69

 週明けの月曜日の放課後だ。

 今日も今日とて図書委員としての仕事はない、来週くらいから再開するとは聞いたけど……どうなんだろうな。

 いつものように柚希と一緒に帰ろうと思ったが、今日は何か用事があるらしい。


「ごめんね! 今日はどうしても外せない用事があるの!」

「そっか」


 本当に申し訳なさそうにする様子もそうだが、一緒に帰れないことに対する寂しさのようなものも感じ取ることが出来た。偶にはこんな日もあるということだ。柚希同様に俺も寂しさを感じつつ、教室から出て行く柚希の背中を見送った。


「ということで三城君、今日は私たちと遊びましょうか」

「……どういうこと?」


 柚希が出て行ったのを見計らうように青葉さんがそう言った。傍に居た空も頷いているし、どうやら俺たち三人で遊ばないかという誘いらしい。……タイミング良すぎる気がするけど気のせいかな?


「柚希に頼まれたんだよ。一緒に帰れないから遊んであげてって」

「……まるで母親みたいで複雑だ」

「いいじゃないですか。ほら、早速行きますよ~」


 やけにニコニコしている青葉さんが気にはなるが……まあ偶にはこんな組み合わせで遊ぶのもいいだろう。空と青葉さんにしても二人が良いだろうとは思うけど、せっかくだし二人のことを身近で観察するのも楽しそうだ。


「つってもどこに行く?」

「空君と三城君は普段どこに行くんですか?」


 俺と空なら基本的に漫画を求めて本屋か、或いはゲーセンとかになるけど……流石に青葉さんを連れてゲーセンはないな。


「俺と和人ならゲーセンとか行くけど凜は流石に……」

「あら、全然いいですよ。行きましょうよゲームセンター」


 どうやらゲーセンで良いようだ。男子二人に女子一人は結構珍しい組み合わせでチラチラ視線を向けられるもののそれだけだ。俺も青葉さんが居るだけで色々と気を遣うかなと思っていた反面、彼女は思いの外アクティブだった。


「ほらほら空君、そんなものですか?」

「……負けてらんねえ!」


 ……青葉さん、普通にゲーム強いんだが。

 俺も良くこのゲームは空とやるけど、空は割と上手だったはずだ。そんな空を逆に煽るほどの青葉さんの腕前に俺はただただ驚いていた。こう言っては何だが、青葉さんはこういった場所からは無縁だと思っていたからだ。けれどよくよく考えれば空と何度か遊びに来たこともあるのかもしれないな。


「空君じゃ相手になりませんので三城君、やりませんか?」


 ボコボコにされました。

 それから三人で色んなゲームを楽しみ、カラオケに行って時間を潰した。以前に柚希から聞いたことがあったけど、青葉さんは歌がかなり上手い。透き通る声も聴きやすいし音程の取り方も抜群で、俺と空は二人静かに聴き入っていた。

 カラオケで結構時間を潰したのもあって五時半くらいになった。トイレに行くと言って奥に向かった空を見送り、俺の隣には疲れたと言わんばかりに背伸びする青葉さん。今日は青葉さんについて色んな一面を知った気がするな……楽しそうにしていて見ている俺も楽しかった。


「今日はありがとうございました三城君。凄く楽しかったです」

「お礼を言うのはこっちだよ。誘ってくれてありがとう」


 あの時青葉さんに声を掛けられなかったらそのまま一人でブラブラして家に帰ったと思うから有難かった。


「……ふふ、柚希の気持ちを代弁するつもりはないんですけど……三城君も私たちと幼馴染だったらどんな感じなのかなって想像してしまいます」

「それは……」


 それはそれで素敵なことかもしれない……けど、俺としてはその関係を羨ましいとは思うけど今の方がいいのかなとも最近は思い始めたんだ。柚希と出会いここまでの関係になった今を心から満足しているから。


「本当に良い表情で笑いますね三城君は。そういうところ素敵だと思います」

「……そうかな」

「はい。相手のことを想って笑顔を浮かべられる、それって凄く素敵なことだと思うんですよ。心からの笑顔は嘘を付かない、柚希と同じですね♪」


 ……はは、そっか。でも、そう言うなら青葉さんも同じだと思う。空のことを話す時もそうだし、さっき遊んでいる時もそうだ。青葉さんは本当に楽しそうだった、見ているこっちが幸せになってしまうようなそんな綺麗な笑みを浮かべていた。


「それに……?」


 そこまで口にした青葉さんは俺の後ろで何かに気づいたのか視線を向けた。俺も釣られて視線を向けると、そこには悔しそうに足早に歩く女の子が居た。高校は俺たちとは違うようで……年齢は同じくらいか?


