柚希は言わずもがな、乃愛も和人のことは本当の兄のように慕っているからだ。

 さて、少し気分の悪くなる再会だったがもうどうでもいい。雅は蓮に手を差し出してデートの再開を催促する。


「ねえねえ、柚希ちゃんって本当に三城君想いだよね」

「そうだな。和人も帰ったら驚くぞきっと」


 実を言うとこの二人も柚希の計画を知っていた。雅も蓮も相手が居るからこそ想い合う尊さは知っているが、やはりあの二人は別格だと思っている。


「ブラックコーヒーが手放せないなぁ」

「だねぇ」


 今日あの二人はどんな風に過ごすのか、それを想像するのもまた楽しいと雅と蓮の二人は笑い合うのだった。

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