「荒木さん?」

「知り合い?」

「はい。中学の同級生です。そこまで親しくはありませんでしたが……なんだか変わりましたね彼女」

「へぇ」


 変わったというのがどんな意味なのか分からないが、見るからに化粧とか濃いしそういう部分かな。まあ俺には関係ないし、彼女を見てそれが青葉さんたち……つまりは柚希の同級生になるわけだけど興味は全く出てこなかった。


「空遅いな」

「おっきい方ですねたぶん」


 女の子なんだから少しは恥ずかしがって言うものなんじゃないのかい? でもそうか大きい方か。それならもう少し掛かりそうだ。それから青葉さんと話ながら俺はふと目を留めたモノがある。それは色んなリボンが売られている場所だった。


「……リボンか」


 ……リボンのプレゼントってちょっと安っぽいかな。そんなことを思ったけどツーサイドアップにしている柚希にプレゼントしたいって思った。黒がいいかな、いや白も捨てがたい。


「いいんじゃないですか? 柚希きっと喜びますよ」


 別に口に出したつもりはないのに察せられたみたいだ。俺は白のリボンを買ってプレゼント用の袋に入れてもらった。ちょうど空も戻ってきて俺たちは帰ることに。


「それじゃあ二人とも、今日はありがとな」

「いいや、俺も楽しかった」

「私もです」


 今度はみんなで遊びに行こう、そう約束をして俺たちは別れた。

 ……さて、賑やかな時間が終わったけどこれからちょっと静かになるな。母さんが居ないからご飯の用意もしないといけないし……簡単なもので済ませるとしよう。


「……もうすぐ七月か」


 時の流れって早いような遅いような、どちらかというと遅く感じるかも。それだけ二年になってから濃密な時間を過ごしているからだろうな。ポケットに入れた柚希にプレゼントするリボン、それを服の上から優しく触って俺は帰路を急いだ。


「……あれ?」


 そのまま歩いて家まで帰ってきたのだが俺はおやっと首を傾げた。何故なら玄関の明かりもそうだし家の中も電気が点いていた……どういうことだ? もしかして母さんの出張がなくなった? いやそれなら連絡してくれるはずだし……泥棒? いや泥棒なら電気は付けないだろう。


「……ごくっ」


 ちょっと怖いけど、俺は恐る恐る玄関のドアを開けた。


「……え?」


 そこで気づいたのは見覚えのある靴が置かれていたことだ。居るはずがない、でもいつだって会いたいって思う俺の大切な人……柚希の靴だ。

 ガシャンとドアが閉まったことで、どうやら奥まで音は聞こえたらしい。パタパタと足音を立ててその正体が現れた。


「おかえりカズ!」

「……………」

「どうしたの?」


 いやどうしたのって……え、どういうことだ? なんで柚希が家に……というか鍵は閉めて出たはずなのに。混乱する俺に柚希は苦笑して教えてくれた。


「実はね、用事があるからって言ったのはこれだったの。普段と違うサプライズかな。カズが帰ってきた時、お家が明るかったら寂しくないでしょ?」

「あ、あぁ……」


 エプロンも付けているしどうやら料理の途中だったりしたのかもしれない。いい匂いもするし……いやいや、だとしてもどうやって家の中に――

 そこまで考えて俺は一昨日のとある光景を思い出した。母さんから何かを受け取って大切そうにしていた柚希……もしかして!


「一昨日母さんから受け取ってたのってもしかして」

「うん、合鍵。えへへ、雪菜さんずっと黙ってたんだね」

「……そういうことかぁ」


 どうして柚希が居るのか全てのことに合点がいった。


「着替えも持って来たんだ。明日の分もあるから……そのいきなりでごめんね? お父さんとお母さんには言ってるけどカズには今の報告になっちゃった。迷惑……だったかな?」

「そんなことない!」


 色々なことがサプライズ続きだ。つまり母さんが居ない間、俺が一人だからってことで柚希は家に来てくれたってことなのか。

 ……その、割と冗談抜きで泣きそうだった。

 てっきり今日から二日程度は一人で過ごすと思っていただけに、こうして柚希が傍に居てくれることになったのがとてつもなく嬉しかった。そして、それだけ彼女に想われていることが幸せだった。


「……ありがとう柚希」

「ううん、どういたしまして。お風呂の用意は出来てるしご飯はもう少し待ってね」

「そこまでしてくれたのか……」

「いい感じに空と凛が連れ回してくれたみたいだから」


 なるほど、あの二人も知ってたのか。柚希はちょっとやってみたいことがあるのと言ってこんなことを口にした。


「お風呂にする? ご飯にする? それともアタシにする?」


 ……全部! と言いたいところだけど、まずはお風呂に行きたいかな。でもその前に大切なことを言ってなかった。


「ただいま」

「おかえり♪」


 予想外だ……本当に予想外だ。

 でも、これ以上ないくらいに幸せだ。帰ってきた時に家に明かりが点いている、その嬉しさと幸せを俺はこれでもかと味わうのだった。

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